『パラリンピックについて』
- 公開日
- 2016/08/26
- 更新日
- 2016/08/26
校長室から
過日より、パラリンピックのご紹介をしているので、その歴史について少し調べてみると面白いことが分かりました。
障がいがある方々自身が組織を作り、自発的にスポーツ活動をはじめたのは19世紀以降のことですが、現在のパラリンピックへと発展した原点は、第二次世界大戦(1945年)後だそうです。
1944年にイギリスのロンドン郊外にあったストーク・マンデビル病院内に、脊髄損傷科が開設されます。その初代科長のルードウィッヒ・グットマン卿は、1948年7月29日にロンドンオリンピックにあわせて、ストーク・マンデビル病院内で16名(男子14名・女子2名)の車いす患者(英国退役軍人)によるアーチェリー大会を開催しました。これがパラリンピックの原点とされています。
グットマン卿は、この当時すでに「将来的にこの大会が真の国際大会となり、障がいを持った選手たちのためのオリンピックと同等な大会になるように」と語っています。すばらしい先見の明です。
この大会は毎年開催され、1952年にはオランダの参加を得て国際競技会へと発展します。その後、1960年にはイギリス、オランダ、ベルギー、イタリア、フランスの5か国により国際ストーク・マンデビル大会委員会(ISMGC)が設立され、グットマン卿がその初代会長に就任しました。
ISMGCは、オリンピック開催年に実施する大会だけは、オリンピック開催国でオリンピック終了後に実施する意向を表明し、同年、オリンピックの開催されたローマで国際ストーク・マンデビル大会が開催されました(23か国・400名が参加)。ちなみに、このローマ大会がIPC設立後に第1回パラリンピックと位置づけられています。
そして1962年、国際身体障がい者スポーツ大会(IPC設立後、第2回パラリンピックと位置付けられた)の開催に向け準備委員会が設立され、東京大会を、車いす使用者だけではなく、すべての身体障がい者が参加できる「国際身体障がい者スポーツ大会」とすることを目指します。そして1964年に開催された国際身体障がい者スポーツ大会は、東京オリンピック直後に2部制で開催されます。
そもそも「パラリンピック」という名称は、「オリンピック開催年にオリンピック開催国で行われる国際ストーク・マンデビル大会」=「Paraplegia(対まひ者)」の「Olympic」=「Paralympic」という発想から、なんと東京大会の際に日本で名付けられた愛称であったとのことです。
1985年、IOCは国際調整委員会(ICC)がオリンピック年に開催する国際身体障がい者スポーツ大会を 「Paralympics(パラリンピックス)」と名乗ることに同意します。しかし、従来のパラリンピックという言葉は、対麻痺者のオリンピックという意味であったことから身体障がい者の国際大会になじまなかったため、パラ=Parallel( 類似した、同様の)+Olympics(オリンピックス)と解釈することになったそうです。(参考 日本パラリンピック委員会HPより)
パラリンピックの名称が、1964年の東京大会にルーツを持つとは驚きでした。2020年、その東京で再びオリンピック・パラリンピックが開催されます。その時、我が大枝生はどのような「青春時代」を過ごしていることでしょう。その日のために、今日という日を大切にしていきたいですね。
以下、リオ2016パラリンピック競技大会HPのリンクを掲載しておきます。ぜひご覧になって応援して下さい。なおリンクに際しては、公益財団法人「日本障がい者スポーツ協会」様の承諾を得ております。
http://www.jsad.or.jp/paralympic/rio/index.html