京都市立学校・幼稚園
最新更新日:2025/07/07
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◎学校教育理念:すべての子どもの学習機会と進路の保障 ◎学校教育目標:「自ら考え学ぶ力」と「自ら律する力」を高め、確かな学力・豊かな心・健やかな体を備えた生徒の育成

蝸牛

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 昨日 花背小学校・花背中学校の竣工式に行った。茅葺き屋根を有した民家をイメージした外観は,親しみとともに,なにか懐かしさを感じるものであった。内部も吹き抜けで,2階廊下は回廊で,見通しのよいすっきりとした圧迫感のない居心地のよさを感じた。そして,1階には,1・2・3年生に保育施設が,2階は4・5・6年生に中学生の7・8・9年生の取り合わせがよい。前期の小学生が入学前の幼児を,中学生が後期の小学生を見守るというか,それぞれが上級生らしさも見せなければならないし,一緒にいる中での育ちを意識しているように思えた。外の者でもわくわくするくらいだから,学校に通う子どもたちはもちろん,教職員も地域の方々もその喜びをかみ締めておられるのだろうなと思えた。
 式典では,門川市長から,世界を担う人が育つことを期待される旨の話があったが,まさに大村はま先生同様,「未来の子どものために」に対して,行政としての仕事をやり遂げ,あとの中身については,現場の教職員へというバトンタッチを行ったように思えた。
 式典の前に,茂山一門の祝いの狂言が行われた。茂山茂君が狂言並びに演目の「附子」「蝸牛」についての説明をしていた。茂山茂君といったのも,前の学校の生徒だからだ。当時,上から読んでも,下から読んでもと思っていたことがある。あれほど堂々とした様子で狂言について話せるとは想像もしていなかった。やはり名門はそのように育つものだなと感心した。何度か道端で会ったこともあるが,狂言についての彼は別人のように,生き生きとしていた。
 ところで,「附子」は,皆さんもご存じであろう。小学校の国語にもあったが,今は「柿山伏」が載っている。また,「蝸牛」は,長寿の祝いとして,主人から命を受け,太郎冠者がカタツムリを取りに行く話だが,カタツムリを知らないために山伏をカタツムリと勘違いをする話である。
 その「蝸牛」といえば,日本の民俗学の草分け,柳田國男を思い出す。方言は文化的中心地から同心円状に分布する場合、内側から外側へ順次変化したと推定するという考え方で,それを方言周圏論といい,『蝸牛考』で,その節を提唱した。
 京都では,カタツムリの呼称を新しいものから並べると,デデムシ(でんでんむし),マイマイ,カタツムリ,ツブリ,ナメクジと古くなる。中部や四国ではマイマイ,関東や四国ではカタツムリ,東北や九州ではツブリ,東北も北部や九州の西部ではナメクジと呼んでいる。新しい呼称が京都に残り,順番に遠くに存在するという,放射線状に時系列とともに波のように伝わる様子が見てとれる。以前の教科書にも,何故,京都の古い呼称が九州や正反対の東北で見つかるのかという話が載っていた。
 民俗学者である柳田國男にしても宮本常一にしても,フィールドワークが学問の基本であった。総合的な学習の時間なども,地域を見つめたり,体験を含めたりと,フィールドワークを取り入れた活動の有用性のために入ってきたものでもある。

磨く

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 マイブームである大村はま先生は,「未来のこどものために」とよくおっしゃった。その中身は,しっかりと学力をつけること,それに尽きるということである。このことを突き詰められて,大村単元学習なるものを展開された。同じ教材を二度使わない。自分自身がわくわくするような新鮮さがなければ,教材として用いる意味はないとまで言い切る。なかなかそこまでの境地には至らない。しかし,しっかりと学力をつけるためには,われわれ自身,教材研究をするしかない。
 新採から5年目までの先生方にお出でいただいて,学習会をしている。昨晩がその日であった。昨晩は,道徳指導のポイントについて学習した。わたしは,教科で採用されたからには,教科で印象に残る教師になって欲しいと願っている。そのために自分自身は何をしなければならないかを常に追い求めなければならない。今回は,道徳であったが,これは,担任を持てば必ず必修となる。この道徳によって,自分のクラス経営ができるのである。これまた,第二の教科であるといっても過言でない。これを使いこなすことで,自分の理想とする学級が実現するかと思えば,教科指導とともにわくわくするものである。楽しいクラス,わくわくするクラスという環境を整えずに,学習効果を望むことはありえない。教科指導と道徳指導は,車でいう前輪であり,その道徳指導と特別活動は,後輪である。そして,車は動くのである。運転するのはもちろん担任である。だから教員免許状が必要な意味があるように思う。
 わたしももう若くはない。今だに教材研究をする。それが一番楽しいからである。アイデアだけは,人には負けない。それがうまくいくかどうかはわからない。しかし,大村はま先生がいわれるわくわくするということは,わたし自身でいえば,教材研究することであり,それをしたいという思いがなくなれば,もうお終いだと思っている。若い先生方を前に,教材研究の大切さを身をもって示していきたい。でも,これは学習会であるゆえ,その後は各自の勉強である。
 大村はま先生は,「モデリング」という言葉もよく使われた。生徒が司会をしていて,途中で詰まってしまう。にっちもさっちも動かない。その司会方法を傍らで説明するのではなく,教師自身が司会を引き続き進めていくのである。つまり,モデルを示すことである。これがモデリングである。教師自身がモデルとなるのである。モデルとなるためには,教師自身が身をもって示さなければならない。うんちくだけの教師では,モデルにならない。生徒に勉強せよと,堂々と言える教師であって欲しい。

