学校日記

怒りと理性

公開日
2013/08/09
更新日
2013/08/09

校長室から

 昨日,中人権の研究集会が総合教育センターで行われた。主題『「個が輝く人権教育の想像」〜すべての生徒に同和問題をはじめとするあらゆる人権問題解決への実践的態度を培う〜』であった。
 パネルディスカッションは,『「一人ひとりの生徒を徹底的に大切にする教育」をどう具現化するか』と題して,教育企画監,中人権会長,中堅,若手教諭のパネリストで構成されたものであった。それぞれの立場で,具体的なケース設定のもとでの事例を考えるものであった。人権の指導ではなく,生徒指導としての話であるなどという意見などもフロアーから出される中,教育企画監のキーワードとしての「つながる」ことと学力を付けることという教育の基本を考えることを視点として述べられたことが,心に残った。人権をあらゆることの基本と考えるならば,教育でそれにあたることはと問われると,学力というキーワードが出てくるという、その説明立てに納得をした。
 さて,人権問題を人権学習で指導すること,このことを以て人権の指導であると捉える話もあったが,今それをとやかくいうつもりもないが,とりわけ注意しなければならないことに,学習である限り,ねらいを持って子どもたちに指導を行わなければならないということだ。中途半端では終われないというこちらの覚悟である。人権の指導は,今日の学習は,理解が浅かったなどでは済まない指導であるということだ。そのために,生徒の実態分析を中心に,各校では,指導する担任を中心に,何度も学年会などが行われているものと思っている。それだけ心しなければならない指導である。
 ところで,私の挙げる人権についてのキーワードは,「怒り」と「理性」である。いろいろと社会でおこる不正議に対して,まずは人としての怒りを持っているか,その上で,その怒りを抑えるためにも,そして,その怒りをさらに持つためにも理性が必要なのであると思う。理性は,人権に対するその人の指標のように感じる。
 子どもたちには,そうしたこととともに,挨拶,謝意や謝罪の言葉がしかりと言えること,つまり体に染みついた,理屈でなく行動として進められることこそ,人権の基盤づくりとして大切なことであるように思う。