学校日記

年始めにあたり

公開日
2010/01/04
更新日
2010/01/04

校長室

 故郷を離れて四十年余り。十代で京都に来て以来,年に数度,時には一年に一度しか帰省しない年も,いや,そんな年の方がはるかに多かったようです。
 世界に誇る文化都市「京都」。我が故郷にも世界遺産の「白鷺城」があります。しかし,この四十年間の京都の変わり様には大きな変化がありました。京都に生まれ,京都に育った方々は,どのように感じられているのでしょうか。
 今年の元日,故郷に短時間ですが帰ってきた時のことです。結構車での移動が多いのですが,久しぶりにJR(以前の「国鉄」です)で帰りました。若い頃は,車も持てず,また,車を持ってからも,高速道も整備されていなかったので,もっぱら「国鉄」でした。駅が近づくにつれ,「白鷺城」が大きく見えてくる。「あーあ,故郷に着いた。」とドキドキして眺めたものです。車窓から眺める姫路の街並み,「まもなく姫路に到着します。」とのアナウンス。その時,高いビルの合間から,やっと見えてきた「白鷺城」。なんか,小さく思えました。京都だけではなかった。我が故郷も・・・・・・。いつも,あたりまえのように車を利用していて気づかなかったこと。今回,JRから見た風景は,残念なこともありましたが,新鮮で,新たな発見もありました。いつもと同じ,いつもと変わらない我々の周り。案外,ちょっとした「視点の変化」「意識の持ち方」で新たな発見があるものですね。私も含め,「最近の若い者は。」と口には出さずとも,心の中でつぶやくようになってきたら,意識をして,視点を変えることも必要ですかね。そして,頑固に守り抜くことも。
 「不易と流行」我々の教育現場にも大切なことです。
 大正生まれの母は,怪我をして以来不自由な生活をしていますが,それでも,私にかける言葉はいつも「無理したらアカンで。あんたは,すぐ風邪をひくし。」自分が入院した時も,こんなおじさんになっても,母は母,子は子。いつまでもいつまでも「絆」があります。
 京都に生まれ育った人が,ある意味羨ましいとも思った時もありましたが,私の生まれた素晴らしい土地と,京都の二つの故郷を持つ自分がすごく嬉しい最近です。
 この養徳地域に生活する子どもたち。養徳を故郷にする子どもたち。もし,他の地域に移っても,この養徳地域で育ったことをいつまでも誇りに思える子どもたちを育むため,今年も皆様方のさらなるお力添えをお願いいたします。
 教職員一同,一丸となって「一人一人を大切にする 養徳教育の推進」のため,全力で取り組んでいきます。