京都市立学校・幼稚園
最新更新日:2024/04/24
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「発見」「協力」「チャレンジ」

「人権」って…

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「人権って?…」 (※人権懇談会への手紙より 抜粋)
 みなさん、「人権」という言葉、どんなふうに思われますか?何か、かたくるしい感じや、おおげさに構えるような気分になりませんか。でも、決してそういうものではありません。
 私自身、「人権」という言葉を使うのはちょっと苦手です。その言葉を使っても、あまりピンとこないことが多いし、使いすぎるとあまりにも「嘘っぽく」感じるからです。
「人を大切にしましょう!」…そんなことは当たり前のことです。「人権」という言葉が街にあふれる中で、本当に人々は大切にされているのでしょうか。いじめや虐待は、毎日のように新聞やニュースにでてきます。「しね」「ころすぞ」という人に向けるべきではない言葉も子ども達の会話に今でも見られます。ネットが拡散する中、人権感覚に欠ける言動が世の中にあふれかえっています。私たちは「人」を大切にするためにどんなことを知り、どう行動していけばいいのでしょう。決して、「人権」は難しくて重いものではありません。みなさんの目の前に、日々の行動に、ひと言ひと言に、いっぱい詰まっているものです。「人権」という言葉を使わないでも、そこにいる生の人間と結びつく「人間としての心の持ちよう」がポイントです。
 そのために大切なことは、まず、身近な言葉です。「言葉は人をつくる」と言われるように、人は脳の中で言葉という道具を使って物事をとらえ、考え行動します。「しね」「きしょ」など相手をないがしろにする言葉からは、人を大切にする心や関係は決して育ちません。「ちくちく・とげとげ」ではなくて、「ほんわか・あったか」言葉を使うことは、身近な「人権」を実現する大切な要素です。
 また、世の中には「男女差別」や「同和問題」「障害者差別」「外国人問題」など、さまざまな差別が今もあふれています。そんな問題について、知る、考えることが、人権感覚を豊かにする大きな力になります。今日の懇談会などはその大切な機会だと思います。
 そして、私たちにとって何よりも「人権」の実践につながるものは「子育て」です。可能性がいっぱいの子ども達の力を信じ、支え続ける事が、何よりも「人権」を大切にしている証(あかし)です。一人一人がもつ個性や能力を存分に発揮し、「夢」をかなえていく子どもを育てていくことが、私たちにとって何よりも「人権」の取組だと思います。
 イギリスの批評家であるバーナード・ショーがこんな言葉を残しています。
「人類の発展と幸福に対し、誰にでもできて、最大の貢献は、子育てである」
 一人一人の子ども達が、日々、にこにこし、友だちと遊び、自由に学び、おいしく食べ、笑顔いっぱいに安心して育つことを温かく支える家庭や地域、社会をつくる事、それが私たちにできる一番身近な「人権」の実践です。
 そんな子ども達の「こころ」や「からだ」そして「いのち」を毎日、懸命に支えていただいている保護者のみなさまは、本当の意味での「人権」の実践者だと考えます。
 われわれ学校も、同じ思いで、徹底して子ども達を、そして一人一人の「いのち・こころ・からだ」を、大切にしていきます。
今からの懇談会、どうぞ、あたたかい気持ちになる、そして、子育てに力が湧いてくる時間になりますよう心から期待しています。

