京都市立学校・幼稚園
最新更新日:2024/04/27
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「美術を学ぶ」から「美術で学ぶ」学校へ。美工(美術工芸高校)は、生徒たちに未来必要な力を身に付けさせる教育活動を展開しています。

新年 授業再開 校長の話

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 新年あけましておめでとうございます。元旦は比較的穏やか日でしたが,本日から再び厳しい寒波が到来し,冷え込みが一段と増しています。

 皆さんはどのような年末年始を過ごしたでしょうか。紅白歌合戦も嵐のラストコンサートも無観客という、エンターテイメントの世界もかつてないスタイルとなり,年明けの初詣の様子も様変わりしました。2020年は,年明けに発生した「新型コロナウイルス感染症」が世界規模で拡大し、私たちは,感染リスクを回避するために,経済,文化,教育,スポーツなどあらゆる活動のスタイルを変えなければならないという難しい課題と向き合う1年でした。

 年末に高齢者施設に入所している97歳の叔母のところへ行きました。昨年の秋には感染症対策を十分行いながら,15分程度の面会であれば,施設の玄関付近で面会が可能でしたが,全国的に感染者が急増する中,年末にはその面会もできなくなりました。せめて姿を見るだけでもと思い,事前に電話をして施設の窓越しに対面することにしました。直接声をかけることも手を握ることもできず,わずか数mmの厚さのガラスが人と人とをこれだけ隔てているのか,と辛い気持ちになりましたが,考え方を変えれば,この数mmのガラスが高齢の叔母の体を守っているのだとすれば,ガラス越しに顔をみせることができただけでも良かったのではないかと考えました。そして,施設の中から出られない不自由な叔母を元気づける「ため」に面会に行った自分が,叔母の元気な顔を見て安心できたことで,こちらから足を運んだ形ではあっても,逆に叔母から安心をもらったのだと思いました。叔母のためが,自分のためになっていて,結局この機会が「とも」に貴重な時間になりました。

 4年前の進路講演会で講演していただいた京都大学の塩瀬隆之先生は,目の見えない人との美術鑑賞の経験を話され,目の見えない人と対話しながらの鑑賞は自分にとっても貴重な発見,体験となり,目の見えない人の「ために」目の見える人が何かをしてあげるという考え方から,「ともに」という考え方になったと話されました。

 新型コロナの問題は、誰かの「ために」という姿勢に留まらず、「ともに」、気持ちと力を合わせて取り組むことが重要なのだと思います。関東のほうでは,再び非常事態宣言が出され,関西でも宣言要請について検討が始まっています。私たちは,まだしばらくこの問題と向き合わねばなりません。

 今年一年、「ともに」という姿勢で活動し、希望を創っていきたいと思います。一日一日を大切に過していきましょう。

1月8日

2021年 新年のご挨拶

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 新年おめでとうございます。

 昨年からの新型コロナウイルス感染症の拡大により、例年とは異なった新年の風景となりました。新型コロナの相談窓口や、関係機関、医療現場では、多くの方々に年末年始も昼夜を分かたず命を守る対応をしていただいています。ありがとうございます。

 2020年度の始まりは、感染予防対策を徹底しながらの入学式、そして各教室で放送による始業式でした。翌日からの長い臨時休業で、270名の生徒と教職員が一同に会し、対面し、言葉をかけ、互いの思いや息づかいを感じながら教育活動を始めることができませんでした。以前、始業式で、学校は単なる“入れもの”ではなく“生きもの”だと話しました。鼓動があり、息づかいがあり、体温があり、そして表情があって、変化がある。どうすれば、臨時休業の学校が“生きもの”になれるのか、その葛藤の中で、教職員が知恵と力を出し合い、できることを見つけて、とにかく一つ一つやっていこうと動きました。生徒や保護者の皆様の理解と協力を得ながら、オンラインの授業や面談、ホームルームなど銅駝ならではのやり方で進めてきたことは、学校再開後、制約がありながらも対面の教育活動を行う大きな基盤になりました。

 生徒の学び、成長の場である5月の体育祭や6月の文化祭も中止せざるを得なくなったのは断腸の思いでした。しかし、生徒は厳しい現実を受け入れつつ、皆で何か一緒に取り組みたい、一緒にがんばりたいという気持ちを持ち続け、生徒会のオリジナルトートバッグ制作や、3年生のオリジナルTシャツの制作、学年球技大会を実現しました。そして年度当初から授業計画を変更せざるを得なくなった状況の中で、お互い励まし合い力を尽くして作品制作をし、京都市京セラ美術館で開催した美工作品展に立派に作品を展示することができました。

