学校日記

形式美

公開日
2013/10/31
更新日
2013/10/31

校長室から

 昨日,大宅小学校の運動会に出かけた。校内授業研修会や出張もあり,朝一番,1時間程度しか見ていないが,すごいなと思ったことがあった。いわゆる形式美である。
 きっちりとした指導の下,子どもたちは一生懸命であった。もちろん先生方もである。行ったときにはもう整列をしていたが,待っている間もきっちりと並び,準備体操の時も,先頭の子どもが移動し,その後の号令の下,移動も機敏で清々しい。昨年度優勝旗の返還も,持ち手の向き,持っての移動と校長先生に渡す持ち方を変えたりと,また,宣誓の代表4名,エールの交換と本当にきちきちとして,見ていて気持ちがよかった。素晴らしかったに尽きる。
 見た目は大変大事で,その印象は全てに先んずるものである。国語を教えていたので,例えば,原稿用紙の字が汚いものでは,応募もできない。下手でも丁寧に書いてあればいいのだが……。それに段落がしっかりとあるものも形式美である。いわゆるマスの空白はとても大事なものである。読みやすさに関わってくる。汚い字で,段落もないような400字詰めの原稿用紙の1枚目を見ただけで,読む気も起らないだろう。人に読んでもらうには,そうした形式美が整っていなければならない。1枚目を読みたいと思わない原稿を,2枚目,3枚目と,誰が読もうとするだろう。どれだけいい内容が書かれていても,きっちりとした原稿用紙の体をなしていなければ,ものごとは進まないだろう。
 今までも小学生の作文も見てきたが,小学校では,丁寧にしっかりと,そうしたことまでを指導されている。本当に頭が下がる思いである。その部分をきっちりと中学校は確認し,文化や風土の違いを追い払わなければならない。
 ところで,原稿用紙の形式美は,マス目の空白は山型がいいように思う。最初は5マスくらい,200字より少々後の部分が最高に空き,またそのマス目の空白は収束していくという具合である。段落のために,マス目を何字空けて書けということをさせるということは,書きたい内容をまとめさせるというか,他の表現に変えさせる指導として最も有効な指導方であると思っている。
 小学校の運動会を見ながら,そんな形式美を考えたが,いわゆる挨拶もある意味形式美である。挨拶もろくにできずにという言葉があるが,京ことばでは,挨拶もできないことを「折れ反れもできませんで」という。