学校日記

願う

公開日
2013/09/27
更新日
2013/09/27

校長室から

 今朝,校門で生徒たちを迎えていると,1年生が『竹取物語』の冒頭分,「今は昔,竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて竹を取りつつ,……」と暗唱しながらやってくる。1年生の古典学習の定番である。
 私は国語を教えていたので,ふと昔のことが蘇ってきた。古典の学習で一番多い間違いは,歴史的仮名遣いを現代仮名遣いに直しなさいというところを現代語訳にする生徒が必ずいるということだ。教え方がまずかったのかもしれないが,テストをするごとに,その間違いをなくすことはできなかった。
 さて,この暗唱ということは,国語にとっては大切なことだと思う。とにかく暗唱である。暗唱すれば,一生忘れることはない。そして,年代が上がるにつれて,暗唱したことに,いろいろと肉付けがされていくのである。
 私もある時から,帯授業といい,国語の授業の初めの10分や最後の10分を使って,教科書を離れて,国語に関するいろいろなことを行った。毎日毎日本を読んだことや,毎日毎日スピーチさせたりと,暗唱させたこともある。これは1週間に1回であったが,詩歌いわゆる韻文をノートに視写させ,覚えさせるとともに,そこで感じたこと,見えてきたことを書かせ,週の初めに全員で,提示した韻文の学習を行った。これは3年間行ったので,覚えた韻文は120程度出あったが,今でも生徒たちは覚えた韻文に対して,この歳になってその意味がわかることがあると,新たな発見を語ってくれる生徒もいる。本当に嬉しい限りである。
 そもそもなぜそのようなことをやりだしたかというと,自分自身の中学校時代を思い出し,何か授業で覚えていることはと問われれば,何もなかったからである。まあ,授業に関していえば,そんなものであるとも思っていたが,ならば,どうすれば授業で印象に残る教師になれるだろうかと考えたからだ。ゆえに,毎日本を読んでくれたということを覚えてくれていること自体,嬉しいものであった。
 昨日,26年度の採用試験の結果も出た。学校生活は,授業を中心に,部活動,生徒会活動,いろいろな行事,課外の活動と多くの要素で成り立っている。しかし,採用試験は何で採用されるかといえば,教科で採用されるのである。国語の教師として,理科の教師として,体育の教師として,それぞれの教科での採用だと考えると,やはり勝負は自分の教科ということになる。そのことをしっかりと認識しなければならないと思う。部活動,生徒会活動,大いに結構であるが,本分は教科指導である。教材研究こそ,教師の命であるということだけは忘れないで欲しい。