 経済学者の玄田有史氏は著書『希望のつくりかた』の中で、夢と希望とは違う、「希望」は“Hope is a Wish for Something to Come true”「行動によって何かを実現しようとする気持ち」だと述べています。そして社会学者の門脇厚司氏の意見も採り入れて、個人の希望を越えて、社会の希望のためには“by Action Each Other”「他の人と一緒に」にも加えた方が良いと書かれています。新型コロナウイルス感染症という難しい問題に全世界の人々が立ち向かっている中、銅駝の生徒も「希望を創る」行動をすでに始めています。

 新型コロナウイルス感染症の拡大傾向が続いており、年が改まってもしばらく、様々な感染防止の対策を行いながらの日常が続いて行くことと思います。しかし、多くの人がコロナの終息を願いつつ、今年はこうありたい、こんなことをしたい、と願いや希望を立てています。他者の思いとつながりながら弛まぬ行動を続け、希望を創っていく年にしたいと思います。

 「学校は希望を創るところ」。本校も創立141年目を迎え、力強い鼓動とたしかな息づかい、そして豊かな表情のある学校として教育活動に取り組んでまいりたいと考えております。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。


2021年1月4日
                          校長 吉田 功

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10月14日(水)後期始業式 校長の話

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●後期始業式にあたって

 美工作品展を終えて,今日から後期となりました。

 かつて経験してことのない新型コロナウィルス感染症への対応から,異例づくめの前期の学校生活でしたが,皆さんは学校からの呼びかけをしっかり受けとめ,学習や制作によく努力しました。立派でした。その締めくくりとして素晴らしい美工作品展が開催できました。

 リニューアルされた立派な京都市京セラ美術館で開催した作品展には,5日間でのべ約4100人の方にご来場いただきました。270名の美術高校の作品展に,これほどたくさんの方にご来場いただき作品を見ていただけたことはたいへんありがたいことで,感謝しなければなりません。 

 来場された方は,2ヶ月間の臨時休業があったにもかかわらず,このように素晴らしい作品を発表したことを褒めていただき,高校生の感性,表現力に感動したという感想をたくさんいただきました。

 私は,全員というわけにはいきませんでしたが,何人かの生徒の皆さんと話をすることができ,作品のコンセプトや苦労,先輩の作品を見た感想や,高校卒業後の目標など聞かせてもらいました。10代後半の皆さんの考えや思いに触れ,それぞれしっかり物事を考えていることにあらためて,さすが銅駝の生徒だ,と思いました。銅駝に入学しようと思ったのはなぜか,と何人かに尋ねました。きっかけがこの作品展であったという人がいました。銅駝はずっとあこがれであったと話してくれた人が,入学してからもあこがれがあると話してくれたのが印象的でした。やはり,周りの人の作品,先輩の作品を見て,銅駝へ入学という目標を果たせた今も,まわりにあこがれをもって自らの高校生活において熱い思いをもってくれていることに嬉しく思いました。。
 
 卒業生にも後輩の作品を見てどう思うか,と尋ねました。皆の作品はすごい,と口々に言いました。そして,卒業した後も,美工作品展に来て高校生の作品を見て刺激を受けないと自分がダメになると言う先輩もいました。実は卒業生の保護者の方もたくさん来ていただいていました。卒業生と一緒ではなく,保護者だけでの来場でした。自分の子どもの作品展ではないのに,美工作品展には足を運んでいただける。皆さんが創り出した作品が,他の人の心を動かし変化させたり,人をひきつけつながりを増やしていく。芸術は本当に尊いものだと思います。

 作品はやはり人そのものだと思います。だから,作品を制作することは美術専門の授業だけで成立しているのではありません,普通教科の科目,特別活動,そういうものを全部含めた銅駝での高校生活,もっと正確に言えば,銅駝の高校生活も含めた,皆さんの日常の生活から生み出されているのだと思います。そういう風に思えば,新型コロナウィルス感染症のために,作品制作が不十分だとか,何かが足らないというのではなく,今年の作品は,「with コロナ」という特別な日常の中で創り出されたかけがえのない作品であったということです。

