学校日記

タコとイカ

公開日
2010/01/05
更新日
2010/01/05

校長室から

 明日から,後期後半が始まるが,それに先立ち,今日は,全学年で補習が行われる。3年生は進路実現に向けてまっしぐらであるが,1・2年生も明日からの準備として,子どもたちを今日から登校させることは,いろいろな意味で大切なことである。本当に本校の先生方は,しっかりと取組の意義を捉えて取り組まれていることがなにより嬉しい限りである。一回りしたが,生徒たちもそれぞれの課題に取り組んでいた。
 ところで,昔,お正月には,凧揚げ,独楽回し,羽子板が定番であった。ゲイラカイトという西洋凧もあり,素早く上がったことを思い出した。その凧揚げの凧は,新聞紙で長い尾を付けていたのだが,そのさまが蛸に似ていることからの命名であった。しかし,もともと上方では,イカ(紙鳶)と言っていた。それは,その形が烏賊(いか)に似ているからである。江戸では,タコと呼んでいた。そのタコが京都市内部に入り込んで,市内部ではタコと言うようになった。以前,もう20数年前であるが,京都府下の方言調査をしたときには,丹後では,「イカ」「イカノボリ」,丹波では,「イカノボリ」「タコ」,山城では,「イカノボリ」「イカ」という形が残っていた。丹波の「タコ」は,亀岡辺りであった。言葉の伝播としての中心部から広がる法則,京都市を中心としての新しい言葉の「タコ」が存在し,山城や丹後では,古い「イカ」という形で残っているという,同心円状の伝わりがきれいに残った言葉である。