薬物乱用防止教室がありました

今日6限、体育館で薬物乱用防止教室が行われました。講師の先生として京都市教育委員会の大北康史指導主事をお招きし、中学生など、若者にまで危険が迫るようになっている薬物の怖さについて、スライドなどを見ながら学習しました。3年生の生徒たちも積極的に発言したり、一生懸命取り組めた様子でした。
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 今,2年生の国語では,『平家物語』をやっている。『平家物語』をはじめ,軍記物語では,「北」を「逃げる」と読ませている。中国の『荀子』では,「北」という文字についての注には,「北は,背き敗るるの名なり。ゆえに敗走をもって北となす」と記されている。北は敗北を意味する語として,人々の間には考えられていた。
 わたしの住んでいる一乗寺から宝ヶ池の高架橋を超え,花園橋を右に折れると,八瀬・大原に続く。市内から見ると,この方面は北にあたる。
 八瀬には,かま風呂がある。壬申の乱で,大海人皇子(天武天皇)が天智天皇の御子大友皇子軍に追われ,矢が背にささり,かま風呂で治したと伝えられている。この矢が背にささったこと,つまり,矢背が八瀬になったともいわれている。
 この八瀬から大原に向かうと,真山がけ観音がある。平治の乱で源義朝が子頼朝を従えて,北国へ落ちて行くとき,比叡山の僧兵に襲われる。その時,鏃(やじり)で線彫りにした観音に助けられ,落ち延びたという。
 大原に入ると花尻ノ森がある。そこには,惟高(これたか)親王の墓がある。親王も藤原氏に政治的に敗北し逃れたのである。
 そして,平家物語の寂光院は,言わずと知れた建礼門院の隠棲したところである。これもまた,源氏に追われて,この地で過ごしたのである。
 このように歴史に彩られた「北」への道は,日本人の琴線に触れる道でもある。花園橋を越えて,高野川沿いの風景を見るとき,そんな人々を思い出して欲しい。

王道

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 本屋にちょくちょく行くが,今も昔も「〜する方法」という本がよく並んでいる。俗にいう「HOW TO」ものである。「〜必勝法」「寝ている間も〜」「負けない〜方法」といった類である。
 生徒たち,とりわけ3年生にとっては,「私はこうして○○高校に合格した」「これぞ究極の成績アップの方法」「×○式,寝ながら学べる英語」等々が気になるところだろう。
 「HOW TO」ものの共通点は,その道の権威,第一人者が書いていないということ。また,読み手,購入者は,手っ取り早く,手間をかけずに,といったように苦労をせずに,結果を求めていることである。そして,売手のセールスポイントは,「今まで,〜というような無駄をしていませんでしたか?」である。ここには,「効率」を超えた,他人の成果をあてにした「努力しないで」ということにつながっていく。
 アメリカ映画に,「億万長者と結婚する方法」や「努力しないで出世する方法」などといった映画があったが,これらはすべて喜劇である。
 そろそろテストが返ってくるが,「楽をして,結果を出したい」と誰しも思うだろう。しかし,昔,O社の「赤尾の豆単」という,わたしの年代の人ならよくご存じの本があったが,その本に,「学問に王道なし」と書かれたしおりが入っていたのを,妙に,今も思い出す。
 勉強は,地道にやり続けるしかない。高き頂きも,足元を見つめ,一歩一歩と積み重ねていくしかない。時間がかかろうと,歩み続けている限り,必ず頂上にたどり着く。早くなくとも,休まず歩み続けること。これが次のステップに必ずつながるものである。