 いずれにしても美工作品展は,前期までのひとつの到達点です。前期の課題や反省点に下を向くことなく,これからの自分の火種,着火剤として後期をスタートしてください。2020年度後期,私も皆さんと一緒に,一日一日大切に過したいと思っています。

2020年10月14日 後期始業式
                        校長  吉田 功

10月5日(月)前期終業式

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●前期終業式に

 前期末終了の日、もう一年の折り返し点になりました。今年は、新型コロナウィルス感染症への対応から、臨時休業や体育祭、文化祭、また宿泊行事の中止など本校で大事にしている教育活動が通常通り実施できず、皆さんにはずいぶん心配や苦労をかけました。その様な中で、精一杯力を注いだ作品を美工作品展に展示します。とても楽しみにしています。美工作品展はこの校地で美術専門高校として独立開校して以来41回目,リニューアルされた京都市京セラ美術館で開催ができることとなりました。

 すでに皆さんは、十分理解していると思いますが、美工作品展は京都市教育委員会と共に本校が主催する展覧会です。皆さん一人一人が主催者であることをしっかり自覚して,開催期間5日間を過ごしてください。そして、京都市教育委員会をはじめ多くの人たちにこの開催を支えてもらっていることを忘れないでください。270名の生徒の作品展に毎年数千人の方が来場され、楽しんでいただきまた激励していただいている、そういう学校の生徒である自覚と誇りを持って行動してください。

 さて、前期終業式にあたり、皆さんにお話をします。

 私は、この学校に着任するまで、美術館にさほど足を運んだことがなく、美術の作品をじっくり楽しむという経験をあまりしてきませんでした。もったいないことをしてきたと後悔しています。しかし、皆さんの作品を見るようになって、「これは何だろう」「どのようにして制作したのだろう」「なぜこのタイトルなのだろう」と様々に考えたり想像しながら鑑賞することがとても豊かな時間であると思うようになりました。私は,限られた時間ではありますが、皆さんの制作している姿や制作過程を見た上で作品を見るという貴重な経験ができています。完成した作品だけなく,制作の様子を見ていると,何時間も、幾日もかかって制作している過程で、悩んだり行き詰まったり、苦労したこともあっただろう,そういう様々なことを経て完成までたどりついたという、そのすべてを尊いと思います。皆さんの作品を見に来ていただく方には、ぜひ「見えている」作品の,「見えない」部分にも思いをめぐらせて鑑賞していただけたらと思っています。

 人は、五感の中で「視覚」優位で、ものを見ることで、感じたり考えたり、判断したりすることが日常的で、「見えない」ものに向き合うことには弱い生き物だと思います。時には、「見えない」ものは「わからない」あるいは「存在しない」ことにしておこうとします。しかし、世の中、「見えない」から「存在しない」などということはありません。「見えない」から「ない」ものとして除外し、「見えている」ことだけで物事を判断していると間違いを犯すことがあります。

 今年、新型コロナウィルスという「見えない」ものと向き合わなければならなくなった私たちは、日々苦労をしています。そんな日常の中で視覚障害者の方は、「視覚」による認識、判断ではなく、それ以外の体の機能を用いて「見る」という行為をされているようです。従って、視覚障害者は、新型コロナウィルスウィルスが見えないということよりも、普段、ものに触れて認識、判断しているのに、ものに触れることを警戒しなければならないとか、ソーシャルディスタンスの感覚がわからないという困りを抱えているそうです。また、聴覚障害者は、マスクによって相手の口元や表情が見えないことでコミュニケーションがとりづらくなったり、筆談を敬遠されるなどの苦労があるそうです。ここには,「ものが見える」私たちが「見えていない」問題が存在しているのです。

 私たちは、日頃ものをよく見ているのでしょうか。「見えない」というより「見ようとしていない」ことはないでしょうか。残念なことに世の中には、相手には見えないことを利用して、自分の感情や欲望を満足させている人がいます。そういう人は相手が深く大きく傷つき悲しんでいることを見ようとしません。しかし、海に浮かぶ氷山のように、水面から上の見えている氷の下には、その何倍もの見えていない氷の塊で支えられているように、「見えている」ものの下に、その何倍もの「見えていないもの」があることを忘れてはなりません。

 私たちは、すべてが「見えている」「わかっている」と思い込まず、謙虚に、「存在している」けれど「見えていない」部分があることをしっかり自覚し、その様なところにも思いをはせて、ものごとを考えたり、判断する努力をしなければならないと思います。そのためには、これまでの経験だけに寄りかからず、また同じ発想や同じやり方だけにこだわり続けるのではなく、対話したり視野を広げ、多様なものを受けとめるようにして「見える」「認識する」部分を広げていくことが大切なのだと思います。