あなたのこと大切にしてるよ…

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『あなたのこと、大切にしてるよ…』

 先日、昔の教え子から突然の連絡が来ました。
 その子、担任をしている頃は手におえないほどのやんちゃで、友だち同士のトラブルは毎日、担任に対しても反抗するし、指導もなかなか届かずに、お母さんも困り果てている状態でした。毎日のように家庭訪問をしては、どうしたらいいのか話をしていた子です。家で勉強も見ましたが、すぐにノートを破って逃げ出してしまう始末でした。その当時は、教師としてその子のことでストレスがいっぱい、朝目覚めても今日はどうしようか、その子の顔がにくたらしく?浮かんでくる毎日でした。中学校でもうまくいかず、あまりいい噂をきいたことがないようなまま卒業し、そのままになっていました。
 「今どうしてるの?」とたずねると、「先生、ぼく結婚して子どもも二人いてる。子どもが学校行くようになって、ちょっと思い出したんや…」と、ポッとうれしくなる話でした。懐かしい姿を思い出しながら「いつも、叱ってばかりですまんかったな…」と言うと、「怒られてばっかりいたけど、なんか思い出したし…。」と言葉少なに、語ってくれました。いろんな思い出をひとしきり話した後、最後に「ありがとう ございました…」と言って電話が切れました。当時には想像もできなかった言葉、心の中で炎がともったような、熱くなる瞬間でした。その子のその後の苦労や、力強く生きてきたにちがいない姿に思いをはせながら、教師になってよかったと心から感じました。
 そのお母さんがいつも笑いながら言っていた言葉を思い出します。
 「親に逆らったり、きたない言葉を浴びせたり、子どもはどっちみち憎たらしくなっていく。だから、小学生までのまだまだかわいい時期に、いっぱいかわいがって、その子のいい笑顔をいっぱい頭に焼き付けとくんや。そうせんと大人になるまでめんどうみてられへん!」…今考えると、ものすごく力強いお母さんの言葉でした。
 一人一人の子にはどの子にも発達の階段があって、人や社会の関係にもまれながらも、ほとばしるエネルギーで懸命にそれをのぼっていきます。自我が目覚め、大人の世界を否定したり、反発したりする時期も必ずあります。その時の発達パワーはすさまじく、大人の理論や理屈ではおさえられずに、それが反抗したり道を外れたりすることも多くあります。でも、どの子も、自分が大切にされた経験やそれに伴うイメージやがあることで、目に見えない求心力でどこかへ離れて飛んでいくことなく、ブーメランのようにもどってくるのです。
 何をしてもなかなか成果が見えなくて、困ったり、ストレスをいっぱい感じたりする家庭での子育てや学校での教育活動ですが、今、目の前にいる子に対して、長い目で、心の底から「あなたのこと大切にしてるよ!」という姿をいっぱい示し、伝えていける大人・教師になりたいと、改めて思いました。

子どもの可能性は…

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 先日、京都駅にある「えき」美術館に行ってきました。京都駅の喧騒の中でホッとできるお気に入りの場所です。「巨匠たちが子どもだったころ」というテーマで、モネやムンク、ピカソ、平山郁夫など巨匠が小さい頃に描いていた絵や作品の展示会です。さすが美の巨匠、子どもの頃から驚くほど素晴らしい才能を発揮している作家もいれば、やっぱり子どもやな…と思える絵もありました。そこでなるほどと思ったのが、作家の多くに、子どもの思いや可能性を信じて支える家庭や環境があったことでした。
 私は小さいころから絵は大好きでした。外で遊んでばかり、親は共働きで、どちらかといえば放ったらかし、絵心もあったわけではないですが、ただ、家の本棚に「世界美術全集」という30冊からなる作品集がありました。有名な絵画や作品がいっぱい、その造形や色彩の豊かさに心をうばわれ、むさぼるように読み返していた記憶があります。そんな経験が、今、絵を見たり描いたり、風景や人間への好奇心や関心につながっているのだと思います。
 今年も夏休みに学校で、いろんな講師の方を招いて研修をしました。その中で、ある大学の先生がこんなことをおっしゃっていました。「子ども達の学力やコミュニケーション能力、言語力に影響しているのは、学校での授業や読書も大切なのですが、それ以上に家庭で本があるか、そして豊かな言葉でやりとりする環境が家庭にあるかどうかが重要、という統計学的なデータがあります(要約)」
 子ども達には、一人一人さまざまな、そして思いがけない力があり、それに光を当て、自分で気づくことができるように、いろんな経験や場を用意し、そして何よりも一人一人の可能性を信じて支え続けられる家庭や大人の存在が豊かな育ちにとって非常に大切だと。
 話はかわりますが、この前、京都出身の世界的な指揮者である佐渡裕さんの小学生の時の担任だった校長先生と話をしました。その話の中で、担任として、いろんな力を伸ばしたいと、音楽の時間に指揮をさせたり、フルートを経験させたり、音楽以外にもリレーの特訓をして自信を持たせたり、クラスの一人の子として働きかけたとのことでした。そのことが、一人の偉大な音楽家の力を目覚めさせたのかもしれないと感じる話でした。
 学校も家庭も、子ども達の目に見えるその時の姿だけではなく、一人一人の見えにくいけど必ずある可能性を、こんな子に育ってほしいと願い、信じながら、環境や場をいっぱい用意していくことが、一人一人の豊かで幸せな生き方の実現につながるのだと思います。
巨匠でも天才でも、普通の人でも子どもの可能性はみんな一緒。大切なのは、その子に大人が与えた場や環境、そしてそれを用意できる人との出会いなのかな…、そんなことをいっぱい考えながら、ピカソの子どもの頃の絵をながめる美術館での時間でした。

