嬉しいかぎり
- 公開日
- 2014/01/30
- 更新日
- 2014/01/30
校長室から
学校のホームページでも教頭先生が紹介してくれた,ちょうど1週間前の地域の方からの匿名の手紙の件である。12月の雨の日,高齢で少々身体のご不自由な方の荷物を家の近所まで運んだ生徒への謝意の手紙である。以前にも,道路で転ばれた時,手助けをして起こしてくれた話も付け加えられていた。
こうした行為はなかなかできそうでできないものである。そのいい例が電車やバスの席を譲るときのことを考えても,ちょっとしたタイミングも大切であり,難しいものであるのは分かると思われる。それにもまして,なかなか声掛けがしにくい場面にも関わらず,男子生徒が荷物を持って,同じような歩調で,何らかの会話をしながらの場面を考えると,本当に素晴らしい,気持ちよい行為であったと思う。
いつもいう「志」をしっかりと実践してくれたことが何より嬉しいし,以前にも同じような生徒がいてくれたことが嬉しい限りである。人は自分一人では生きていかれない。いろいろな周りの人に支えながら生きていくものである。ということは,自分も支えたり,支えられたりしながらの人生である。とりわけ,老人や子どもたちなど弱者への配慮はとりわけ大切な視点である。同じ仲間が支え合うのは当然だが,全然関係のない,全く違った世代の人に対してのそれは本当に勇気のいることだと思う。
しかし,思うにこうした行為を勇気のいることだと思うのは,その心持に置いてどこかでまだまだしっくりといかない何かの隔たりがあるのかもしれないと思う。人が困っていいれば自然とそういった行為につながる心持を持った者は,そんな心配はないものだと思う。こうした心持にどのようになっていくか,最初の一歩をどう踏み出せるのかといった本当の人としての心持を自然と湧き出させるようなことが大切なことだと思う。
誰かは分からないが,こうした生徒がいることは誇りに思うし,嬉しいことだが,こうした心持が当たり前になっていくような学校にしなければならないように思う。