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 校門を入った北館の壁画が貼り変わった。今年の2年生が制作した校門付近を点描した作品で,友という字が浮き上がっている。毎年,文化祭では,2年生が壁画をつくり,地域の造園業者によって取り替えられる。学校にお手伝いができればということで,破格の取り扱いでやっていただいている。感謝の限りである。
 今年は,9日,金曜日の午後からの取り付けとなった。業者の方と2年生の先生方を中心に,他の教職員も手伝っての作業であった。休み時間など,生徒たちも興味をもって眺めていた。良かったと思うことは,明るい間,つまり,生徒が見られる時間帯に作業が行われたことだ。4時間ほどかかったが,自分たちの作品ではあるものの,地域の方や教職員の手を経て取り付けられるところを見せられたことである。百聞は一見にしかずというように,その苦労を知らしめることも大切である。
 昨今は,できる限り裏のことは見せまいとする傾向がある。親の苦労は見せればいい,教職員の苦労も見せればいい。それを見てマイナスにはならない。社会はいろいろな人の下支えで成り立っているのである。校門を飾る顔ではあるが,ここに至る経過を,とりわけ制作した2年生は知っている。毎日見ることによって,岡崎中学校への思いも高まっていくだろう。
 この壁画が変わることは,3年生の時代から下級生への時代へと移り変わっていく一つの象徴のように思える。3年生の「dream drive(夢を自分たちで運んで行こう)」は降ろされ,いよいよ一人ひとりが卒業に向かっての現実のスタートが切られたといってよい。3階の窓から,この作業を見ていた3年生になんとなく寂しげな様子が漂っているかのように見えた。

役割

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 勤め始めたころ,もう30年も昔のことであるが,よく中学校までが義務教育だから,もうこれで学校という集団活動を終わる子どももいるということを忘れてはいけないとよく言われた。進学率99%といっても,1%の子どもが中学校で終わってしまうのである。なるほどと納得して聞いていたことがある。
 ところで,さて,義務教育といっても,わたしたち学校に携わる者と学校外にいる人とでは大きな違いがある。よく勘違いされるところに,義務教育の「義務」は,「子どもには学校に行く義務」があると解釈されることだ。子どもにあるのは,「教育を受ける権利」である。行政的な言い方になるが,子どもは,学校に行っている,行っていないに関わらず,教育を受ける機会を与える義務があるということである。この考えかたを間違えると,学校外にいる人は「子どもは学校に行くのが当然」となり,学校に携わる者は「子どもは学校に来るのが当然」となる。「行く」と「来る」とでは雲泥の差がある。わたしたちからすれば,「来てもらえる学校」にしなければならない。それが地域とともにある学校の姿として,声高く言われている所以である。
 そのために大切なことは,子どもも教職員も来て楽しい学校である。もっと簡単にいえば,教職員は子どもたちの笑顔を求めて,授業を始めとして諸々の諸活動にしっかりと取り組み,子どもたちはそれに応えて,響き合う学級,学年,学校であることに尽きる。    
 こうした姿を求めて,この当たり前となっている義務教育という言葉を,地域や保護者の方,子ども,教職員とそれぞれの立場で,再度見つめ直す中で,それぞれの役割が見えてくるように思う。

 今日の「役割」は,10月1日発行の本校のPTA広報誌「白鳩」の巻頭言として載せた「それぞれの役割」の題名を変えたものである。

情報

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 台風18号で,3時間目からの登校になったが,何よりよかったことは,大きな被害がなかったことだ。
 ところで,台風というと,『枕草子』の186段「野分のまたの日こそ」を思い出す。「野分」は野の草を吹き分けて通る秋の強い風のことで,今でいう台風を指す。
 「野分のまたの日こそ」(『日本古典文学全集11・枕草子』小学館)では,「野分のまたの日こそ,いみじうあはれにおぼゆれ(野分の吹いた翌日こそ,大変しみじみとした感じがする)」といって,あとにその内容が書かれている。翌日の様子を災害をもたらす台風という見方ではなく,趣のあるものとしてとらえている。『源氏物語』にも「野分」(28帖)がある。ここでは,「風見舞い」として,台風通過後に親しい人への安否確認に出かけていたことがうかがえる。
 今は被害のことが中心となっているが,一面といえば単なる一面かもしれないが,自然とともにある人間の視点でとらえていることが新鮮に見えた。
 上代,暴風をアカラシマカゼといっていた。アカラシマは「あからさま」で,「物事が急に起こるさま。にわかなさま。」からにわかに吹く風の意味を表している。ところで,台風の語源は,中国語の「大風」,アラビア語の「tufan」,英語の「typhoon」等々,諸説様々である。
 学校では,昨日,生徒が帰ったあと,手分けをして18号に備えた。今は数々の情報があり,いろいろなことに備える体制がしっかりとれるが,それらの情報をもとに,各学校でやらなければならないことはそれぞれ違う。情報とともに,自校の姿をしっかりと認識しておかなければ,情報に踊らされるだけである。

