自分なら
- 公開日
- 2013/10/04
- 更新日
- 2013/10/04
校長室から
今日,テストの最終日である。始まる前にそれぞれの学年を回った。いろいろなクラスがあった。いつも言うことだが,やはり進路を見据えた準備ということを常に意識しなければならないだろう。
試験を受ける体制は,その会場での場面を考えても,その会場以前の場面から始まっている。その日1日としても,朝起きて,家を出て,会場に着き,自分の席に座るという準備の場面であるが,それは,もっと遡れば,今に通じているように思う。とするならば,今日も,いわゆるテストを受ける心構えの部分であろう。いろいろなクラスがあったと言ったが,その部分である。担任は,自分のクラスであったとしても,指導者自身がテスト監督者としての意識を持ち,生徒たちにも受ける意識を持たせる必要がある。まさにTPOである。
さて,今月の初め,JR横浜線での線路にうずくまる老人を助けるために犠牲となった村田奈津恵さんの話が大きく報道された。しかも,父親の見ている前での即死とあれば,お父さんの悲しみはいかばかりかと思う。また,その悲しみをこらえ気丈にもインタビューに応えられていた姿は今も心に残っている。また,救われた老人とて,この先,この村田さんを常に意識しての人生となっていくだろう。非常に複雑な思いにさせる話であった。今もその勇気ある行動に献花が続き,そして,政府をも動かしている。このように人間の行動には,常に自分だけでなく,他者への影響をも与えることとなっている。
全ての事件や事故など,起こったことに対して,自分を照らし合わせることは無理だが,時に触れ,「自分なら」という視点で見つめることが必要なように思う。最もその当事者なら,無我夢中でということになるが,私たちなら,一歩引いて,客観的な目で,周りの状況も察しながら見られることができる。そのことが重要なことある。それぞれの人にはその後ろに関係する多くの人々がいる。単に親,兄弟だけでなく,親戚の,友だちの,地域のと多くの人々の関係が見えてくる。すると,自分のとった行動や発言が,その背景に存在する人々のことまで考えてのものとなってのことなのかも見えてくるだろう。一人の独立した個々ではあるが,その背景までをも含めた自分であることを,時に意識して欲しい。