挨拶
- 公開日
- 2013/05/22
- 更新日
- 2013/05/22
校長室から
朝,校門の前に立ち,「おはよう」「おはようございます」などと,生徒たちに向かって挨拶をしている。声を掛ければ返す生徒,声を掛けても素知らぬ生徒,自分から声を掛けてくれる生徒と様々である。生徒の置かれている状況を表しているものだと思うが,だからそれでいいというものではない。声を掛ければ返す生徒,自らが進んで声を掛ける生徒が増えていくよう,明日もまた頑張らねばならない。
私は常々,教職員は子どものモデルであると考えているし,教職員の方々にもそう言っている。子どもたちが日常的に接する大人は,家族と教職員,そして,地域の方々である。とりわけ,多くの時間を生徒と一緒に暮らす教職員は,よいモデルとならねばならない。挨拶が返せない生徒がそれでいいと思っているはずはないだろうし,また,多くの生徒はそれはダメだろうということくらいはほぼわかっているはずだ。しかし,その一声が出ないのである。理由はいろいろあるだろう。その理由を詮索してもしょうがいない。挨拶をしなければならないときは,挨拶をしなければならないからである。挨拶に関していえば,先にも言ったように,誰しも挨拶など不要だと思う子どもはほぼいないだろう。ならば,根負けせずに,挨拶をし続けることが大切なのである。
ところで,こうした指導をするとき,私たちが慎まなければならないことは,くどくどとした説明である。今さら挨拶の必要性など説くこともないし,説いたところで,少しは心改める子どももいるかも知れないが,そんなものでもないだろう。ある意味「ダメなものはダメ」方式でいえば,「必要なものは必要」と言い換えられるかもしれない。そして,モデルたる私たち教職員がしっかりと子どもたちに向かって挨拶をし続けることが大切なのである。これは保護者の方々にも同じようにお願いしたい。
ところで,挨拶を考えるとき,何も朝の校門だけでない。授業規律と言われている授業の最初と最後にきっちりと挨拶をしているかということや,委員会では,部活動では,下校時ではといった点にまで目を配り,ありとあらゆるところできっちり挨拶がなされているかということも問わなければならない。あらゆる場面を含めての挨拶を繰り返すことが,生活の中での挨拶につながっていっていくからである。単なる「おはよう」ではあるが,それが大げさにいえば,生活改善につながっていくように思えてならない。