学校日記

阻む

公開日
2009/11/12
更新日
2009/11/12

校長室から

 昨日,運営委員会で,12月の行事予定が出た。いよいよ今年も終わりである。そして,3年生などは,最後の追い込みになってくる。また,定期考査4も迫っている。
 入試や定期考査が近づいてくると,「ああ,なぜもっと勉強しなかったのか」などという言葉をよく耳にする。よほど才能に恵まれている人は別にして,勉強に近道はない。それにしても,才能に恵まれている人たちも,それなりの勉強はしているものである。
 ところで,勉強ということであるが,これは何も知識を磨くためのものではない。勉強とは,性格を訓練するためのものでもあると思う。ここでいう勉強とは,学校で,あるいは先生について,または,独習という意味での勉強である。
 勉強とは,何かを覚え,頭をよくするというものではない。これと教養を身に付けるとか,何かを習得するとかは別問題である。それは,自分自身を高めるためのものであるからだ。さすれば,勉強は,怠惰や退屈,イライラといった自分の野放しの性格をコントロールできるようになるための訓練である。そして,次の段階として,自分を高める段階に入っていくものだと思う。
 勉強は確かに辛いものである。それは,何か自分がやらされているように思うからでもあろう。そして,それは,自分の性格を鍛えるということで,とてもしんどさを伴うものである。気分の乗らないときに机に向かったり,本を読んだりすることは,辛いときにも,しんどいときにもといった自分との葛藤なのである。そのような思いの中で,それを取り組む過程が大切なのである。
 それを阻むものが,自尊心というものである。自分を高く評価したいと思うもの,それが勉強を阻むものである。間違うくらいなら,やらないほうがましだ,といった考え方などがそれである。勉強はやったほうがいいとわかっていても,なかなかやれない。また,やらない人の多くは,時間がないからだともいうが,それも嘘である。その人たちはただ臆病なだけであると思う。