学校日記

11月18日(金)・・・・カラス鳴くなり深草の里

公開日
2011/12/27
更新日
2012/03/09

学校の様子

 深草の地名はかなり古いとされていますが,平安時代の末,かの有名な藤原俊成卿の歌にも出てきます。

 夕されば/野辺の秋風/身にしみて/うずら鳴くなり/深草の里

この絶唱に表現されている深草の面影は今もとどめているところがあります。

 今日の午後,カラスの群れがグラウンドやバックネットの上,校舎や体育館の屋根に降り立ち,うずらではなくカラスがカーカーと大合唱。俊成の歌のような風情は感じられませんでした。そのカラスの一団は,辺りが暗くなるにつれてどこかへ飛んでいきました。ねぐらにでも帰って行ったのでしょうか。

 秋の夕暮れに「カラスの寝所へ行くとて,三つ四つ,二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。」(枕草子)と記したのは清少納言。
 墓場の供物などのゴミや動物の亡骸をついばむカラスは,当時でも不吉な鳥として扱われていたはずです。その不吉な鳥が巣へ飛んで帰る姿を「あはれ」と感じた清少納言の感性は,私たちの想像を超えたものがあります。更に秋の素晴らしさを表現する時に「飛び急ぐさへ」の「さへ」の使い方がこれまた絶妙で,不吉な鳥が急いで飛んでいく様子「さへ(までも)」美と感動の対象に変えてしまうほど秋の夕暮れは素晴らしいのだと。名文だとは思いませんか。
 そして,この後には「まいて雁などの連ねたるが・・・」と,今度は当時人々から愛されていた雁の記述に続きます。もともと愛されていた雁なんだからカラスなんかに負けるはずがない。「まいて(ましてや)」雁は超素晴らしく心に感じて当たり前なんだと。この対比された二つの単語,「さへ」と「まいて」の対照的な記述は,随筆とはいえ計算され尽くされており,恐るべし清少納言と言えます。

 ところで,今日深草中学校に降り立ったカラスの群れは,あまり文学的と言えるものではありませんでした。むしろ「烏合の衆」とはあのことを言うのでしょう。