学校日記

ちょっといい話—62—

公開日
2012/02/28
更新日
2012/02/28

学校の様子

 「春」ももうそこまで来ています。「春」といえば別れと出会いの季節です。卒業式までもあと2週間あまり・・・・。感動的な卒業式になるよう願っています。今日は少し感傷的になる、「ちょっといい話」を紹介します。(子供に伝えたい「心に響くちょっといい話」より)
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     『母の思い,娘の思い』(年齢 :40代 性別 :女性)

 この春から長女が親元を離れ,東京で大学生活を始めることになりました。将来の夢の実現に向かって着実に歩き始めた娘を心から応援したいという気持ちと,一方で会いたいときに会えない寂しい気持ちも予想以上に大きいと感じるこのごろです。
 3月の引越しの日,上京して,長女と高校生の次女と3人で荷物の片付けをしていました。表面上はにぎやかに作業しながら,こうしていても確実に別れの「とき」は近づいているということで心は揺れていました。
 荷物も片付いていよいよ別れのとき,私は,バス停まで送ってくれた長女に無理して笑って手を振り、バスに乗り込みました。胸にこみ上げるものを感じましたが,別れた後一人きりになる娘に最後に泣き顔を見せては不憫だと思いました。ここで絶対泣いてはならないと思いました。
 でも,バスに乗り込みバスが走り出したんだとたん,これまでの緊張の糸が瞬時に解けて涙があふれてきました。傍らの次女が「お母さん,私というものがおるでしょうが。」とひょうきんに肩をたたいて励ましてくれました。その気持ちも嬉しくて笑っているのか泣いているのかわからなくなりました。
 ちょうどそのとき,遠い日の思い出が鮮やかによみがえり,まさに情景が重なったのです。

 今から28年前,私の姉がやはり親元を離れ,短大に進むことになったときのことです。当時高校生の私と母は,引越しの手伝いに出かけました。気丈な母は,荷物の片付けやら当座の買い物,大家さんへの挨拶をてきぱきと済ませました。そうしていよいよ別れることになったとき,駅まで見送りに来た姉に私たちは笑って手を振り,汽車に乗り込みました。汽車はホームを離れ,私たちは何も話しませんでした。それからしばらくして,窓のほうを向いたまま動かない母に気付きました。見ると肩を震わせ,静かに泣いているのでした。気丈な母の泣く姿など,私はこれまで見たことがなくて,正直うろたえたのを覚えています。何か声をかけなくてはと思い,「お母さん,私がおるでしょ。」と言ったのでした。その私の言葉に母は笑い,泣き顔といっしょになって顔がゆがみました。

 まさしく,繰り返される「母の思い」であり,「娘の思い」であると思いました。
 12日の母の日に,長女からメールがとどきました。
「お母さん,いつもありがとう。お母さんのおかげで私はいつも元気に日々をおくっています。お母さんも元気でおってね。」