ちょっといい話—57—
- 公開日
- 2012/02/07
- 更新日
- 2012/02/07
学校の様子
「気づくこと」
・Sさん
「本屋さんに出かけたときのことです。ある本の置いてある場所が違っているのを見て、その本を元の場所に戻している人がいました。そういう小さなことに気づけることがすごくえらいと思いました。」
・Nさん
「部室の入り口でグチャグチャになっていた靴を、きれいに並べなおしている女の子がいました。自分もプチ淑女になっていけたらいいなあと思いました。」
・Uさん
「教室の壁の掲示物の画びょうがとれていました。それを拾って直している人がいました。私も気づいていたのに、なぜ直さなかったのだろう。」
・Hさん
「私の前の席の人が休んだ時、一番前に座っている人がきれいに印刷物などをまとめていました。私もこれから、そうしたいです。」
いずれも、素晴らしい感性ですね。さて、この四人の生徒さんの視点には共通することがあります。
それは、「気づいた」ということです。
おそらく、グチャグチャになった靴を並べなおしている人は、ずっと前から、いつでもそうしているのでしょう。画びょうをとめた人も、休んでいる友達のプリントを整理している人も。それらは、ついつい見過ごしてしまうような、小さなことです。普段の生活の中で、それらのことに気づいたのです。
私たちの周りには、「いいことをしている人」が大勢います。自分が親切をしてもらうこともあります。ところが、「忙しい、忙しい」と駆け足で生きていたり、「オレが、わたしが」とエゴが先行していると、せっかくの「いいことをしている人」つまり、プチ紳士やプチ淑女が目の前にいても気づかないのです。
「気づける」って素晴らしいことです。「気づく」と、自分が替わります。Uさんは、「私も気づいていたのに、なぜ直さなかったのだろう」と自分に問いかけました。Nさんは、「自分もプチ淑女になりたい」と思いました。気づいて、今度は自分が替わろうと思ったのです。人の良いところを見つけることは、自分自身のためでもあるのですね。
15年ほど前のことです。
初めて白い杖をついた目の不自由な方に声をかけました。35歳のときのことです。本当に恥ずかしながら、生まれて初めてのことでドキドキしました。一度、ヘルプすると二度目は少し気持ちが楽になります。そしてだんだんと慣れてきて、ヘルプの仕方も上手くなります。
ある時、「おや?」と思いました。
しょっちゅう目の不自由な人を見つけるのです。こんなにも大勢いるのかと驚きました。さらに、「今まで、なぜ気がつかなかったのだろう」と思いました。今までだって、白い杖をついた人は、街中を歩いていたはずです。急に、目の不自由な人が増えたはずはありません。ということは・・・。私自身が、白い杖をついた人に気づかなかっただけなのです。それは、ショックでした。困っている人が周りにいるのに、手を差し伸べないどころか、それ以前の問題として、その存在にすら自分は気づかなかったということですから…。
ある学校では、「良いこと見つけ」といって、みんなで友達同士の「良いところ」を探して褒めあっているそうです。
「気づくこと」は、周りの人も自分も幸せにするスタートラインです。(「感動コレクターに会いました」志賀内康弘より)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日の「ちょっといい話」は、「気づく」ことの大切さに気づかされました。目で見えるものに、いかに心を動かすのか…」心のアンテナをピンと張っていくことで、お互いを思いやる心が芽生えていく…。そのことに気づかせてもらえた「ちょっといい話」でした。(写真は「春日丘中学校区地域生徒指導連絡協議会のカレンダーに掲載された人権ポスターです。)