 皆さんもぜひ,「見えていること」「見えていないこと」について考えてみてください。


2020年10月5日 前期終業式
                       校長  吉田 功

8月25日(火) 授業再開

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●授業再開にあたって (各ホームルーム教室へ放送)

 いよいよ8月もあと1週間となり、特別な夏も終盤に入りました。

 8月の第1週まで回復授業、そして2・3年生は先週から専攻補習が始まっており、久しぶりに仲間や先生と顔を会わすというわけでもなく、いつになく新鮮さの薄い夏休み明けとなりました。

 少し振り返ると、6月初めに臨時休校が終り学校が再開したときの緊張感や慎重さは,夏休みに入る前の8月の回復授業の頃には、ずいぶん小さくなっていました。緊張感や慎重さが変化すること自体は間違っているとは思いませんが、ただただ“コロナ以前”に戻ってしまうことは、この問題の克服を困難にします。“withコロナ”と言われているように、必要な新しい行動を皆と一緒に取組むことで、安全や平穏を取り戻していかなければなりません。

 8月6日に文部科学省から「学校における新型コロナウィルス感染症に関する衛生管理マニュアル『学校の新しい生活様式』Ver.3」が発表され,8月20日に京都市教育委員会から「新型コロナウィルス感染拡大防止のための取組の徹底について」という通知が出されました。その内容もふまえて、学校生活で取り組んでほしい重要な点を再度示します。

 まず,登校前に自宅で検温し,健康観察の上登校することです。学校ではこの夏休み中に非接触型の優れた性能の検温装置を導入しましたので,家での検温に加えて,学校玄関に入ったら必ず消毒と顔認証検温装置で検温してください。そして,

1.基本的にマスクを常時着用すること。とくに身体的な距離が確保できない場合は必ずマスクを着用すること。
2.但し,暑さや息苦しさなど身体的な支障が生じる場合は,健康面を優先して,他の人との距離を確保しながらマスクを外すなど臨機応変に対応すること。
3.食事の際は,マスクを外すので,特に他の人との距離を確保すること,近い距離で対面で食事をすることを避けること,マスクを外しているときに大声を出さないことなどをしっかり守ること。
4.授業の前後,食事の前後,トイレ使用の前後,登下校の際には手洗い・手指の消毒を行うこと。
5.教室や実習室の机は,終了時に各自が設置してある除菌シートで拭いておくこと。

 皆さんも,私たち教職員も,感染しているのに無症状かもしれない,そういうことを念頭におきなががら,自分と周りの人の感染リスクを極力抑えるために、ぜひ以上のような対策を怠らず続けてください。もし,生徒や教職員で感染者,濃厚接触者が出たとしても,学校として必要な対応を丁寧にしていきます。本日そのことを説明した文書を用意しましたので,担任の先生から配布してもらいます。持ち帰って必ず保護者の方に見せてください。ホームページにもアップします。(→文書はこちら

 残念ながら、感染者や濃厚接触者が、あるいはその家族や職場・学校の人が批判・攻撃されたり,排除されたりすることが起こっていますが、あってはならないことだと考えます。新型コロナウィルス感染症については,それぞれがそれぞれの立場でできる精一杯の対策を行いながら,周りの人への気遣いと思いやりをもって日常生活を続けていく姿勢が必要です。

 本日、生徒の皆さんとともにもう一度大切なことを共有し、授業を再開します。一日一日を丁寧に過していきましょう。

2020年8月25日
             校長  吉田 功

登校日,学校再開にあたってのメッセージ

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 皆さん。4月に入学式,始業式の日の半日だけ学校生活をしたあと,長い臨時休業となってしまいました。不安やストレスを抱えながらの毎日で,ずいぶん辛い思いをさせてしまいました。

 臨時休業中,家庭学習課題オンラインの面談やホームルーム,授業配信など,学校から発信する様々な取り組みに対し,皆さんはしっかり受けとめてくれて,また保護者の皆様もご理解ご協力いただき,今日に至りました。どうもありがとうございました。

 感染症が流行するということはこれまでもありましたが,これほどまで世界的に深刻な状況になるとは予想もしていなかったので,日々何をどうすればよいか考えながら取り組み,うまくいかなければ立て直すと言うことの連続でした。

