京都市立学校・幼稚園
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文化祭まであと2日!!

Drastic Innovation

 私たちが生きる情報化社会の状況は急速に変化していて、とりわけ人工知能技術をはじめとする技術革新はすさまじい。社会構造も大きく変化し、次世代の新しい社会が見え隠れしている。IoT(Internet of Things)ですべての人とモノがつながり、さまざまな知識と情報が共有化されることによって、これまでになかった新たな価値が生み出され、さまざまな社会課題が克服されるといわれている。少子高齢化や地方の過疎化などの課題、情報があふれすぎて必要な情報が必要な時に見つけられないなどの課題等、これまでの社会で解決困難だったことが、AI(Artificial Intelligence)、ロボティクスなどを活用していくことで、生きていくうえでの可能性が広がっていく社会が構築される。その社会を「超スマート社会」と呼び、今の中学生や高校生が社会で活躍する頃に直面する。
 IoTやAI、ロボティクスなどといった情報を中心とする革新的技術が新しい付加価値を生み出していく社会は、SF映画で描かれているシーンによく登場するが、もうフィクションではなくなってきている。超スマート社会は、一見その中心となるのが、デジタライゼーションのようだが、私たちが大切にしなければならないのは、人間中心の豊かな社会でなければならないということだ。したがって、デジタライゼーションはあくまでも手段でなければならない。
 人間中心の豊かな社会を構築するには、一人ひとりのエンパワーメントが最も重要となる。堀川高校での「自立する18歳」にむけての自覚と成長が10年後、20年後の社会に直結していくと考えている。文化祭もその重要なエンパワーメントを強化する活動だ。想定外が目の前に立ちはだかり、朋とともに軌道修正し目標達成を目指し、もがき続ける。達成に向けての協働から得られるエネルギーは、朋が多ければ多いほど、掛け算となって増大していく。居心地のよい落ち着いた平静さの中ではイノベーションは起こりえない。新しい価値を創造するには、ドラスティックな革命を起こさなければならない。
 この革命的な2日間は、10年後、20年後のデジタライゼーションを手段とした人間中心の豊かな社会である「超スマート社会」を構築するパワーの根源となること間違いなしである。堀川高校の文化祭は日本の未来社会の土台となる魂が宿り、そしてパワーも無限に増大する場なのである。

 イタリアベローナ、ダンスをする老夫婦曰く、
 「タンゴはウィルスのようなものだよ。踊らずにはいられないんだ。上手に動くことより、素直な感情が大事なんだ。タンゴは3分間の人生なんだよ。」

(文化祭パンフレット挨拶より)


 学校長 谷内 秀一 



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ゆかし

 人は世界中にあるいろんなモノやコトを認識して生きています。私はそれがどんなふうに認識されていくのかという「認識」の構造について、とても興味があり、ちょこちょこ考えています。
 今となってはかなり以前の話ですが、私は国語の授業である実験をしたことがありました。教室内に存在しているモノで、ぱっと目に入って、気になるものがあれば、それは何かを記入してもらい、また、普段は全く気がつかなかったけど、あえてよく見ると、ああ、こういうものがあったのか、というものもあったら、それも記入してもらいました。結論からいうと、すぐに目に入って気になるものには、ほとんど「名前」「固有名詞」がつけられたモノでした。逆にいつもは全く気がつかなかったモノは「名前がつけられてないモノ」がほとんどでした。つまり、人とモノやコトを繋ぎやすくする、「認識を可能にする」には「ことば」の存在が大きく影響しているということです。ことばというものの存在は、私たちの日常の認識にいかに大きな役割を果たしているかということがわかります。
 それが、ある日の朝、学校の玄関入口前で、ある男子生徒との会話で、少し考えが変わりました。というか新たな「発見」「気づき」がありました。「なるほど」と思って、人の認識の構造が私自身深まりました。
 私は玄関入口前に、花を植えていて、その世話をしていたときの出来事。登校してくる生徒たちは私に「おはようございます。」とみんな声をかけて挨拶してくれます。とても清々しい気持ちになり、一日の始まりにはいいスタートです。
 その日はいつものように花がら摘みをして、水をやっていた時に、3年生の男子生徒で、とてもさわやかで活動的、リーダー的な生徒が登校してきて、私に「おはようございます。」といつもの爽やかな挨拶をしてくれました。いつもながら好青年だなぁと思っていた時に、その生徒はさらに私に近づいてきて、次のように声をかけました。
「ああ、ここに花があったんですね。」と笑顔で何の屈託もなく言いました。
 私はその時「おっ!」と思いました。目立つ花の色だけに、その存在は認識されていただろうと勝手に思っていたのです。しかし、それがちがった。その生徒にとっては、花自体は目に入っていたけれども、認識まではされていなかったということです。私は勝手に玄関を通る生徒たちの目には花が認識されているだろうと決めつけていましたが、それがちがった。いったい何が違ったのかを考えました。
 おそらく、花という存在を認識するのは、ただ単に名前や固有名詞があるからだけではない。そこに「人」が介在することによって、より存在の認識が深まったのではないかという私なりの答えにたどり着きました。ただ単に目に入るのではなく、認識する、という状態にはさらに別の人の存在がそれを促すのだろう。
 このことは、花だけにいえるのではなく、モノやコトの存在の認識すべてに当てはまると思います。当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、自分なりの疑問と気づきを経験して、また清々しい気持ちになった。

 Madonna 曰く「大切なのは、どう見えたかじゃなく、本当はどうか、なんだよ。」


 学校長 谷内 秀一

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行事予定
11/29 3年卒業考査  スクールカウンセラー来校日
11/30 3年卒業考査  3年:河合塾センタープレテスト
12/1 PST  3年:河合塾センタープレテスト2  施設開放
12/2 3年:駿台模試(校外)  施設開放
12/3 3年:特別時間割1期開始
12/5 2年後期中間考査  1・3年金曜振替授業
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