京都市立学校・幼稚園
最新更新日:2019/09/18
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<学校教育目標>伝統と文化を受け継ぎ地域に貢献できる人材の基礎となる資質や能力を育成する

ありがとう!先生、さよなら!先生

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お世話になった先生方とお別れをした。人生は出会いである。一生の内にはたくさんの出会いがある。それは思いがけないことの連鎖で起こってくる偶然である。しかしこの偶然は会うべきして会った必然であるような気もする。

■下垣健治教頭先生ほど謙虚な人に出会ったことはない。教頭職というのは、なったものでないと理解できない大きなストレスの連続である。自分を封印しないと怒りが爆発してしまう。一個の提出忘れもなく、見事に様々な書類をさばいていただいた。自分のペースもあるだろうに、「教頭先生、ちょっといいですか」と言うと、まず1分以内には来られる。このような人はめずらしいというより、会ったことがない。人の有り様というものを教えていただいた。

■山本 強先生、いつもおっとりしておられる。再任用として2年間お世話になった。初年度は人権主任として、2年目は進路指導主事として、本当に厳しい分掌をお世話になった。その仕事ぶりは慎重で丁寧で、最後まで責任感に溢れた対応をされた。

■石坂知夏先生は美術の先生として6年間、お世話になりました。彼女の指導はすぐれていて、いつも廊下に張り出されるディスプレイが楽しみでした。一見、取っつきにくい感じもあるのだが、すごく丁寧で、優しい。美術に関わらず、どのような仕事も見事にやりぬいた。宇治植物園の入口にあるシマウマのおしりのオブジェは彼女の作品である。

■吉仲聖沙先生は6時間の国語の先生として1年間、お世話になった。初めての経験で緊張もあっただろう。先輩先生からの厳しい指導もあったが、研究熱心で夜の研修会にも良く出かけ、レポートをいつも見ていたが、いい気づきがあった。

■三木沙織先生は8時間の家庭科の先生として1年間、お世話になった。まだ現役の学生で、こちらの方にも不安があったが、その授業ぶりを見に行って、安心すると共に驚いた。新学習指導要領で保育実習が開始されたが、上手にやった。大学院で更に学習される。

■久原由佳子先生はスクールカウンセラーとして2年間、お世話になった。あどけない表情の残る先生であったが、さすが臨床心理士である。貴重な意見をもらったり、家庭訪問をしていただいたりした。私のように話すのは好きだが、聞くのは苦手と思っている人間にはスクールカウンセラーは大したものである。

※醍醐中学校の子供たちのために本当にお世話になりました。心より感謝申し上げます。また、今後のご活躍を願っております。ご自愛下さい。

音楽っていいものだ!

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「24年度をしっかり締めくくって、気持ち新たに25年度を迎えましょう。」と言ったものの、少しも締めくくれていない。16日に端山保育園の卒園式、21日には醍醐小学校、北醍醐小学校の卒業式、23日は醍醐保育園の卒園式とあり、その間に17日に中音研の会長ということで「少年合唱団修了式」に来賓で参加した。堀川音楽高校であったのだが、ウィーン少年合唱団のような歌声を聞かせてもらった。少年とついているが、はるかに少女の方が多い。こんなところでこんなことがあったのかと思った。

20日には京都市の「教職員音楽発表会」が同じく、堀川音楽高校で行われ、この人たちはプロではないのか、本当に中学校の先生かと思うほど質の高い演奏、歌声を聞かせてもらった。ヘブライ語の歌詞もあったらしく、その指導をされた専門家も来ていた。

またルネサンスリコーダーの専門家という大学の竹内茂夫準教授や世界的なウード奏者の常味裕司さんが特別参加してもらった。そんな中、最後に突然、約束もなく挨拶を振られたので驚いたが、つかの間のオアシスだった。中学生も何名か来ていて最前列で聞いていた。いい刺激になったことだろう。来年は醍醐中学校の生徒にも、もっと宣伝しないといけない。

夜にそのスペシャルゲストの方と簡単な食事会をしたのだが、面白かった。その世界を知っている人であれば、「え〜っ、そんな人と」と言うことになるのだろうが、私には「猫に小判」「豚に真珠」の感があった。だから楽しめたのかもしれない。
※この記事で500(4年間)になった。自分にご苦労さん!ご褒美は何にしようか!

