学校日記

筆者の独り言 8

公開日
2012/08/02
更新日
2012/08/02

きらり☆はち公☆

「今 この時」

 夏休みに入り,HPの更新間隔が圧倒的に短くなりました。ましてや「筆者の独り言」が数日で更新されている。もしかして他に仕事がないのか? 夏休みは教師は暇なのか? と思わないでください。余裕ができたのだと思っていただけるとありがたいのです。ただ,夏休みに入って,家庭や地域で子供たちと顔を合わしたり,話をしたりする機会が増える(増えて欲しいのですが)と思います。その時に,話題にしてもらったり,一緒に考えてもらったり,あるいは大人同士の会話の種になってもらえたら嬉しいと思い,日頃考えていることや生徒たちを見ていて思うことをこの夏休みの機会に更新しています。そんな風にプラスに使っていただけると嬉しく思います。

 さて,部活動も代替わりをし,学校では新チームが続々とスタートしています。このHPでもたびたび紹介しているように,陸上部と柔道部は,まだ試合を残していますし,吹奏楽部は8月1日から「吹奏楽コンクール」が始まっています。ちなみに,本校の吹奏楽部は,今週の土曜日(4日)の午前9時45分から,京都コンサートホールでコンクールを戦います。音楽に「戦う」という言葉が似つかわしいのかどうかは別にして,コンクールなのですから,金・銀・銅と勝負が決まり,近畿大会への出場校も選ばれます。多くの中学校の吹奏楽部は,このコンクールか文化祭を最後に3年生が引退をします。本校ではコンクールを最後に3年生は引退をします。

   この一球は絶対無二の一球なり
   されば身心を挙げて一打すべし
   この一球一打に技を磨き体力を鍛へ
   精神力を養ふべきなり
   この一打に今の自己を発揮すべし
   これを庭球する心といふ

 あまりにも有名な名分ですが,これは早稲田大学のテニス部OBの福田雅之助が部に贈ったもので,現在も部室には額にいれた直筆の全文が飾られているそうです。
この言葉は,スポーツのみならず,芸術でも,人との出会いでも,人生においての真理であると思います。私が野球や吹奏楽に没頭していた頃は,この言葉は重みを持って腑に落ちていました。ところが,現代の子供たちを見ていると,この一球やこの一音やこの出会いに「二度とない,二度と戻らない,無二の」重みを感じていないのではないかと思えることがあります。デジタル化が進み,電子機器は子供たちの周りを埋め尽くしています。何かあったらリセットすればいいし再起動するば元に戻せる。今やっているいることは,二度も三度も起こるし,飽きたら新しいものと交換(更新)すればいい。そんな新しい文化が子供たちの一球や一音,一つの出会いへの感覚を変えてしまっているように思えて仕方ないのです。
 人には物の背後にある「思い」を感じる力があります。どんなに綺麗な宝石よりも,大切な人に,むかし縁日で買ってもらったビーズの指輪が大切であったり。綺麗で高価なぬいぐるみより,汗や手垢で汚れてしまっているクマのぬいぐるみがとっても大切だったりです。「執着する」ことが物の価値を上げていきます。この執着はある意味で多い方が豊かなのではないかと思うのです。そのために,取っ替え引っ替えできることより,取替がきかないいこの一球,二度と戻らないこの一音,何ものにも変えられないこの出会いに執着してほしいのです。
 近畿大会を控えた選手諸君。コンクールを控えた吹奏楽部員。その一本は二度とない一本です。その一音は二度と戻らない一音です。大切に,思いを込めて戦ってください。それは「今この時」の練習も同じです。「今 この時」を大切に生きて欲しいし,私もそうありたいと心の底から思う今日の子頃です。