緊急 台風に関わる非常措置について

台風18号が接近しています。京都市にも影響がある確率が高くなってきたようです。
以前に配布しております、非常措置についてのプリントの内容を載せておきます。
以下に従い、よろしくお願いします。

保護者様   
京都市立岡崎中学校
      校長 西村弘滋

台風に対する非常措置についてのお知らせ

 仲秋の候、保護者の皆様方にはお変わり無くお過ごしでしょうか。日頃は本校の教育の発展のため何かとご尽力賜りありがとうございます。 
さて、台風の接近により、「京都府南部」又は「京都・亀岡」に午前7時現在「暴風警報」が発令されていた場合には、本校において下記のように措置をとりますので、テレビ・ラジオ等の報道に注意してください。なお,今後の台風についても同様の措置をとることとしますのでよろしくお願いいたします。

【 記 】

 1.登校前に発令された場合
(1) 「暴風警報」が解除されるまでは、登校を見合わせ、自宅待機させてください。
(2) 「暴風警報」が解除になった場合については、次の措置をとります。
1 午前7時までに解除になった場合 平常授業
2 午前9時までに解除になった場合 3校時(10:40)から始業
3 午前11時までに解除になった場合 5校時(13:10)から始業
4 午前11時現在、警報発令中の場合 臨時休業

2.在校中に発令された場合
気象状況、帰宅に要する時間、通学路の状況、家庭状況などに十分配慮し、帰宅させるかどうかを決定します。


以上、お子さまにもその趣旨をふまえてご指導いただきますようお願いいたします。

ロマンチシズム

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 先週の土曜日,仲秋の名月であった。いわゆるお月見である。大覚寺の大沢の池では,竜頭船を浮かべて月見をしたり,下鴨神社では,平安貴族舞,舞楽,管弦,琴などが奉納されたり,上賀茂神社,平野神社等各所でいろいろな催しが行われていた。で,一番の月見の名所はと尋ねられれば,わたしは間髪入れず,広沢の池の観音島から見る月見であると返答するだろう。
 ところで,芭蕉の有名な「名月や池をめぐりて夜もすがら」(「孤松」)という句がある。其角ら数名の門人らと芭蕉庵で,月見をした折の作といわれる。「夜もすがら」は一晩中という意味から,時の経つのも忘れ,我を忘れてという意味である。「名月に誘われて,月影の宿る池の周りを,我を忘れて,いつまでも歩き続けている」という意味であろう。よくよく味わってみると,芭蕉は直接月を見ていないのである。池に映る月を眺めてさまよっていたのである。芭蕉には,こんな句もある。琵琶湖の湖上を眺めて詠んだもので,「名月や海にむかへば七小町」(「初蝉」)である。「七小町」は,絶世の美女と言われた小野小町の華やかな恋愛から始まり,老いて死に至る七度の変転の一生のことをいう。月光に照らされた湖上の波が七変化する美景を美女の代表としての小町に掛けたもので,ここでも,湖上の月の光である。
 大覚寺の辺りは,平安時代から貴族の別荘があり,山越のさざれ石山の西のふもとの道を「千代ノ古道」と呼ぶが,この道を貴族たちは通り,天皇もまた行幸したのである。大沢の池では,貴族や天皇は,おそらく芭蕉同様,水に映る月を眺めて遊んだのであろうと思われる。その大覚寺の東に,広沢の池がある。観音島に立って,そこで月の出を待つと,月と音戸山との微妙な関係で,水面に三筋に分かれて光が現れ,それが二筋になり,そして,一筋とつながって,観音島の千手観音にかがやいてくるのである。この光景を目にしたときの感動は今でも覚えている。しかし,よくよく考えてみてもわかるだろうが,丸い月を直接見ていても何の変哲もないものである。水面に映る月の光の変化を月見とするほうがよほどロマンチックではないだろうか。
 日本人は昔から直接物の見るのではなく,御簾を通して人やものを見たり,風の音を通して季節を感じたり,つまり,心の目を通して見てきたのである。『源氏物語』を読んでいても,何畳の部屋とも書いてないが,その大きさや窓の向きやいろいろな様子が思い浮かんでくる。リアリズムというよりロマンチシズムであった。伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国の郷土を愛するという教育基本法も,現代的なリアリズム的に読むより,思いを推し量るロマンチシズム的に読むことが必要である。つまり,この教育こそ,わたしがいつも言う想像力を養う教育なのである。

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