「困った子は…」教師として思うこと

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『困った子は…』教師として思うこと

 学校で仕事をしていると、子ども達のことで思うようにいかずイライラすることはよくあることです。何回も話をしてもやんちゃを繰り返したり、当たり前の約束を守れなかったりする子もいます。そんな時、部屋に張ってあるこんな言葉に目をやります。

『 困った子は、困っている子 』

 困った子やな…、何回言ったら分かるねん!…と考えるのではなく、困っている子だからこそ、そこを何とかしてあげる、その子の「困り」の部分にしっかり光を当てて、いっしょにその子の中でもつれた糸を解いていくことが大切だと…。

 例えば、乱暴な言動が目立つ子の話を聞いていると、家で弟が生まれて、今までひとりじめしていたお母さんが、あまりかまってくれないとか、「くそ〜」とか「しね〜!」とか言葉が気になる子の生活を聞いてみると、誕生日に買ってもらったゲーム(敵を倒す、悪者を退治するといった)ゲームを毎日何時間もやっていたとか、気になる言動の裏には必ず何らかの「困っている」状態があるのです。

 以前の学校で、こんな子がいました。
 毎日のように遅刻をしてくるので、「なんでなん?!」とたずねると、朝に頭やお腹が痛くなると言うのです。教室では元気いっぱいに活動ができるのに、これはおかしいと思い、じっくり話を聞き、いろんな話をする中でこんな事を言ってくれました。「お母さんが疲れていて、朝起こしてくれへん。でも、それを言うたら、きっとお母さんが先生に怒られるから、僕がしんどいと言うてた、ごめんなさい…」
 遅刻ばかりしてくる「困った子」が、そんなけなげなお母さんへの思いを持っていたことにハッと気が付き、「困っている」背景を考えようともせず叱っていたことに、教師として、また大人として恥ずかしく感じる一方、その子の事をいとおしく感じる瞬間でした。

 子ども達はまだまだ未熟です。育ち方や、生まれもった性格や個性もそれぞれ違って当たり前です。一律の指導からはみ出してしまう子もいるのは当然のことです。特に、発達面に偏りがあるとか、育ちの中でしんどい状況があった子については、生まれ持った特性や歩んできた道を知っておかないと、大人が良かれと思いしている働きかけが逆効果になる事さえあるのです。
 「困った子」だと嘆く前に、一人一人の子の「困っている」ところをしっかり感じられる大人になりたいと、張り紙を見ながら思う毎日です。