常味裕司さんHP 「龍馬伝」でも演奏されているようだ。
http://www.oud.jp/pages/profeel.html
http://www.oud.jp/

竹内茂夫準教授HP
http://musicaantiquaohmi.blogspot.jp/

■いよいよ明日は離任式です。
離任式は、3月29日(金)体育館にて
9時15分 生徒集合 (体育館に旧クラスで整列して下さい。)
9時30分 離任式開始ですので遅れないように登校して下さい。

平成24年度 退職者・離任者の紹介

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お世話になった退職、離任の先生方の連絡を致します。また離任式は以前にも連絡いたしましたが、下記の通りになっています。転勤先については3月29日の離任式のときに口頭で伝えます。また4月1日の朝刊で発表されますので、そちらでご確認下さい。

醍醐中・平成24年度転任・退職者のお知らせ転出・退職者一覧
今年度、下記の先生方が退職・転任されますのでお知らせします。

○教 頭  下垣 健治 先生(ご退職)
○社会科  山本  強 先生(ご退職)
○美術科  石坂 知夏 先生
○家庭科  三木 沙織 先生
○国語科  吉仲 聖沙 先生
○SC    久原由佳子 先生(スクールカウンセラー)

以上です。

本日午前に辞令を校長室にて恭しく、お渡ししました。特に退職された下垣教頭先生は37年にわたって教育界に尽力いただきました。一つの仕事を勤め上げるということは、同じ仕事をしている者にとって敬服に値するものです。並大抵のことではありません。健康であり続け、また情熱と共に幸運でもあったこともあります。山本 強先生は再任用教諭として人権主任、今年は進路指導主事の仕事をお願いし、一人一人の進路を確かなものにしていただき2年間お世話になりました。
 自分にそんなときまで頑張れるのだろうかという不安もよぎります。先輩方の意志をしっかり継いでいこうと思います。ご苦労様でしたと共にありがとうございました。

 離任の先生方は醍醐中学校の先生として、子どもたちを支えていただき、笑顔のために尽くしてもらいました。授業だけでなく、部活動や、おそらく私の知らないところでたくさんの汗を流されたことと思います。自分のポジションに関係なく、できることをできる者がする。「こうなったらもっとよくなるなと思うことはどしどしやって下さい。」とお願いしていることをやっていただきました。新しい学校でもその精神でご活躍されることを願っています。ありがとうございました。

※河上 謹三郎先生は平成24年度、再任用として育ててこられた学年を学年主任、さらに担任として、りっぱに卒業までご指導いただきました。1年任期で、形式的には一旦、退職にはなるのですが、平成25年度も引き続き、お世話になりますので、上記の退職者等の名簿には載せておりません。

尚、離任式は、3月29日(金)体育館にて
 9時15分 生徒集合 (体育館に旧クラスで整列して下さい。)
 9時30分 離任式開始ですので遅れないように登校して下さい。

いい修了式であった!

3年生のいない体育館で、修了式を行った。1,2年生全員の進級を認め、それぞれの学年を修了した。3年生がいないと何となく寂しい思いもするが、ほのかにたくましくなったような在校生を感じる。

静かに真剣に話しを聞いてくれるので、うれしい。話し甲斐がある。

集まったら必ず話す2つの話しを確認する。すると1年生から「あいさつ」と「人の話は目で聞く」と返ってきた。正確に言えば「あいさつが自然にできる人になる」。人の話は目で聞くは毎回言っていることなのに、こちらが忘れていた。人は時々目で話すので、目で聞くのである。そして心で聞こうとする。

もう一つは2年生より「時間!」と返ってきた。正確に言えば「時間がしっかり守れる人になる」。昨日、3年生が来て、私が話してきた6つの話しをしてくれた。言い続けるものである。継続は力成りである。

