学校日記

ちょっといい話−32−頑張ろう日本!つながろう日本!!

公開日
2011/05/08
更新日
2011/05/08

学校の様子

さわやかな五月の風を肌で感じる今日この頃ですが,本校スクールカウンセラーの角谷先生から紹介していただいた本に感銘を受けましたので,ここに紹介します(昨年度の本校HPで紹介してきました「ちょっといい話」を継続していきます・・・)です。

 「校長先生からの心揺さぶるメッセージ〜これからを生きる君たちへ〜」という本の「はじめに」には,この本を発刊した思いが綴ってありました。
 『・・・(略)被災地では多くの学校が卒業式を中止・延期を余儀なくされましたが,「せめて卒業式だけは」と,避難所となった学校の校庭や体育館で,地域の人たちに見守られながら執り行われる様子が伝えられました。「悲しみを乗り越えて,助かった命を復興に活かしてほしい」「子どもを信じ未来を託したい」。涙ながらに語られる校長先生の言葉は,全ての人に共通する思いでもあります。全国各地の学校や大学でも,震災を受け止めた先生方から真摯な言葉が発せられました。「この春に卒業することを運命と思い,心に焼き付けてほしい」「君たちこそ復興の先兵となれ」。HPにアッツプされたそれらの言葉は,当の生徒・学生たちだけではなく,様々な人々の目に留まり,勇気を奮い起こしてくれました。・・・(略)』

 今日はその中から,まだ余震も収まらぬ3月15日に,万止むを得ず卒業式の中止を決定した一人の校長先生の言葉(その学校のHPに掲載)を紹介します。力強い思いのこもったメッセージですが,省略して紹介することをお許しください。

『卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君
  立教新座中学・高等学校 渡辺 憲司 

 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。
 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。

 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。
     ・・・・・・  略  ・・・・・・
 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。
     ・・・・・・  略  ・・・・・・

 一言付言する。

 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

     ・・・・・・  略  ・・・・・・
 
           梅花春雨に涙す2011年弥生15日。
              立教新座中学・高等学校
                  校長 渡辺憲司