さらに上
- 公開日
- 2013/06/04
- 更新日
- 2013/06/04
校長室から
先週になるが,日曜参観に大宅小学校に行った。本校と一小一中の小中一貫校である。なかなか一小一中の学校はないが,その強みを生かして頑張らねばと思っている。
さて,大宅中学校に来て感心したことは,以前,朝読書の件を話したが,もう一つある。小中ともに二足制であるが,その下足箱というか,きっちりと靴を揃えているということだ。このことに大変感心している。学校医が来られての健診でも,保健室では,きっちりと靴を揃えて並べている。本校の先生方も保健室前におられるが,別にそのことをとやかく言っておられるふしもない。生徒たちが小学校からの流れの中で,身に付いてしまった結果だと思っている。なかなか素晴らしい意識であると思う。身に付いてしまえば,よほどのことがない限り,身から滑り落ちることもないだろう。三つ子の魂百までということだろう。
以前,挨拶のことでも言ったが,必要なものは必要なのだ。やるべきことはやらねばならないのである。これは理屈ではなく,体が自然にそうなることが必要なのである。それをやらなければ,違和感を覚えるということが大切なのである。これがある意味規範意識として必要なものなのである。靴を揃えることも挨拶と同じである。脱いだ靴の整理は,本人がすべきことなのである。
さて,ほぼ多くの生徒は靴を揃えることはできているということは分かった。しかし,ここから一段上のことを考えなければならない。それは,自分の靴を揃えることはできるようになったが,一歩外へ出ると,同じ仲間でも揃えられない人もいるということだ。その時,自分の靴を揃えることができる人が,一歩進んで,揃えずにいる人の靴を黙って揃えられるかどうかである。黙ってである。これが靴を揃えられるようになった本校の生徒の今後のあるべき姿であると思う。まだ,そのところは見たことがないので,どうだかわからないが,今後は皆がそのような気持ちになり,行動できる人になっていくことである。
出来ないことはできるようになることが大切であるが,出来るようになったことは,さらにその上にしなければならないこととどう向き合うかである。大宅の生徒で終わってはいけない。同じ中学生は山科に,京都に,日本に,そして世界にである。靴を揃えることは世界に通じることなのかどうかはわからないが,日本では大切なことである。自分自身で行き着いたさらに上とは何かを考えられる大宅の生徒であって欲しいと常に願っている。