最新更新日:2014/10/08 | |
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学校の概要
学校の概要
本校は,昭和22年陶化小学校内に「陶化中学校」として併設され,翌23年深草飯食町に移転,「藤森第二中学校」と称しました。昭和24年現在地に移転独立し,「陶化中学校」と再称し,現在に至っています。在校生徒数は1900名を超える(昭和37年度)規模の大きな学校でしたが,現在は230名余りの在校生徒数となっています。 また,校区には「陶化小学校」「東和小学校」「山王小学校」の3校があり,平成16年度には「京都市小中一貫教育特区」の認定を受け,三小学校一中学校による小中一貫教育の取組を続けていました。 校名の由来 古く平安京の都制を調べると,本校の所在地一帯は当時の左京八条と九条にあたり陶化坊と称せられていました。藤原摂家の一つ九条家の邸宅がこの地にあり,応仁の乱後この付近一帯は荒野と化し,居を構える人もありませんでしたが,江戸時代に再び九条家の邸宅が建てられ,『陶化御殿』と名付けられました。この邸宅には,庭園に若杉,梅樹が数多く植えられていましたので,当時の人々は「御杉御殿」とも称したと伝えられています。明治維新の際,九条家は東京に移され,その邸宅は庶民の教育のため,寺子屋として整備され,これが陶化小学校の前進となりました。本校の校名もその由緒ある地名にちなんで「陶化」と名付けられました。 校章・校歌について 校章は,「御杉御殿」と呼ばれたこの地の由来にちなんで,昭和22年美術科大野秀隆先生により,杉の木を図案化して作成されたものであり,若々しい杉の木がすくすくと伸びゆくことも意図されています。また校歌については,昭和31年校歌の募集を生徒評議会が発案し,応募生徒作品の中から三年生の村中充子さんの歌詞が採用され,音楽科加藤きく先生によって曲がつけられ,現在の校歌が制定されました。 校区のようす 本校は,京都駅の南に隣接する京都市南区東九条地域を中心とした,東西約1.2km 南北約1.7kmの範囲を校区としており,校区内にはJR京都駅八条口,地下鉄烏丸線九条駅・十条駅,市バス九条車庫などがある交通の要所でもあります。この地域は伝統野菜「九条ねぎ」の栽培で有名でした。九条付近の土壌がねぎの栽培に適していたうえに,熱心な農家の人々による改良もされたことから「九条ねぎ」の名が生まれたそうです。明治時代,牛肉が普及するにつれて栽培がさかんになったそうです。しかし,今では住宅,マンション,商業施設や工場が建ち並び,校区ではねぎ畑はほとんど見られなくなりました。 |
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