本当に誰のために
- 公開日
- 2013/06/27
- 更新日
- 2013/06/27
校長室から
この間,新聞を読んでいると,「授業アンケート 誰のために」という記事が載っていた。「励みにもなる」「信頼関係壊す」賛否の声とあった。これは大阪の教員査定に反映という視点での記事であったが,何をしてもメリット,デメリットがある。とするならば,やらないよりはやったほうがいいと考えるのが筋だと思う。やらなければ何も変わらないからである。やれば変わるが,そこで問題が出れば考えなければしょうがない。
記名で,選択肢は4択で,「そう思う」「だいたいそう思う」「余り思わない」「思わない」とあった。プラスの方向性かマイナスの方向性かで見られる。そんな風に生徒たちは思っているんだなとはかり知れる。それよりも自由記述欄なしとあったのが気にかかった。この欄は,良くも悪くも書きたいと思う人の強い意志を表すところだからである。激励もあるし,改善を求めることもあるし,質問もある。アンケートを受け取る立場としては,この欄に多く記述されることのほうが楽しみである。本来,この手のアンケートは授業を受け持っている教師が,自分の尋ねたい点を考えて,各自がつくるものである。そのことで本当の意味での授業改善に生かせるからである。私も以前,自分なりに尋ねたい点のアンケートをつくって尋ねていた。ゆっくり書いてもらおうと,家で書いてくるように言ったこともある。すると,その自由記述欄に親からの記述もあったことがある。そこまで熱心にやられるならと,返事を返したこともあった。
先生方は,少しでもいい授業をしたいと必死である。私もわかったという生徒たちの笑顔を楽しみに授業をしてきたが,なかなかそううまくはいかなかった。ほんとうに難しいものである。それが生身の人間を教える授業というか教育というものである。一喜一憂せずに,アンケートはアンケートとして,授業力向上を目指せばいいのである。
私の授業でいえば,帯授業をおこなってきたが,もう40近い生徒であるが,そのころは韻文ノートといって,小さめのノートに,毎週短歌や俳句,詩を視写させ,その1週間に,そこから見える様々なことを書かせていた。そして週の最初に,みなでその韻文についての解釈や思いをぶつけ合った。私自身もそのノートを持ち,何か気付けば,それに書いていた。自分自身も一緒の学習をしていたのである。ものを見つめる目線はどうだろうか,なぜこんなやさしい漢字なのに,平仮名表記をしているのだろうかなどなど,思いつく視点や,考えや思いを一杯書いていた。絵で描写する生徒もいた。生徒などは,ふと思い出せば,もう終わった韻文でも,再度日付を書いて,書きこむ生徒もいた。ノートを見るのも楽しかった。でも,もっと嬉しかったのは,大人になった生徒が,あの俳句の意味をこんな風に感じた,こんな意味だったんじゃないかなと言われたことである。