学校日記

提示

公開日
2014/05/08
更新日
2014/05/08

校長室から

 1年生と3年生の渡り廊下に『私たちの道徳』の「この人に学ぶ」というコラムが貼ってある。足を止めて見ていた。文部科学省のものを読めばいいのだが,こうして別枠として扱っていると,ついつい読んでしまう。不思議なものだと思う。短いものゆえに,すぐに読めてしまう。みんなよく知っている人ゆえに,身近な感じがするので気になるのかもしれない。道徳指導というものは,こうした日々の中に,ちょっとした扱い方が大切なものなのかもしれない。
 この時期,各学級では,プロフィールを書かせて貼ってある。これもついつい足を止めてしまう。やはり,興味津々であるからだろう。以前の学校で,帯授業を行っていた。毎日毎日,一人の生徒がスピーチを行うのである。その際の約束事は,趣味の話とか,休日の家での過ごし方など,普段のみなが知らないことを話させるのである。こんなことをしているのか,こんな思いでそんなことをしているのかというはっとさせられる。生徒理解の一点である。
 何気ないことだが,工夫をしながら,いろいろなことを示していくことは大変大切である。読ませたいものをどのように示していくのか,考えさせたいことをどのように示していくのか,そうした工夫をすることが指導というものであるように思う。さりげなく,こだわりなく,ほんのちょっと,いろいろな思いで,ガンガンではなくというのがいいように思う。しかも,効果があるのかないのかわからないものでいいと思う。
 以前,国語の教師ゆえに,生徒たちが今どんな本を読んでいるのかをよく尋ねた。なぜ尋ねたかというと,そうした書名を出すと,本にあまり関心がない生徒までもが,自分だけが遅れているというような思いになるからである。多くのものが読んでいるというだけで,読もうとする思いにもなるからであった。
 いろいろな提示の仕方を,いろいろな場面で考え,そして,示すことだけでいいと思う。これも教材研究であるように思う。