学校日記

教師必ずしも良き親とは限らず!

公開日
2014/01/14
更新日
2014/01/14

校長室から

                                        
                         京都市立日野小学校  山本 泉

 今回は,教育面に関する親と教員の意識の違いについて考えてみたいと思います。
 学校の教員は言うまでもなく教育の専門家ですが,自分の子どもに対しても教育者としての目で見られるかというと,必ずしもそうではありません。なぜならば,我が子に関しては親としていろいろな意味で特別感情が入ってしまうからです。
 しかし,学校では教育者として子ども達に対して平等に見ていこうとします。もちろん,子どもの一人ひとりの個性に違いがありますから,子どもによって支援を必要とする分野や内容が違います。ですから,それをしっかり把握して,適切な指導を行おうとしています。それが専門家としての教員の仕事です。
 ところが,親の我が子に対する思いは決して他の子どもと平等ではありません。我が子が不利益を被らないところでは,他の子どもの事でも親身になれる方はたくさんおられます。しかし,我が子をそっちのけで他の子どものために尽くすということは,まずありません。
 けれども,それは当り前のことで,それが親の愛情であり,だからこそ自分の身に替えてでも我が子を守ろうとし,子どももそれを感じて愛情につつまれて健全に成長するわけです。しかし,時にはその我が子に対する愛情が,教育の目を曇らせてしまうことがあります。
 子どもに対する期待感から,必要以上に我が子に高レベルの課題を与えてしまったり,それが達成できないことを強く非難したりすることがあります。
 また,単なる個人差にすぎないのに,他の子どもと比べてできないことがあれば落胆したりすることもあります。つまり,冷静に教育がなされないことが結構あるということです。教員という仕事をしていても,こと我が子に関しては大して変わりません。
 それなら,他人の子どもを受け持つ教員の方が,親よりしっかり子どもを見られるのかというと,そういうわけではありません。教員は,集団の中で子どもを育てていこうとしていますから,子ども一人ひとりに関しては,必ずしも十分に見ることができているとはいえない場合があります。また,子どもとの付き合いもそれほど長くはありません。
 そういう意味ではやはり,親の方が我が子のことをよく知っています。ただ,我が子といえども,家で見ている姿が全てではなく,友達や教職員の前では親の知らない面も見せているということを知っておくのも必要だと思います。
 大事なことは,子どもを挟んで親と教員ができるだけ情報交換をおこない,子どもについての情報を共有すること,そして,何よりも子育てについて同じ方向を向いているということです。