ちょっといい話—118—
- 公開日
- 2013/03/26
- 更新日
- 2013/03/26
学校の様子
本日3月26日(火)、W杯ブラジル大会出場をかけた最終予選「対ヨルダン戦」が行われます。勝つか引き分けでも出場が決まります。
今日はそんなサッカーに関わる「ちょっといい話」がありましたので紹介します。日本のJリーグでもプレーをし、名古屋グランパスエイトの監督も勤めたストイコビッチ選手のお話です。現役時代はその華麗なプレーから、「妖精」と称えられた名選手です。
心が温かくなる「ちょっといい話」です(「心温まるいい話」より)。
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妖精ピクシーのプレーに魅了されていました。そして人柄も…
名古屋に愛されたピクシーなら、ありえない話でもないと…。
名古屋のドラガン・ストイコビッチが日本で最後のシ−ズンを終えて二日後、都内のあるレストランへ家族で出かけた。もうじきユーゴスラビアへ戻る事になり、今まで異国での生活で不便な思いをさせた妻と子供達へのお詫びのつもりもあって水入らずの食事だ。
事前に予約し、案内された店の中は殆どのテ−ブルが埋まっていたが、ちょっと上品な店でもあり、各テ−ブル毎に客同士が会話しているだけで、外国人ということで奇異の目を向けられる事もなかった。
料理は大変美味しく、家族の会話は弾み、気持ち良い時間を過ごした。食後のコ−ヒ−を済ませ、ウェイタ−に会計を頼む。何か言われるかなと思ったが、何も無く、「世間じゃ有名選手だと思っていた自分もまだまだ知られていないものだ…。」とも思った。
領収書を持ってきた マネ−ジャ−が一礼し、家族を出口まで見送ろうと歩き出したその瞬間だ。
さっきまで視線すらよこさなかった他のテ−ブルの客全員が立ち上がり、大きな拍手で彼を見送ったのだ。この偉大な助っ人選手の活躍に感謝し、店を出るまでその拍手は続いた。家族水入らずの大事な時間を邪魔しないように、サインをねだったりすることを控えたのだ。全く、日本人とは何という慎み深い国民なんだろう。ストイコビッチは本当にこの国と人々が好きになった。
ドラガン・ストイコビッチはその事を忘れない。そして、またこの国で闘う為に戻ってきた。