 学校は,毎日生徒が登校し,先生が出勤し,教室,実習室,グラウンド,体育館などそれぞれの場所で授業ができる,当たり前のこととして何も疑わずにいました。台風などで臨時休業があっても,1日ほどで授業回復ができるという経験から,これほどの長期にわたる臨時休業への備えができていませんでした。

 今回,銅駝で使える機能やしくみを活用して,教職員みんなでアイデアを出し様々な対応をしてきました。そして皆さんはそれに応えて取組んでくれました。社会全体でも一人ひとりが自分のことだけでなく,他のひとのことを考え行動をしてきたことで,一旦緊急事態宣言が解除されるところまで回復してきました。しかし今後も油断はできません。「新しい生活様式」に取組むべきだと言われるように,今まで当たり前に,制限無しにしてきたことはもう一度見直さなければなりません。

 皆さんは「レジリエンス(resilience)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「復元力」「回復力」「弾力性」という意味が含まれていて,困難や脅威に直面している状況で,立ち直る「しなやかな強さ」のことを言います。皆さんも私たちも,今回経験した新たな気づきやつながり,アイデアを出し実践できたことを大切にして,今後,様々なことに直面しても,しなやかにそして粘り強く対応していきましょう。

 これまでのメッセージで話したように,「社会の人々が今日という日を精一杯生きている,頑張っているそのことで、私も今日生きることができ,私が今日という日をしっかり過すことが、誰かの今日を支えることにつながっていて,その上で共に明日を迎えられる」。学校を再開するにあたり,心がけて行動しなければならないことにしっかり取り組みましょう。そして今皆さんが抱えている不安や悩み,困難は,可能であればぜひ教員に話してください。一緒に考えていきたいと思います。

 日常を「取り戻す」というよりも,新たな日常を「創り出す」ために共にがんばりましょう。

2020年5月25日・26日 学校再開にあたって

                 校長 吉田 功


※写真は,学校再開に向けて新たに植えた花


5月18日 銅駝の生徒の皆さんへ

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 元気ですか。心や体の調子はいかがですか。
 いつもとは様子の違うゴールデンウィークが開けて約10日間、自然は着実に変化し、青葉若葉の美しい季節を迎える中、入学式・始業式以降の臨時休業もひと月を超えました。

 さわやかな晴天の日、グラウンドに出ると強い風が吹いている日がありました。「青嵐」という季語があります。青葉の茂るころに吹きわたるやや強い風のことを言います。この季節、昼休みになると、生徒の皆さんがグラウンドのベンチや藤棚の下でご飯を食べたり、バレーボールやキャッチボール、バドミントンなどして過している姿を見られるのが例年の様子でした。臨時休業になって、その姿を見られないのは誠に淋しい限りですが、今、昼休みの時間、何人かの先生は少し間隔をあけながらその藤棚やベンチでお弁当を食べています。全校生徒270名の学校で他校に比べると、生徒数、教職員数、学校敷地も規模の小さい高校ですが、銅駝にとってそのような場所も大切な空間、そのような場面も大切な瞬間です。皆さんの昼休みの光景が見られる日を心待ちにしています。

 政府が先週14日に39県の緊急事態宣言の解除を発表、京都府は16日0時から休業自粛の一部解除という動きがありました。15日には京都府教育委員会が、府立高校の登校日の設定や学校再開の見通しを発表しました。京都市教育委員会は、すでに5月18日(月)〜31日(日)までを「教育活動の再開に向けた準備」と発表しており、今週、市立学校の登校日や学校再開の見通しについて示される予定です。

 先週、メッセージの中でこう言いました。「人々が今日という日を精一杯生きている,頑張っているそのことで、私も今日生きることができている、あらためてそう思います。そして私が今日という日をしっかり過すことが、誰かの今日を支えることにつながっているのだろうと」。長い期間、多くの人の心構えや行動が少しずつ状況を変えてきました。学校は、今週もオンライン授業の配信、Classi や iTunesU を活用して皆さんとつながりをもち、学習や進路の支援をしていきます。日々の努力を積み重ね、段階的に少しずつ状況を変え、学校再開に近づきたいと考えています。銅駝の教職員は、皆さんの教育の保障のために、毎日相談し様々な準備を進めています。

