人権学習から
- 公開日
- 2013/12/03
- 更新日
- 2013/12/03
校長室から
本日,人権学習を行った。人権学習の意義のようなものも含めて,最初にその話をした。内容としては,12月10日の「人権の日」の制定に関する話,日本での人権週間の話,人権とは何なのかといった話,さらには,身の回りの例を挙げながらの話,さらには,様々な人権問題についての話をし,最後に心構えやなぜ人権学習を行うかの意義を伝えた。
なかでも,強調したいのは,まずは「知る」ということ,とりわけ事実を正確に知るということの大切さ,つまり,無関心ではいけないということである。
そして,なぜ人権学習を行うかということは,一つは,こうした学習を行うことで,やらねばという気持ちを起こさせることだと思っている。例えば,バスの中で,老人や妊婦さんに席を譲らねばという思いの人は多いと思うが,そのタイミングが難しく,やってしまえばどうといったこともないが,むずむずしているうちに,その機を逸してしまうことが多々あるだろう。しかし,こうした学習を積むことで,やはりしなければという気持ちというか,勇気付けられることで,その気を再度起こさせられるということである。
もう一つは,人権学習をすることで,自分の理性を再度確認することだと思う。つまり,人間には,人をさげすんだり,侮蔑したりする気持ちがどこかにあるが,逆に言えば,自分が優位に立ちたちという気持ち,人とは違うのだという気持ちかもしれないが,しかし,人権学習をすることで,人間のそういった気持ちをたしなめるというか,自分の忘れかけた人間性を思い起こさせてくれるように思う。ここが大切で,この積み重ねによって,人間の本性というか,そういった気持ちを抑えられていくような気がし,ゆえに,定期的にこうした学習を積むことの大切さがあるように思っている。今までの自分の気持ちを再度確認し,新しい自分をつくっていくことになるからだと考えている。
そして,私自身の人権についてのキーワードとして,「怒り」と「理性」だと考えている。喜怒哀楽とあるが,いろいろな不正義に対して,人として怒りを持っているだろうかということ,しかし,その怒りを押さえるためにも,そして,その怒りを持つためにも理性が必要だということ,つまり,理性は,人権に対する学習をどれだけ積んできたかの証のようなものだと思っている。