筆者の独り言 9
- 公開日
- 2012/08/07
- 更新日
- 2012/08/07
きらり☆はち公☆
「生涯一捕手」
この言葉は,プロ野球選手である野村克也氏が,現役を引退するときに言われた言葉だと記憶しています。野村氏は,私と同じ高校の出身で,大先輩でもあります。ただ同じ時代を過ごしたわけではありませんし,高校時代の彼は野球部,私は吹奏楽部でしたので氏は私のことなど知る由もありません。
野村氏は,プロ生活を当時の南海ホークスのテスト生としてスタートします。ドラフトの1位指名を受け,華々しくプロの球界へデビューしたわけではありません。しかし氏は野球の技術以外に優れた才能を持っており,情報収集の力は桁外れだったようです。それは当時「野村のつぶやき」として打者を悩ませたそうです。彼は,バッターボックスに立った選手に,集めてきた情報を駆使し,バッティングに必要なピッチャーや投球への集中力,タイミングを崩して行きました。余談ですが,このつぶやきが通用しなかった選手が2人いたそうです。どちらもジャイアンツの選手で,世界的にも有名な2人です。一人は長島茂雄選手,もう一人は王貞治選手です。王選手はそのずば抜けた集中力で,野村氏のつぶやく声は,一切耳に届いていなかったそうです。また,長島選手は,一種独特な自分の世界を持っていて,野村氏のつぶやきに答える長島選手のそれは,まったく文脈が通っておらずチグハグで,これもまたタイミングをずらす役には立たなかったそうです。
現役を退いたあとも監督としてユニフォームを着続け,阪神タイガースや東北楽天イーグルスなどの監督として活躍をされていました。楽天での野村氏の「ボヤキ」は毎回スポーツ紙の良き材料となりました。「マー君 神の子 不思議の子」などの野村語録は野球ファンならずともついつい興味を持ってしまいます。
その野村氏が言った「生涯一捕手」。氏に直接聞いたわけではありませんので,その真意はわかりません。私なりの解釈になるのをお許しください。氏は監督時代ID野球の言葉ができたほどの情報収集家であり,それは選手時代からの氏の一本の流れです。氏はそのことも含め監督でありながらも「選手目線」を大切にしたかったのではないでしょうか。監督として管理者としての目線も大切にしながらも,選手としての目線も大切にしたのではないかと思うのです。
私は,この仕事について幸か不幸か「野球部」の顧問としてやってきました(本当は吹奏楽がやりたくてこの職を選んだのですが)。ややもすると,野球部の顧問(監督)は,(私だけなのかもしれませんが)自由に動く選手が心地よく感じ,監督の立場にあぐらをかいている自分に気づくことがあります。動くのは選手であり,活動し主役となるのは選手です。その選手(生徒)が生き生きと活躍をし,野球から様々なことを学び,生涯スポーツとしての野球をも大切にしてくれる,野球というスポーツに人生の豊かさを見出してくれることを私は大切だと思うのです。そのことをふと忘れている自分に気づき,この「生涯一捕手」を思い出すのです。選手の目線で見て監督として指示を出す。これが私が心がけてきたことです。私はずっと生徒と一緒にボールを追ってきました。吹奏楽に関わらせていただいている今も,演奏者として有り続け,努力を続けることが大切だと感じています。いつでも「生涯一捕手」「生涯一演奏者」であり続けたいと思うのです。ただ「それでは勝てるチームやバンドが作れないだろう」という批判があるのも事実ですし,そのこと自体,ある意味正解だとも思います。でも私はそうはしたくなかったのです。
今現在,この立場にいても同様のことを感じます。管理職は職員・担任の目線で,担任・職員は生徒や保護者の目線で物を見て,監督者・アドバイザーとして行動する。親の立場もどうでしょう。「親」は「木の上に立って見る」という漢字になぞらえて,子供より上の立場から,一段高い目線で見て,子供を導くのだとよく言われます。確かにそうだとも思います。子供と同じ目線で,同じように感情をぶつけ合っても仕方がありません。ただ,子供の目線で物を見て,大人の立場で支持を出すことが大切だと思うのです。虐待や,体罰等の間違った,また歪んだ立場認識のために,子供たちがうまく育っていないことはないでしょうか。
「生涯一捕手」「生涯一演奏者」「生涯一教師」「生涯一人間」
オリンピック,プロ野球,高校野球とスポーツが華やかなこの時期,ふとこんなことを考えました。またどこかで,何かの話題にしてもらえたらと思います。