ユネスコ「学習権宣言」を読み直すと・・・
- 公開日
- 2010/12/10
- 更新日
- 2010/12/10
学校の様子
学習権宣言(抄訳)
学習権を承認するか否かは、人類にとって、これまでにもまして重要な課題となっている。
学習権とは、
読み書きの権利であり、
問い続け、深く考える権利であり、
想像し、創造する権利であり、
自分自身の世界を読みとり、歴史をつづる権利であり、
あらゆる教育の手だてを得る権利であり、
個人的・集団的力量を発達させる権利である。
(中略)
学習権は、人間の生存にとって不可欠な手段である。
もし、世界の人々が、食料の生産やその他の基本的な人間の欲求が満たされることを望むならば、世界の人々は学習権をもたなければならない。
もし、女性も男性も、より健康な生活を営もうとするなら、彼らは学習権をもたなければならない。
もし、わたしたちが戦争を避けようとするなら、平和に生きることを学び、お互いに理解し合うことを学ばねばならない。
“学習”こそはキーワードである。
学習権なくしては、人間的発達はあり得ない。
学習権なくしては、農業や工業の躍進も地域の健康の増進もなく、そして、さらに学習条件の改善もないであろう。この権利なしには、都市や農村で働く人たちの生活水準の向上もないであろう。
しかし、学習権はたんなる経済発展の手段ではない。
それは基本的権利の一つとしてとらえられなければならない。
学習活動はあらゆる教育活動の中心に位置づけられ、人々を、なりゆきまかせの客体から、自らの歴史をつくる主体にかえていくものである。
それは基本的人権の一つであり、その正当性は普遍的である。
学習権は、人類の一部のものに限定されてはならない。すなわち、男性や工業国や有産階級や、学校教育を受けられる幸運な若者たちだけの、排他的特権であってはならない。
(中略)
人類が将来どうなるか、それは誰がきめるのか。これはすべての政府・非政府組織、個人、グルーブが直面している問題である。これはまた、成人の教育活動に従事している女性と男性が、そしてすべての人間が個人として、集団として、さらに人類全体として、自らの運命を自ら統御することができるようにと努力している女性と男性が、直面している問題でもある。
1985年3月29日、第4回ユネスコ国際成人教育会議
※ちょっと難しいかもしれませんが,あらためて読み直しますと,学習すること「学習権」の大切さ「意義」がわかります。
以前,数学を教えている時に,「先生,二次方程式ができなくても生きていけるやろ…」という声を聞くことがありました(これは本当は数学をわかりたいと思っているのですが,難しいからそこから逃げたいという気持ちの現われだったように思います)。しかし,ユネスコの「学習権宣言」を読みますと,「生きるために学習する」,「学習権は基本的人権の1つである」ということがわかります。そのような意味から,今一度自分の学習に向かう姿勢を見つめなおしてください。しっかりと,自分の,またほかの人の「学習権」を,遵守し履行しているかを考えてみてください。