あと今回のテーマとして「パーソナルスペース」の話をし、ちょっとした実験をした。内容はお子さんに聞いて下さい。

明日より子供たちは春休みになる。いいなあと思う。こちらは新年度に向けて頭の痛い時を過ごすことになる。春は穏やかな天候ではあるが、複雑な心境になる季節でもある。おそらく保護者の方もそうであろう。なるようになる!成らぬものはどうでもいいことと聞いたこともある。そうかもしれない。互いに自愛しましょう。

ブログ化し書き続けたHPが4年間で498記事になった。今年度中に500になるかもしれない。その時は過去を振り返って一人、乾杯しよう。

1年間、ご理解、ご協力頂き、またこのHPをご覧いただき、ありがとうございました。
      
                                     つづく

祭りの後の淋しさが・・・

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いい卒業式だった。昨日の願いを叶えていただいたと天に感謝した。

卒業式は寒いものという定番は今年もそうだった。雪が降った年もある。しかし今日の日差しは祝福するようにという穏やかな天気になった。

式辞を読んでいるうちに担任のような気持ちになり、ぐっと唇を噛んで感情を抑える場面もあった。

巣立っていった教室を覗くと、一時的ではあるが主を失った淋しさで「ジーン」と切ない思いになる。

ここまで育てられた保護者の方と教育に情熱を注いできた教職員のみんなと 素直に育ってくれた子供たちに感謝である。

保護者の方々や子供たちの涙と笑顔を見ると、式がいいものであったことが伺える。

ご臨席いただいた、ご来賓の皆様方、ありがとうございました。

今日の日は、そっと余韻に浸っていたい気分である。

静かで厳粛な式場を見ながら・・・

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一日が本当に長く思えるときもあるのだが、過ぎてしまえば、まさに「光陰矢のごとし」である。「少年老い易く学成り難し」は私のことである。

静まりかえった体育館に行ってみた。長いすが整然と並べられて、紅白の垂れ幕が温かく包んでいる。準備をしてくれた生徒や教職員の姿が見えるようであった。

式場は静かに明日を待っている。あの子が、この子が巣立っていくと思うとうれしいような、悲しいような、やはり淋しい感情がよぎる。

笑顔溢れる、いい旅立ちの日になるよう祈りを捧げよう!

3年生を送る会

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3年生にとっては「送られる会」なのだが、3,4限目を使って行われた。黒い暗幕の貼られた体育館にテープの飾りやくす玉、模造紙に描かれた絵であったり、文字であったり。これだけの準備をするのは大変であったろうが、生徒会の先生、1,2年の先生方の事前指導が伺える。
ビデオで部活動から後輩部員の、転任された先生方からのメッセージがあった。入学当初のあどけない表情であったり、沸かせてくれた。
 1,2年生の合唱は聞き応えがあった。何という歌だろう。校歌と共に学校の歌として歌っていい。3年生は「旅立ちの日に」を返してくれた。
 教職員からは「15歳の手紙」「ふるさと」をプレゼントした。卒業式には全員が出席できるわけではないので、今日が最後の全校での取り組みになった。

絵の中に、時々私も描く蚊取り線香が描いてあって、なぜこの場所にと思ったが、そのコメントが可笑しかった。「がんばれ 蚊取りせんこう。」「負けるな蚊」

一つ一つ行事も終わっていき、いよいよ明日は予行練習、15日は卒業式本番である。受付は9時20分から、入場は9時45分までに体育館へお入り下さい。

缶踏み! ひとつ、ふたつ、・・・

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放課後の校長室横でガチャガチャと缶踏みが始まった。体育館前の空き缶箱がいっぱいになったのだろう。こちらに運んで缶踏みになった。
音につられて、クツを履いて私も踏みに出かけた。MDR係の生徒が一生懸命に踏んでつぶしている。アルミは簡単につぶれるのだが量がある。
 ペアを組んで「一個ずつ数えて入れよう。」と言ってビニール袋を広げて「いち」「に」「さん」と交互に入れて100個までいったら、また「いち」から始める。200個入れて完了となる。生徒とやるこの作業が単純ではあるが面白い。楽しくやらないと続かない。こんな取組から次の盲導犬へと繋がっていく。教師でいることのいい時間である。
明日は「3年生を送る会」だ。生徒会のたよりに「3年の先生と先輩を(感動で)泣かせる。」と書いてあった。いいなあと思う。楽しみだ!