 がんばりましょう 一緒に。

2020年5月18日             
                   校長  吉田 功

5月2日 銅駝の生徒の皆さんへ

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 今日から連休です。

 ゴールデンウィークという休暇ははいつもと違う計画を立て、「非日常」を楽しむ数日間というのが当たり前でしたが、今年は、もっと前から「非日常」が始まり、その「非日常」が「日常」になって数週間経ちました。昨日、新型コロナウィルス感染症対策の専門家会議は、3密を避ける様々な自粛を基本とする特別な対応を続ける必要があると提言しました。その特別な「日常」を今持続することが,そもそもの「日常」を取り戻すことにつながるということです。

 「休暇」と「休業」、一文字違うだけで、意味も現実も大きな隔たりがあります。今年の春、1年生は厳しい入試選抜に見事合格をし、夢や希望をもって銅駝の高校生活を期待して入学してきてくれました。新しい教科書、新しい仲間、新しい通学ルート,みんなと同じ制服から自由服で過す高校生活の始まり。2年生は、1年生の時にずいぶん悩んで決めた専攻の実習が始まる、高校生活真ん中の学年。クラスという枠組みと先輩ともつながる専攻という枠組みの中で発見や刺激の日々を楽しみにしていたと思います。3年生は、銅駝の生活の集大成の年、進路実現に向けて本格的に取り組むと共に専攻の実習、美工作品展、学校行事など、悔いなきように思う存分頑張ろうと志を高くもって迎えた新年度。そんな皆さんの思いを教職員はずっしりとした重みをもって受けとめています。他の学校も同様だと思いますが、銅駝は、銅駝の教職員の思いと力を結集し、銅駝らしいアイデアや方策、機能を使ってこの臨時休業期間中に皆さんに対してできることを精一杯取り組み続けています。学校ホームページやClassiの機能を使い様々な連絡を行いながら,Zoomをつかったクラス面談も行ってきました。5月11日からはZoomを使ったオンライン授業を始めるため、その準備を進めているところです。

 京都市立学校は臨時休業を5月17日まで延長することとなりましたが、政府は専門家会議の判断をふまえて、緊急事態宣言を1ヶ月程度延長する方針を固めたようで、京都市立学校の臨時休業期間もさらに延長される可能性もあります。学校としては、いろいろなケースを想定して、臨時休業期間中の学習保障、生徒支援、教育活動再開後の教育活動の進め方を検討し続けています。皆さんの思いを中心において、皆さんとつながりながら日々学校を動かしています。

 昨日(5月1日)、限定公開のYouTubeに2回目の校長メッセージをアップしました。見てくれたでしょうか。谷川俊太郎さんの「明日」という詩を紹介しながらお話をしました。

 「ひとつの小さな約束があるといい 明日に向かって」「ひとつの小さな予言があるといい 明日を信じて」「ひとつの小さな願いがあるといい 明日を想って」「ひとつの小さな夢があるといい 明日のために」 そのように語りながら,後半に「だが明日は明日のままでは いつまでもひとつの幻 明日は今日になってこそ 生きることができる」と続きます。最後に「この今日のうちにすでに明日はひそんでいる」という締めくくり。一日先の未来である明日を今日として生きるためには、今日という日をどう生きるかということがとても重要であり、それが明日へとつながっている。そのように私は鑑賞しました。

 新型コロナウィルスという難しい強敵を前に、社会の人々みんなが精一杯,対峙しています。感染症にかかって闘っている人、その患者さんを救うために精一杯治療、看護している人、自粛の中で私たちの生活を支えるために品物をつくる人、販売する人、運送する人、仕事ができなくなってこれから先の生活のことを必死に考えている人、心と体に安らぎとエネルギーを与えてくれる身近な人、アーティスト。とても言い尽くせませんが、その人々が今日という日を精一杯生きている,頑張っているそのことで、私も今日生きることができている、あらためてそう思います。そして私が今日という日をしっかり過すことが、誰かの今日を支えることにつながっているのだろうと。

 かつて経験しなかったこれほどの大きな課題。終息する時には、以前と全く同じ日常に戻っていないかもしれませんが、明日を迎えるために,明日を想いながら,精一杯今日を生きる、私たちが今そのことを重ねていったならば、以前よりももっと力強い社会になっているのではないかと思います。

