学校日記

道徳

公開日
2013/05/18
更新日
2013/05/18

校長室から

 土曜参観で,多くの保護者の皆さま,地域の方々にお越しいただき,ありがとうございました。
 毎年,教育委員会では,「学校教育の重点」という京都市立学校に対しての指針を出しています。今年度,その重点目標は,「言語活動の充実・コミュニケーション能力の育成」と「規律ある生活習慣・ルールを守る態度の育成」の2項目です。その後半部分を照らし合わせるとき,道徳の公開授業がそれに沿っているものと考え,本日の参観に入れました。さらに加えるなら,道徳の授業は,お互いの意見の出し合いによって,生徒の内面化に迫るものなので,前半に挙げた「言語活動の充実・コミュニケーション能力の育成」にも大きく関わる部分があり,その意味でも,両方の重点目標の育成に関わる大事な授業として,道徳を捉えています。
 そこで,道徳教育に求められているものは何かと問われると,私は躊躇なく,「生徒自らが主体的に判断し,自らの生き方を決断して生き抜く力の育成」だと言い切ります。ゆえに,教師は,生徒のものの見方や考え方に対して,理解し,温かく受容しつつ,心を育てることが求められています。それぞれ100人いれば,100通りの考え方があるのですが,それはそれとして認め,しかし,その100人の思いや考え方を聞くと,なるほどそんな考え方もあるのか,いや,その意見は違うなとか,いろいろな思いがそれぞれの生徒の心に芽生えてきます。そのことによって,今ある自分の心とその意見を織り交ぜることで,新たな思いや考えが芽生えてきます。そのことが大事なことなのです。
 つまり,人というものは,発達段階に応じて,自分なりの価値体系を内に形成し,その価値体系をもとに,具体的な判断を下しながら,自分のとるべき行為を選択しているのです。その価値体系は今までの生活を基盤に組み立てられたものなのですが,常に新しい経験によって,絶えず組み替えられているのです。この組み替えの中で,より高い価値をめざして組み替えていくところに道徳性が育つと考えるのです。生徒一人一人の内面に根ざしたより高い価値への価値体系の組み替えこそが,今日的な道徳がめざす内面化の意義があるのです。
 自分の外に存在する社会的規範や道徳的価値が,自分の心の内面に育ち,外から与えられたものではなく,損得勘定によるものではなく,他の人がそうするからではなく,自分の心の中で必要性を感じる気持ちになることが,道徳教育の本質だと思います。