学校日記

人権についてお話ししました

公開日
2012/12/03
更新日
2012/12/03

校長室から

 本日12月初めての月曜日に全校集会をもち、人権について次のようなお話をいたしました。1年生から9年生までのみなさん、真剣にお話しを聞いてくれました。内容は次のようなものです。

 日常生活でうれしいと感じる時ってどんなときでしょうか。
最近、バスに大きな荷物を持って乗ったことがありました。その時、席に座っておられた若い女性が「荷物持ちましょうか」と言ってくださったのですが、とてもうれしく感じました。
 また、スーパーでレジに並んでいたら、隣のレジが開きみんながそちらに流れると思ったらどうぞお先にと譲っていただいた瞬間。とてもうれしかったです。
そう。共通していることは「思いやり」ですね。「思いやり」を感じた時、自分が大切にされていると思いました。人を大切にするという行いが暮らしを豊かにするのですね。

 一方悲しい気持ちになることもありますよね。この間、京阪電車の中でのことです。優先座席に若者が座っていました。そこにお年寄りが来られてのですが、席を詰めればもう一人座れるのにつめようともしません。彼らは携帯でメールをしていて、お年寄りが目に入らないようでした。「ちょっとつめてすわったら」というと、嫌そうにこちらを見上げました。この瞬間とても嫌な気持ちになりました。
 また、初めてのお医者さんに行った時、無愛想に症状を聞かれ、「カゼやね」とひとことしか声をかけられなかった瞬間。このお医者さんには二度とかかりたくないと思いました。
 共通していることは「無神経」「無関心」ではないでしょうか。要するに人間として大切にされていないと感じた瞬間にいやな思いをしたのです。

 人は一人では生きていけません。一人で生きていけるという人がいたら、今すぐ人のつくった服を脱ぎ捨て、人のつくったものを食べず、人のつくった家にも住まず、親や社会の世話にもならず、唯一人で生きてください。私たちは一人では生きられません。人のおかげで生きています。だから人のためにも生きようと思います。社会貢献しようと思います。それでおあいこです。それが社会です。
社会生活をする限り、みんなが幸せに暮らせるような社会をみんなで目指すのです。その為にはルールが必要です。もっとも大切で基本的なルールは「人権を守る」ということです。人権を守るということから多くのきまりや法律は出来ています。このルールを破ることは絶対に許されません。
 最も当たり前のルールを確認します。人を殺してはなりません。その人は二度と生き返らないからです。人に暴力をふるってはなりません。体を傷つけることは許されないからです。いやがる人に悪口を言ってはなりません。心が傷つくからです。体や心を傷つけることは自分に対してもしてはなりません。
 皆さんの中には苦しんでいる人はいませんか。ドッヂボールをしていていつも当てられている人、いくらニコニコしていても心は傷ついています。仲間外れにされたくないからニコニコしているだけです。仲間を悪者にしたくないから「いじめられていないよ」って言うのです。メールで悪口が回ってきませんか。悪口を言われた人もいやだけど、それにこたえる自分もいやでしょう。メールを無視したら仲間外れにされるなんて、そんな馬鹿なことはないよね。スマートフォンでのラインも使い方次第で友達を攻撃してしまいます。
 人権を大切にするためにはお互いが相手のことを大切に思わなければなりません。自分が大切にされたいのなら、相手を大切にすることから始めるしかないのです。本校のみなさんはすでに行動していますよね。そう、あいさつです。あいさつをするということは相手を大切にするということです。あいさつをされたらきちんと挨拶をし返す。それで自分も相手のことを大切にしたということです。スリッパを揃えるということも次に使うだれかわからない人への思いやり、次に使う人が自分は大切にされていると感じるのです。

 最後に学問のススメという本を書かれた福沢諭吉先生の言葉を紹介します。
「天は人の上に人をつくらず。人の下に人をつくらずと云えり」これはアメリカ合衆国の独立宣言から引用された言葉です。この言葉はとても有名で、神様仏様は人間に上下の区別などつけておられないという教えです。でもこの後に「サレドモ今広クコノ人間世界ヲ見渡スニ、カシコキ人アリ、オロカナル人アリ、貧シキモアリ、富メルモアリ、貴人モアリ、下人モアリテ、ソノ有様雲ト泥トノ相違アルニ似タルハ何ゾヤ」という言葉が続きます。
 「生まれたときに上下があってはならない。けれど学ぶと学ばざるとにより、人の上下が定まっていくのだ。だから学ばなければならない。」という教えです。生まれた時からの上下、その人がどうしようもないことによる上下の関係、肌の色や障害のあるなし、生まれた場所、国、家柄。そのようなことで上下をつくる「差別」という行いこそ卑怯な振る舞いです。
けれど一生懸命努力した人間とそうでない人間にはおのずと違いが出てくる。これもまた真実です。
東山開睛館では一生懸命努力することで自分を大切にし、人のために貢献できる、そんな児童生徒であってほしいと願っています。まず行動です。目の前の人を大切にしましょう。そして誰もが通ってうれしいと感じる学校を共につくっていきましょう。