学校日記

教育という営み

公開日
2010/02/08
更新日
2010/02/08

校長室から

 先週5日の午後,京都コンサートホールでオーケストラ入門教室が行われた。毎年,中教研音楽部会の先生方のお世話になって,2日間4公演が行われる。やはり生はいいものだ。こうした機会に触れられるのはいいことだと思う。音楽だけでなく,美術館も近いので,絵画なども含めた芸術鑑賞は大切な学習だと思う。機会がないのに興味をもつことなどありえないことから考えると,音楽の先生方には大変感謝している。
 わたしも家に帰ってから,ベートーヴェンの第5シンフォニーのCDを持ち出し,聞き返してみた。フルトヴェングラー2枚にワルター,カラヤン,クライバーの5枚である。カラヤンやクライバーのスピード感溢れる演奏に対して,フルトヴェングラーやワルターのそれは,堂々としたテンポで,運命の扉を開けるにふさわしい荘厳さであった。ステレオ録音やモノラル録音に囚われることなく,音楽の魂を響かせるものが迫った。わたしの持っている運命では,フルトヴェングラーのベルリンフィルとのそれが大変心に響いたものとなった。
 比べるということは,子ども達にとっても大変具体的で分かりよいものである。どちらが自分の感性に近いか,どちらがより素晴らしいか,客観的でないかも知れないが,自分なりの思いを持つことが大事なことだと思う。こうした繰り返しを進める中で,自分の中の基準が定まってくるものである。それがある意味自信につながっていくのである。教育は,いかに子ども達にどのような部分でもいい,どのようなことでもいい,自信を付けさせるかである。その営みをわたしたち教職員が行うことなのであるということを,心して考えなければならないことだと思う。