 今日を大切に生きる。 明日のために、未来のために。

5月2日              
                   校長 吉田 功

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4月13日 銅駝の生徒の皆さんへ

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 銅駝生の皆さん

 4月8日,午前に入学式を行い92名の新入生を迎えました。午後の始業式は放送での実施となりましたが,進級した2年生,3年生の声を聞くことができました。変則的ではありましたが,つかの間の学校の“日常”でした。あの顔,あの声,生徒の姿,息づかいを感じて,学校は生徒がいてこその場所,生徒がいてこそ学校が成り立っているのだとあらためて思いました。

 新年を迎えた当初,新型コロナウィルス感染症がこれほどまで拡大し,世界的な規模で不安と混乱を引き起こすとは思いませんでした。学校では,これまで皆さんの協力や保護者のご理解を得ながら,この問題に向き合,様々な対応をしてきました。一方で,新年度の様々な教育計画も時間をかけて検討し,丁寧に準備を進めてきましたが,事態の変化により,計画の中止や延期,再検討を迫られる毎日が続いています。生徒の安心や安全,教職員の安心や安全を守りながらどうすれば「学校」という場,学びと成長の場を保障していけるか,一所懸命考えています。

 社会全体を巻き込んでいる問題なので,学校単独で判断できることは限定されますが,国や京都市から出される通知に基づきながら,銅駝の教職員が協力して,何ができるか,どうすればできるかを検討し,皆さんに発信していきます。タブレットiPadの活用も進めます。1年生は,設定を済ませたiPadが手元にない状態になっていること,また家庭でのWiFi環境の状況を掌握することを行い,対応を考えます。臨時休業中も,皆さんが主体的に考えて取り組める学びはどんどん進めてください。そしてその様子を知らせてください。

 臨時休校中であっても,学校と皆さんが,教職員と皆さんが「つながっている」ことを大事にします。皆さんの不安や悩みを共有しながら,日常とは異なる形で学びと成長を支えていきたいと考えています。始業式では,感染拡大の面からも,感染防止の面からも,私たちは見知らぬ人と「つながっている」と言いました。身近な人を大切にし,見知らぬ人にも思いをはせ,一日も早く「日常」を取り戻せるよう,自分ができることをしっかりやりましょう。日常の検温,健康観察は必須です。学校ホームページもしっかり見てください。何か気になることがあれば,学校に連絡してください。

 臨時休校中も,銅駝の鼓動は止まっていません。あの顔,あの声,皆さんに思いをはせ,眼差しを向けています。


2020年4月13日
                    校長 吉田 功

第41回入学式 式辞

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 鴨川河畔の桜が満開となり、鴨川の明るい水音が聞こえる今日の佳き日、保護者の皆様のご臨席を賜り、令和2年度京都市立銅駝美術工芸高等学校、第41回入学式を挙行できますことは、誠に大きな喜びであり、本校教職員を代表いたしまして、心よりお礼申し上げます。

 ただ今、92名の新入生の入学を許可いたしました。まずは、新入生の皆さん、ご入学、おめでとうございます。教職員一同、皆さんを本校の生徒として大切にお迎えします。

 保護者の皆様、本日はお子様のご入学、誠におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。お子様が本校を志望されるにあたり、保護者の皆様が本校の教育をご理解いただき、進路実現を目指すお子様をご入学までお励ましいただきましたことに感謝申し上げます。これからの3年間、教職員一同、力を尽くしてお子様の成長を支援してまいります。どうかご理解、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。

 本校は、明治13年、1880年に「京都府画学校」として創立され今年度で140周年を迎えます。そして1980年現校地で銅駝美術工芸高校として開校してから41回目の入学生を迎えることとなりました。長い歴史と伝統をもつ本校を卒業された諸先輩方は、美術界、産業界、教育界ほか、各方面で活躍されておられます。皆さんは、本日、晴れてこの歴史と伝統のある学校の生徒になりました。銅駝美術工芸高校の生徒として、しっかりとした自覚と誇りをもって、志高く学習に取り組んでください。