 その子は話の最後にこんな言葉で部屋を出ていきました。「お母さんを怒らんといてな…」

学校は、まちがうところ

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『教室は まちがうところ…』

 最近、校長室に子ども達がよくやってきます。やじろべえや紙コプターを作ったり、お話をしたりしながら、そっとその子の心の中の風景に入っていきます。教室ではけっして見せない一人一人の世界でふれ合うと、いろんな発見があって、うれしくなったり悲しくなったり、また、力をいっぱいもらうこともよくあります。
 先日、一人の子がやってきました。部屋の中を興味深げにきょろきょろしながら、クラスのことや友達のことをいろいろ話してくれました。でも、勉強の話をしている中で、ときどき見せる何か考え込むように目の輝きがくもることがあり、気になったので「今のうれしいこと、困ったこと」の発表合戦をしました。
 その子のうれしいことは、もうじきやってくる誕生日にお寿司を食べに行くことでした。お家の人と約束をしたのでしょう。家族とのお出かけがよほどうれしいのか、食事をしながらいっぱい話をしたいことがあるのか、話を進めるうちに目がキラキラ輝いていました。
 困ったことは?と話しかけると、うーん…と考えてから、勉強がむずかしいとか、宿題が多いな、とか話しているうちに、ぽつりと「なかなか手があげられへん…」とぽろりと言いました。以前、授業中の発表のとき、まわりの子ども達から笑われたことがあったようで,それ以来、なかなか自分から発表しづらい気持ちをずっと抱えているようです。その場にいたまわりの子や先生は、決してわるぎがあったわけではないと思うのですが、ちょっとした一言や態度が、ある子には長く響き続けることはよくあることです。
 「まちがったり失敗することが大事な勉強で『教室はまちがうところ…』、どんどんまちがって、かしこくなってな!」と話をしたところ、少しだけ表情がゆるみました。世界の発明王といわれるエジソンのことばを思い出し、それも伝えました。
「わたしは失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまくいかない方法を見つけただけ」
 私たち大人も、子どもの頃からうまくいかないこと、失敗からいっぱいのことを学んできました。うまくいくように自分で乗りこえていくことから、「生きる」知恵や力が育まれます。私たちにとって大切なのは、子どもらの力を信じて、自分で考え乗りこえられる場や時間を用意してあげること、そして、何より、うまくいかないことや失敗を、認め、ほめ、支えきることです。教師も学校も、そんな関わりができているかなと考えながら、ベルが鳴って「また来ていい?!」とにっこりして部屋を出ていくその子を送り出しました。
 「うまくいかなくていい、失敗していい、すべて君の大切な学び。応援してる!」

学校だより5月号「わたしを わすれないで」

『わたしを わすれないで…』

  暖かいというか、暑いというか、夏の到来を思わせる連休週間に突入しました。子ども達もずいぶん学校生活に慣れてき、友だちとの関係も広がってくる中、それぞれの子ども達の本当の姿、それぞれのいいところや抱えているしんどいところなどが、ぼちぼちと学校であふれてきているように感じます。そんな一人一人の子どもらの思いや願いに、しっかりと応えていける一人一人の教職員や学校をめざしていきたいとあらためて心に刻むこの頃です。
 今、学校は春を迎え、いろんな花が咲き乱れています。山の斜面には赤や白のつつじ、ビオトープには紫のあやめ、足元を見ると黄色のタンポポやカタバミなど、何十種類もの花の姿があり、自然豊かな宮山にうっとりしてしまいます。
 先日、ある子が「こんなのあった、きれい」と言いながら花を見せてくれました。今までかかわることも少なく、名前もうろ覚えの子でしたが、「かわいいな、見せてくれてありがとう」と言いながら、その花を見てハッとしました。それは「忘れな草」、英名でForget me not(私を忘れないで)、その子のメッセージが込められていたように感じました。
 教師は日頃の指導の中で、どうしても目立った子どもに目が行きがちです。職員室の会話でも、やんちゃな言動が目立つ子や学習の面で気になる子の話が多いのも確かですが、宮山校には250人近くの子ども達がいて、一人一人、熱い思いや願いをそれぞれいっぱい持っています。そんな中で、見過ごされがちな子ども達にも同じように目が行き届き、気配りができる教師や学校でありたいと思います。
 学校に今咲いている花の中には、名も知られず、気づかれもしないものも多くあるでしょう。でも一つ一つ、一生懸命に陽の光に向かって、色とりどりの姿で、けなげに自分をアピールをしているのです。そんな一つ一つの美しさや懸命な姿に気づき、いっしょに喜びを感じられるような人にもなりたいと思います。
 花を見せてもらった子のことを、名簿を見て確かめながら、小さいけれどきれいに咲く花を、また一つ宮山で見つけたような気になったひと時でした。

