学校日記

校長の窓33(卒業証書授与式)

公開日
2020/03/23
更新日
2020/03/23

校長室から

 とても穏やかな日となりました。本日(3月23日)第112回目の卒業証書授与式を執り行うことができました。なんとか,やっとという思いが強い卒業式となりました。今回の新型コロナウイルスの影響で,大きく規模を縮小して行わざるをえませんでした。来賓の方も運営協議会の理事様に限定させていただき,保護者の方も同居の保護者の方として,祖父母や叔父叔母,兄弟姉妹などの家族の方はご遠慮いただきました。来賓の祝辞もなく,市長や教育長の祝辞も代読をせず,掲示としました。何より在校生のいない卒業式となりました。その上,予行練習ができていません。門出の言葉もなくなり,決意の言葉となり,代表児童の言葉となりました。そして,卒業生一人一人への卒業証書を渡さず,各クラス代表1名とさせていただきました。異例づくめの卒業式,わずか30分足らずの式となりましたが,子どもたちの凛とした姿,意識高くこの式に参加している姿に感動しました。それだけに,余計に縮小,短縮の式が無念になり,申し訳なく感じてしまいました。また,何とか開催できたことにホッとしました。この状況下の悔しさ,子どもたちの素晴らしい姿,それでも何とか行うことができたことへの安堵,この間,保護者の方にはご理解,ご協力をいただき,ありがたかったことなど多くの思いが交わり,感極まってしまいました。子どもたちの姿がすばらしく,うれしかったことが,大きな引き金になってしまいました。やられました。
 思いは式辞で述べさせていただいた通りです。
『 〜略〜 さて、私は皆さんと四年間、この学び舎で共に過ごしました。私はこの学校に赴任した時、皆さんは三年生でした。とても元気のある、にぎやかな、活動的なみなさんでした。教室はいつも賑やか、どちらかというとうるさいぐらいに、活動的である分、もめごとも多く、常に、個性と個性がぶつかりあっている感じでした。また、良くも悪くも自分の思いをしっかりと持っているので、大人へも主張することが多かったように思います。時には、仲間との関係性に悩んだり,思いが通じす仲間を憎んだりしたこともあったでしょう。中には、学校での自分の過ごし方に悩んでいる人もいました。集団生活の難しさを感じていたのかもしれません。それぞれが自分というものを探しもとめて、自分はどう生きていけばいいのかと、社会とどうつながればいいのかと、もがいていたように思います。自分の思いを素直に出すことができる姿、見方によっては偉そうな物言いも自分探しの一つだったのでしょう。そのもがきは、今思えば,次へのステップだったと思います。とても印象的な学年でした。
 学年が上がるにつれて、確実にステップアップするみなさんの姿、落ち着いて行動できるようになっていった姿がありました。これまでの悩みやもがきが、人を受け止める、受け入れることにつながっていったのではないでしょうか。
 それは、六年生でのこの一年の姿が示してくれていると私は思っています。この一年、とても立派でした。入学式や一年生を迎える会の時に、やさしく一年生の心情をくみ取りながら手をひく姿、別れ際には一言声かけてそっと背中を押す姿、縦割り活動で、低学年のわがままに苦慮しながらも、グループのみんなが楽しめるようにと、自分のことを後回しにして取り組む姿、委員会活動や行事での係の役割に対する責任、限られた時間の中での組体操の成果、あのやり切ったときの顔が印象的でした。あの、笑顔 忘れられません。学習発表会の歌声、とても素敵でした。様々な場面で六年生とは、という見本となる、あこがれとなる姿を見せてくれました。うれしかったです。
 自分が成長することで、周りの仲間とのかかわり方や見方も変わってきたのではないでしょうか。そして、つながりが深まっていったのではないかと感じます。何より、とても感心するようになったのは、話の聞き方です。全校朝会などの時に、私が前で話をしますが、皆さんの切り替えと視線、それにはこの一年感動しました。先生はうれしかったし、とても話しやすかったです。また、授業最終日に、卒業証書授与式の取り組み方が大きく変わります、ということを話しました。そして、少しだけ流れを確認していましたね。その時の皆さんの姿勢、それにも驚きました。座る姿、待っている姿、説明を聞く態度、凛として、実は、感動していました。
 この三月、みなさんの六年生としての姿を在校生のみなさんにたくさんみてもらって、次につなげていってもらいたかったのですが、残念です。今日の姿は必ず明日、全校のみんなに伝えたいと思います。
 これからの社会は先行き不透明な社会といわれています。今、まさにそのことを示しているかのような出来事が、起こっています。先の見通しが明確ではありません。いつまで、警戒しなければならないのか。いつ、終息していくのか、わかりません。だからこそ、個々の過ごし方が問われているときかと思います。それは、まさしく本校の学校教育目標「人とのつながりや心身の健康を大切にし、これからの社会を創りだす子ども」ではないかと考えます。その姿を達成するために、何度か皆さんにお話をさせていただいた、三つのことを確認しておきます。
 一つめは「主体性」です。
自ら目標を立て、その目標に向かって自らが歩みだす、動きだす力です。主体的に、この社会の一員として、この社会を創りだそうとするその思いや行動がよりよく生きていくことにつながっていくのでしょう、始業式にイチロー選手の言葉を紹介しました。
「新しい世界に挑戦するのは大変な勇気。成功と思うからやりたい、できないと思うから行かないという判断基準では後悔を生む。やりたいなら挑戦すればいい」また、「自分の限界をちょっと超えることを繰り返す。その積み重ねでしか自分を超えられない」といっておられます。勇気をもって、ちょっと上を目指して頑張っていければ、きっと豊かな生き方につながると思いますよ。
 二つめは、「自律、自分を律する力」です。 
自らの生活や人生、地域・社会をよりよくするために、時と場に応じた正しい判断ができる力のことです。どのような場面でも、どのような状況であっても、置かれている状況をしっかりととらえ、正しく判断して行動することで、よりよい生き方につながります。自分を律する力を高めるには、しっかりと判断できる力、判断するための学力や知識、考えられる力が必要です。学習だけでなく日々の生活の中からも多くの学びを通して、自律する力を高めていってください。
 三つめは、「感謝の気持ちを忘れない」ことです。
人は一人では生きることができません。多くの人とのつながりの中で、自分は生かされています。そして、ここまで多くの人が皆さんにかかわり、その方々の思いや願いの上で、成長することができました。まずは、今日のこの日を、保護者の方、家族、地域の方、友達、先生方がいて、むかえられたことに感謝してください。常に、感謝の心を忘れずに、そして、自分も感謝される人でいられるように、自分を素直にみがいていってほしいと望みます。気持ちのよい「ありがとう」って言えるとすばらしいですよね。
 少し薄れてきていますが、みなさんは令和という時代初の卒業生です。令和には、安倍首相が「見事に咲き誇る梅の花のように一人ひとりが明日への希望ととともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる、そうした日本でありたい」そんな願いを込めているとの談話がありました。これからの時代を創るのはみなさんです。その時代は、その時代を生きる人で作られていきます。一人一人が花を咲かせられるそんな社会を創れる人となれるよう、これからの生き方で高めていき、社会や地域に中で活躍されることを願っています。〜略〜』
 とても誇り高い卒業式であったと思います。様々なところで支援いただき,ご理解ご協力いただいたことに,感謝の思いを伝え,112回目の卒業式を終えたいと思います。
 明日からまたスタートです。気持ちを切り替えて次のステップを踏んでいってもらいたいと思います。
 本当に,ありがとうございました。