示す
- 公開日
- 2009/11/17
- 更新日
- 2009/11/17
校長室から
先週の13日の金曜日,無窮の日であった。「無窮」は,本校の「総合的な学習の時間」の呼び名で,無窮とは,限りのないこと,という意味である。「総合的な学習の時間」は,限りなき探究を行うことであり,その名が命名された。
今年度は,午前中,「仕事」をテーマに2年生がポスターセッションを行い,3年生が岡崎検定を作成し,全員で受けた。そして,最後に地域の頂妙寺などの雅楽会から,日本音楽の学習の一環として和楽器のお話と演奏があった。
ポスターセッションをやったが,基本はいつも言うように,教師によるモデルである。とりわけ,話すことに対する指導としては,その効果は抜群だと思う。もう2時間あればという声も聞いたが,生徒にとっては,この年しかないのである。その時,その時は大切な一コマなのである。わたしたちの反省は反省として,いかに生徒に成就感を持たせられるかである。これが次につながるものなのである。モデルを示すことで,概ねやらなければならないことやその具体を示すとともに,教師自らがそれを見せることで,そのポイントとなることが分かってくるものである。そして,もう一つは,指導案を書くときに,生徒の活動予測を書くようにというが,この点を踏まえると,生徒たちが行う説明からも,質問予測とその回答を考えさせておくことである。それを踏まえることで,説明が聞き手にとってわかりやすいものになるだろう。ただ,話し手を育てるには,聞き手を育てることも大切なことである。よい聞き手が,良い話し手を育てるのである。ということで,国語科では「話すこと・聞くこと」というふうに一緒になって存在する理由がある。ところで,大村はま先生は,教材として取り上げるものの要素の第一に,教師自身がわくわくするかどうかであると挙げておられる。教師も挑戦できることが,そのわくわくだと思うし,それが教師の無窮でもあるように思う。
言うは易し,行うは難しである。1月,支部授業研修の道徳をわたしがすることになっている。来年の文部科学省の道徳の発表を睨んで,いつも言うばかりではという思いで引き受けた。