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学校便り 4月号より 「

≪28年度 学校教育目標≫ 『やさしく、たくましい心の力で、
高め合い 自ら「自己実現」をめざす宮山の子』
     
ウグイスの鳴き声が宮山に響き、あたたかい風の中、ワクワクするような一年がスタートしました。3月の卒業式や離任式で、さみしい不安な気持ちにもなりましたが、4月に入って、また新しい1年生や教職員との出会いがあり、期待もいっぱいふくらみ、新しい体制のもと、子ども達の輝く姿がいっぱいの宮山小学校になるよう、決意も新たにしました。
 さて、本校の今年度の学校取組の柱となる教育目標は
「やさしくたくましい心で、高め合い、自ら『自己実現』をめざす宮山の子」です。
 現代社会は急激に変化し、子ども達の育つ環境も大きく変わってきています。そんな大きな世の中のうねりの中でも、たくましく自分の力で生き抜いていける子ども達の力をつけるため、「学び」を生きる力につなげていけるような取組を大切にしていきたいと考えます。『自己実現』というのは簡単に言うと「なりたい自分になる」ということです。一人一人のいろんな可能性を広げ、願った道を自分で選びながら進める力をつけることは、子ども達が豊かに幸せに生きる大きなポイントです。
子ども達は日々、爆発的に成長していきます。ただそれを自分の中で整理しきれず、どこに向かうのかさまよっている子も多いです。そんな子ども達をしっかりはげましながら支え、一人一人のもつすばらしい力を活かしていくことが教育のそして学校の大切な役割です。
 始業式ではこんな3つの話をしました。
1.「勉強をしっかり」…学校での一時間一時間の授業を大切にし、家庭学習を充実させることで、学ぶことの楽しさや喜びをいっぱい感じてもらいたいです。自ら学ぶ力は、いろんな夢や将来の道が広がることにつながり、なりたい自分になれる、まさに「自己実現」につながります。学校も楽しくワクワクするまなびがいっぱいの場にしていきます。
2.「早寝。早起き、朝ごはん、歯磨き」…勉強も遊びも、そして心の育ちも、まず健康な体が土台です。生活リズムをしっかり整え、すっきり元気な体で力を伸ばしてほしいです。
 おうちのほうでも、ご協力をよろしくお願いいたします。
3.「ことばを大切に」…ことばは考えるための重要な道具で、ことばはその人をつくります。その人の脳そのものともいえます。豊かで温かいことばをいっぱい使える人は、豊かで温かい生き方ができるでしょう。特に、今年度の宮山小学校では「ありがとう」という言葉をあふれさせたいと考えています。
子ども達の瞳が未来をしっかりと見つめ、生き生きとした笑顔があふれる学校になるよう努力して取組をすすめていきますので、これからも、さらなるご家庭、地域のみなさまのご理解、ご協力をいただきますよう心からお願いいたします。

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学校行事
11/2 保健の日
11/5 全市サッカー交流会
11/6 醍醐安全フェア
11/7 朝会 クラブ活動
京都市立小栗栖宮山小学校
〒601-1461
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