学校日記

学校の沿革

公開日
2009/08/21
更新日
2009/08/21

学校紹介

昭和11年2月、今の本校の地、右京区西院日照町へ四条中学校の前身である京都市立四条商業学校が移設された。
 四条商業学校は明治41年以降、中京区富小路二条上ル鍛冶屋町にあったが、校舎が手狭な上に校庭も狭く、年々増加する生徒数に対応するため、郊外へ広大な敷地を求めていた。当時の井手力之助校長の奔走により、太田嘉兵衛氏ほか、地元西院の地主の了解を得、この地に移設されることとなった。しかし、井手校長は本校の移設開校を見届けることなく、昭和11年1月に他界された。
 その後、戦争の激化に伴い、昭和19年4月に四条商業学校は航空工業学校に転換、さらに、昭和20年4月には尼崎の住友プロペラ工場の疎開地となり、終戦までこの状態が続いた。
 昭和22年4月、新制中学校制度の発足により、四条商業学校校舎内に新制四条中学校が併設され、翌23年3月、四条商業学校は最後の卒業生を送り出し、その歴史に幕を下ろした。