絶望のとなりに希望がある
- 公開日
- 2016/03/07
- 更新日
- 2016/03/07
校長室の窓から
3月11日で東日本大震災から5年がたちます。今回は「アンパンマン」の作者,やなせたかしさんのお話です。やなせたかしさんは,震災直後,あまりの被害を目の当たりにして,大災害に対してはどんな言葉もむなしいと思っていました。しかし,その考えを変えた出来事がありました。
NHKラジオ第一放送にメールが届いたのは,震災から3日後の3月14日,夕方のことでした。「アンパンマンのマーチを,ぜひ流してください。避難所の子どもたちに,大好きなこの曲を届けてあげてください。子どもたちの笑顔は大人たちの元気になります。」このような内容だったそうです。第一放送「つながるラジオ」では,番組の中で曲を流し始めました。
『そうだ うれしいんだ 生きるよろこび
たとえ 胸の傷が痛んでも
なんのために 生まれて なにをして 生きるのか
答えられないなんて そんなのは いやだ』
「余震を怖がる子どもも,じっと聴いていました。曲の後,『ぼくもがんばるよ』と何度もつぶやいていました。」とのハガキも届いたそうです。
この話を聞いたやなせさんが,新聞社などに頼まれてかいたアンパンマンの絵は,いつもの笑顔のアンパンマンではありません。ゲンコツを握りしめ,戦う姿勢です。やなせさんは言いました。「アンパンマンは世界最弱のヒーローです。ちょっと汚れたり,水にぬれたりするとジャムおじさんに助けてもらいます。でも,いざというときには自分の顔をちぎって食べてもらいます。そして戦います。それは私たちでも同じです。そうせざるを得ないときもあるのです。」
「悲しいとき,絶望しそうになったとき,握りこぶしを作ってください。そして,握りこぶしで涙を拭くのです。手のひらで拭かず,こぶしで拭くことでもう一度がんばってみようと立ち直る自分が生まれてくるのです。」
人間は,落ち目になってくると,不思議と悪いほうへ悪いほうへと考えがいってしまうものです。アンパンマンが売れる前のやなせさんも,どうして自分は認められないのかと心がいじけてしまっていたそうです。一つの失敗を,まるで10の失敗をしたかのように考えてしまったそうです。やなせさんは自叙伝でこう述べています。
「朝のこない夜はない。そう,絶望のとなりは希望なのです。」