ひとりごと 14
- 公開日
- 2012/09/25
- 更新日
- 2012/09/25
きらり☆はち公☆
「ふと気がつくと」
夏休みが終わり一ヶ月が経ちました。体育祭や文化祭の取組が本格化してバタバタと動き回る先生方を羨ましく眺め,体育部の秋季大会の応援で黒さが増してきた腕と顔と頭皮が私の少しの自慢です。ふと気がつくと一日が終わり,一週間が終わります。先日の日曜日に少し遅めにお風呂にはいったのですが,湯船につかりふとあることに気がつきました。虫の鳴き声が窓の外から聞こえてきたのです。日中はまだまだ暑く,日焼けも進行中なのですが,いつの間にか季節は進んでいたのです。そういえば,朝の校門でもセミの鳴き声がなくなっていました。「昔はもうすこしゆっくりと季節が進んでいたように思うんやけど」と思うのは私だけでしょうか。最近,春と秋が,特に秋が短いというか無くなってきているのではと感じています。「先週まで暑かったのに,今週は寒い」と感じたのが,確か一昨年の秋だったと記憶しています。気候がそうなっているのでしょうか。俗に言う「異常気象」のせいなのでしょうか。確かに気象が特異な状況で進む年もあると思いますが,私たちの生活が「季節の変化に気づく」余裕をなくしているということはないでしょうか。少しずつの変化は起こっているのでしょうが,そのことに気づかずに「ふと気づくと」となっているのではと思うのです。温度が管理された部屋や,旬がなくなった食べ物,太陽の動きと関係なく進む仕事などなどの環境の変化。
私はこの間とても体調の優れない時があり,そのとき真夏なのに汗が全く出なくなりました。暑いのに寒いのです。大なり小なり,季節の変化を感じ取れない肌になってしまっている自分にびっくりしました。これって年のせいだけなのでしょうか。確かに,季節の進むスピードが,例年に比べて進むスピードが早い時はあるかもしれませんが,一気に夏から冬,冬から夏へは飛びません。必ず自然は移行期間を持っているはずだと思うのです。
この感覚が子供を見つめる目にも現れてきたら怖いですよね。「あの子,急に言葉が荒くなった」「急に挨拶しなくなった。急にタバコを吸うようになった。急に暴力的になった。急に夜に出歩くようになった」等など。本当に「急に」なのだろうか。私たちが季節の移りかわりりに鈍感になってしまっているように,子供たちの変化に鈍感になってしまっているとしたら,とっても怖いことです。「ふと気がつくと」に陥っていたら。ましてや「これは忙しさのせいや」「環境の変化のせいや」では済まされないことです。う〜ん。反省しきりです。
お風呂にはいり,虫の音に耳を傾けながら,そんなことを考えてしまいました。やっぱり「少しずつの季節の変化を感じられる感性でいたい」し「少しずつの子供たちの変化に気づける関係,感性を持ち続けたい」と。
かのマザーテレサがこんなことを言いました。「人類にとって愛情の裏返しは,怒りや憎しみやではない。それは無関心です」と。自戒する私です。