解答用紙
- 公開日
- 2014/01/09
- 更新日
- 2014/01/09
校長室から
私は国語の教師であった。あったといっても,今もその気持ちは変わらない。どうしたら今日の授業が分かったという生徒の喜びの顔を得られるだろうかと今も考えている。本当に授業をすることは難しいことである。
国語はまたテストも難しい。解答が揺れるからである。記述の解答などどうしたら客観的につけられるのだろうかという思いをよく持ったものである。ゆえに,私は,国語の答案を返却した時,解答を説明するが,これはどうなんですかという問いに対して,再度全ての答案を回収し,見直しを図った。それほど一人の解答によって,他の解答も関連してくるように思えたからだ。
解答の採点をしながら,×をつける時,指導者はどう考えているのだろうかと思う時がある。もちろん,本人の理解不足であることには違いないが,その裏返しは,指導者の指導不足であるからだ。教え切れていない自分がいるのである。このことをどれだけ謙虚に自分を見つめられるかである。
採点が終わると,解答用紙に正の字で,間違った個所の人数をカウントしていた。どの問題の正答が悪かったのかを調べるためである。問い方がまずかったのか,指導の方法がわるかったのかといった自分自身の指導を振り返るためである。それは,誤答の類型化を知るためにも,大きな参考になった。そして,それは,研究授業で指導案を書くときの生徒の実態を知る上でも大きな資料となった。
×の活用こそが,我々の仕事の上で大変有意義なものなのである。×をしっかりと授業に生かさなければならない。×をつける時,こんなことも分かっていないのかという自分の指導を棚に上げる教師などはよもや居ないと思っているが,宝の宝庫の解答用紙を大切にして欲しい。