学校日記

人間としての生き方を見つめる

公開日
2012/11/08
更新日
2012/11/08

校長室から

「私事化(プライバタイゼーション)」という言葉を聞いて久しく,いよいよ社会全体に私事化が進行しているという危機感を持っています。
 私事化とは,公共の場に意識の有無にかかわらず自分の考えや価値観に基づいた行動や主張を持ち込んでいくことです。
 今を去る十数年前,私が教壇に立っている頃の話です。新学期になり中学三年生の担当になりました。新しく受け持つ学年ですので生徒とはあまりなじみのない状態でした。最初の授業が始まって教壇に立ち教室を見回すと一番後ろの廊下側に座っている女子生徒が机の上に何かを立てています。近くまで行ってよく見ると鏡を立てて化粧しているではありませんか。「授業が始まるよ。しまいなさい。化粧道具は学校には必要ありません。」というと、「なぜいけないのですか。だれにも迷惑をかけていないじゃないですか。」と返してきました。私は慄然としてその言葉を反芻しました。「だれにも迷惑をかけていない」という言葉を。
 またそれからしばらくしてこんな出来事がありました。授業中にある男子生徒が静かに立ちあがって後ろのドアから出て行くではありませんか。どこに行くのかと呼び止めると、「トイレ」と返してくるので「授業中だから先生にきちんと伝えてから行きなさい。」と指導しましたが「断らなければトイレにも行けないのですか。だれにも迷惑かけてないじゃないですか。」と返してきます。
 私の認識を改めなければならないと感じた一瞬でした。当たり前と思っていたことも子どもにとってはもはや当たり前のことでないということです。学校で化粧をすることも、授業中に勝手にトイレに行くこともルールに反すると理解しているものと思っていたこと自体が間違いだったのです。
 公の場としての規範が崩れてしまっている。そのように感じました。これは子どもたちだけに限った事ではありません。電車でケイタイでメールをすることに気をとられ、前にお年寄りが立たれても気づきもしない。少し席を譲ればもう一人座れるのにそうしない。お菓子やパンを平気で食べる。そのようなことも大本は同じだと考えます。
みんなが住みやすい社会であるための規範が崩れてしまってはこれからの社会はどのようになっていくのでしょうか。一人ひとりがバラバラに、それぞれの価値観で生きていくということが、生きにくい社会へとつながっていくことを知るべきです。
 学習指導要領の解説道徳編の「学校段階における重点の明確化と道徳教育」の中で次のように書かれています。「小学校においては生きる上で基盤となる道徳的価値観の形成を図る指導を徹底するとともに自己の生き方についての指導を充実すること」、「中学校においては思春期の特質を考慮し、社会とのかかわりを踏まえ、人間としての生き方を見つめさせる指導を充実すること」となっています。

 家庭共々に「人間としての生き方」について教え諭し導いてまいりましょう。学校では道徳の授業を核とした道徳教育に鋭意取り組んでまいります。