国際理解は日本理解から
- 公開日
- 2010/09/06
- 更新日
- 2010/09/06
教育コラム
拓殖大学の国際学部教授の呉善花(O Son Fa)氏の「日本の曖昧力」(PHP新書)に日本語の「受け身」の多用について大変興味深いことが書かれています。
「迷惑受け身」といわれるもので日本語独特の表現であるというのです。「泥棒に入られた」「女房に逃げられた」というような言葉づかいであり,他言語では表現が難しいのです。多くの言語では「泥棒が入った」となるわけで,この違いは「責任は私にもあるという発想」が日本語の根源にあるとされています。
さらに,同じ「れる」「られる」という表現は,尊敬・可能・自発といった使い方でも同様に用いられ,集約するとすべて自発から派生し,もともと自分を超えた存在や力によって起きることをあらわす意味として使われるということです。この超越的な「神」に通じる感性は,四季に恵まれるなどの気候や,島国であるという地理的条件等により,長い歳月をかけて育まれた日本の精神的風土に拠るとされています。
このように,私たちが当たり前のように使っている言葉ひとつをとっても,世界の様々な方々とコミュニケーションを図る上で,必ずしも伝えたい事柄がストレートには伝わらないということを理解しておく必要があります。
他国の言語や文化を理解するということは,裏を返せば,まず我国のそれらを理解しておく必要があるということではないでしょうか。
開睛英語では,「コミュニケーションのツールとしての言語」という視点を大切にし,同時に確かな国語力を育みながら,これからの社会に通じる人間関係力を養いたいと考えています。