東日本大震災から2年 祈りを捧ぐ!


あの日から2年が過ぎた。テレビでも新しい映像や話しを聞くことがある。まだまだ分かっていないことも多々ある。
阪神淡路大震災のあった日には避難訓練をする。3月11日のこの日には御霊を慰めようと何かしたいと教職員に尋ねたら、「朝一番に体育館に集めて黙祷を捧げましょう。」と言ってくれた。そこで今日は8時30分から40分まで体育館に集め、下記のような話しをした。

「今日は3月11日です。東日本大震災から丁度2年になります。
いまなお、31万5千人の方が仮設住宅にて避難生活をしておられます。
無くなった方も2万人おられて、今なお遺体さえも見つかっていない人もいます。
遺族の方は毎日、遺体を探しておられると聞きます。
亡くなった方々の魂が安らかでありますように、心より、祈りを捧げたいと思います。
姿勢を正して、「黙祷!」 」

 あの日もいい天気でした。午後2時46分です。もう少し正確にいうと午後2時46分18秒でした。
 職員室で地震に気づき、体育館へ走っていくと、外でバレー部の子が練習をしていました。地震に気がついた人はいなかったようですが、北校舎の3階から吹奏楽部の練習が聞こえてきたので、放送で「大きな地震があったので、次にあったら机の下に隠れなさい」と入れました。大げさなという感じもありましたが、あんなに大きな震災になるとは思ってもいませんでした。

あの日は金曜日で次の日の土曜日はさらにいい天気で、何事もなかったような天気が恨めしく思ったことです。

君たちと同級生の子どもたちもたくさんいました。
昨日は京都マラソンで出野先生と中村先生が参加しました。あれも復興を願っての取組です。なかなかこれはだれでも参加できませんが、テレビを見て、ああだった。こうだったと話しをすることは大切で、それも支援になります。大切なことは何かと言えば「忘れない」ということです。

阪神淡路大震災にしても、京都と神戸は離れているように思うけど 地球儀を想像してごらん、小さな日本があって、京都と神戸は点のようなものだ。あれが京都であっても何も不思議はない。次に起こるのは明日かもしれない。10年後かもしれない。

福島の原発のことは、君たちが先生の年になっても、まだ続いているだろう。
生かされている僕達は彼らの分まで国のため、自分のために頑張らなくてはならない。

子どもたちが、とても静かに真摯に受け止めてくれたのでうれしく思った。

シェイクアウト訓練というのがある。「地震から逃げろ」という造語であるが、携帯で登録しておくとマナーモードでも危険を知らせるブザーが鳴り、メッセージが届くという。
地震が来たら、姿勢を低くして、机、テーブルの下に頭を入れ、1分間じっとしておきなさいという避難方法である。 配布文書コーナーに載せましたので、参考までに!

改めて皆さんと、鎮魂の祈りを捧げたいと思います。

投げたボールに見合ったボールが・・・

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卒業式のシーズンである。私立高校の早いところは2月中旬に、公立高校は3月1日に中学校は3月15日、小学校は3月21日、大学は3月20日頃、保育園は3月23日頃と別れの時が来る。

毎年、高校の卒業式と入学式にはお祝いのメッセージを醍醐中学校の卒業生、入学生のいる高校には贈っている。目に留める子どもは少ないかもしれないが、見つけて喜んでいる子どもの顔を想像しながら書いている。

すると、高校からお礼の言葉が返ってくる。中には校長と教職員と同じ文面ではあるが分けて返ってくる学校もある。さらに学校長の達筆な直筆で、解読に苦労する学校もあるが気持ちが伝わり、うれしくなる。

子育ても一緒です。投げた愛情のボールに見合ったボールが返ってくるものです。しかし返ってくるのに時間がかかります。子どもにいいボールを投げて下さい。

今日は3年生は思い出作りとして球技大会をやっている。グランドで男子がサッカー、体育館で女子はバスケットボールをやっていた。いい表情だった。この一週間で更に3年生は成長するものだ。いい締めくくりをしてほしいと願う。
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