 最近読み終えた本にこんな言葉がありました。「画家は自分の好きなもの、愛しているものをよく絵に描くんです。愛しているところに美があるからなんです。愛情と美は,はなれることができません」これは画家の猪熊源一郎さんの言葉です。『猪熊源一郎のおもちゃ箱』という本には、作品紹介とともに猪熊源一郎さんの画家としての生涯について書かれていますが、猪熊さんの住まいにあったお気に入りの家具のほか、おもちゃやガラス玉、ビンや石ころなどの小物、パレットから捨てた絵の具の塊まで、猪熊さんが「可愛い友であり、宝物である」と愛情を注ぐコレクションの写真も掲載されています。「美は何気なき所にも静かに存在する」猪熊さんはそう言いました。私は、この学校に来て、生徒の作品を見る度に、こんな場所を、こんなものを、こんな風に表現できるのかと驚くことばかりでした。私はこれまでたくさんものを見ながら、本当の意味でしっかりものを観ずに、美しいと感じる機会を逃してきたのだろうと思いました。ものをよく観れば、心が揺さぶられ、様々な不思議や感動が生まれます。猪熊さんは、東京美術学校時代、恩師・藤島武二さんに何度も「デッサンが悪い」と言われました。その言葉を受けて猪熊さんはずっと悩みながらこのような考えに至りました。「絵画とはそのものを描くのではなく、そのことを描くものなのではないだろうか」。そうして猪熊さんは、対象そのものをしっかり見つめ根本から理解し、しっかりと自分のものにする、そのことをずっと大切にしていたそうです。

 本校の学校教育目標は
・多様なものごとに触れ 美しさや本質を見出す
 「感じる心」を豊かにする
・主体的に取り組み 広い視野で柔軟に深く思考できる
 「考える力」を伸ばす
・幅広い美術の知識や技能を学び 自分の思いや考えを形にする
  「表現する力」を高める

の3つを掲げています。よくものを「観ること」「感じること」「考えること」「表現すること」は美術専門科目に限らず、すべての学びで大切なことです。どうか、皆さんは本校でこの営みを弛まず重ね、深く幅広い力を身につけてほしいと願っています。

 ところで、「美はどこにも隠れている」という猪熊さんは、「今あなたたちの身の回りにある常識的なことに、もう一度目を向けて考えて欲しい。」と言いました。自分自身が今までの経験や知識だけで判断していることをもう一度見直す、それですべてを判断しない、そのために私たちは学びます。以前、鴨川に架かる橋の下の水たまりを描いた生徒がいました。橋の下は昏い、そこにある水たまりなど気にかけたこともない私は、その水たまりに映る空を美しいと感じたと言う生徒の話を聞いて、自分の50数年の「当たり前」を覆されました。教育学者の汐見稔幸さんは著書の中で、「学ぶ」ことによって「偏見や思い込みから解放される」と書いています。人間は、学ぶことで新しい世界を知り、不安や恐怖を解消し、諍いや対立を解消してきました。「偏見や思い込みから解放される」ということは、自分のものの見方や考え方をこれまでよりももっと自由にするということです。皆さんは、美術に強い興味・関心をもち、ものを制作することに大きな意欲をもって入学してきたと思います。しかし本校は、美術だけを学ぶ学校ではありません。普通科の科目も含めて本校で提供するあらゆる科目、探究の時間、特別活動、すべの学びの時間を大切にしてください。これまでの好き嫌い、できるできないという感覚から離れて、新鮮な気持ちで向き合ってください。「学ぶ」ということは、単に知識の量を増やすこと、技術が上達することだけではありません。問題の答えを見つけるために学ぶというよりも、自分の五感を働かせ、問いや疑問をもつために学んでください。

 結びに、皆さんは一人ひとりかけがえのない存在です。そしてかけがえのない生徒が270人この学校で学びます。学校は、自分とは異なる多様な他者を知るところ、多様な他者を発見するところです。かけがえのない自分とかけがえのない他者の、存在と自由を共に認め合う、高めあうことを学んでください。

 今、私たちは、これまで経験しなかったような社会状況の中にいます。人工頭脳AIが発達し人間が時間をかけて考えなくても素早く答えが出せる時代でありながら、簡単に解決できない問題に直面しています。「学校とは何か、学校でできることは何か、学校でこそするべきことは何か」ということも問われています。猪熊源一郎さんは、「子どもは希望であり、喜びであり、創造力である」と言いました。私は子どもが学ぶ学校は「希望を創るところ」でありたいと考えています。今日から始まる銅駝での3年間、本校が「希望を創るところ」になるよう、皆さんとともに心を通わせ力を重ねていきたい、そのことを呼びかけ、式辞といたします。

令和2年4月8日
                京都市立銅駝美術工芸高等学校長
                          吉田 功

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行事予定
1/13 3年共通テスト説明会(3)(LHR/25号)
学校医健康相談(美術見学旅行)
1年専攻選択仮登録
1/15 午前中授業(3年)
1/16 大学入学共通テスト
1/17 大学入学共通テスト
1/18 3年共通テスト自己採点

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