京都市立学校・幼稚園
最新更新日:2024/05/20
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明徳小学校 学校教育目標 「人とのつながりの中で、自ら学び、考え、これからの社会をつくりだす子ども」

弥生(三月)  春の日に

 柔らかな春の光が窓から差し込むようになりました。桃の節句が過ぎると一雨ごとに温かさが増していきます。校庭の花壇やプランターにも,パンジーやビオラ,フリージアなど可愛い花が咲き始めました。季節は確実に春へと動いています。
 3月に入るとすぐに雛祭り。その3月3日の桃の節句が済めば,あとは彼岸を待つばかり。。昔から言われているこの頃を表すことばもいくつかあります。「奈良東大寺のお水取りが済めば」「三寒四温」で少しずつ季節が進み,「暑さ寒さも彼岸まで」。春を待ちわびる人々の心が,今に伝えていることばなのでしょうか。
 3月も半ば過ぎになると,一気に春めいてきます。そんな中,学校では,卒業式を迎えます。今年も,巣立ち行く6年生の子どもたちを温かく送り出したいと思っています。出会いと別れの春。毎年のことですが,喜びと共に一抹の淋しさを味わうこの時期。何とも言えない気分になってしまいます。でも,全ては,次への飛躍のため。新たな旅立ちを祝う心で臨みたいと思います。
 さあ,出発です。「心の準備は,できましたか。」

今月の歌

 春は名のみの風の寒さや
 谷の鶯歌は思えど
 時にあらずと声も立てず
 時にあらずと声も立てず
                 吉丸 一昌

 石激る垂水の上の早蕨の
       萌え出る春になりにけるかも
                志貴皇子


 生命噴く季の木草のささやきを
       聞きて眠りあう野の仏たち
                生方たつゑ



 春の夜の夢の浮き橋とだえして
        峰に分かるる横雲の空
                 藤原定家


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如月(二月) 「春を待つ心」

 二月は,本来であれば,まだまだ厳寒の候。雪が舞う日も多く,マフラーや手袋が手放せないものです。冬型の気圧配置も続くはず。温暖化の進んだ現代の冬。今年の二月はどんな気候になるのでしょうか。
 さて,二月に入るとすぐに「節分」があります。冬と春との季節の分かれ目とされる日です。この節分の日には,無病息災や五穀豊穣を願って日本各地で様々な行事が行われます。その中でも「豆撒き」が一番一般的な行事でしょうか。「豆まき」をされるご家庭も多いことと思います。幸福を招き入れると同時に,この機会に自分の心の中の鬼も追い出してしまいたいものです。
 そして,節分の翌日が「立春」。春の始まりとされる日です。科学的に言うと「冬至」と「春分」のちょうど中間点,それが立春になります。「春は名のみ」と昔から歌われていますが,この日からは春に向かうという人々の喜びの心が凝縮されたような言葉です。そして,この立春の日からは,わずかな春の兆しを見つけるという新たな楽しみが生まれてくるようになります。
 学校の校庭の樹木も花芽をしっかりとつけ,訪れ来る春をじっと待っているようです。二月後半からの梅の季節が過ぎれば,巣立ちと別れの春はすぐそこに。子どもたちの成長を静かに見守っていきたいと思います。

  今月の歌

 山深み春ともしらぬ松の戸に絶え絶えかかる雪の玉水     式子内親王

 梅一輪 一輪ほどの あたたかさ              服部 嵐雪

 君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る    紀 友則

 願わくば花のもとにて春死なむその如月の望月の頃      西 行
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新春に寄せて

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 新年,明けましておめでとうございます。今年は,寒波が訪れ,木枯らしが吹き抜け,底冷えのする京都の冬らしい正月となりました。冷え込みも相当なものです。温かな正月もいいのですが,厳しい寒さの中の正月も,身の引き締まる思いがして格別です。
 正月と言えば,以前は,親戚一同が集まり,大人数で新年を祝ったものでした。家中をたくさんの子どもたち(孫たち)が走り回り,それはそれは,賑やかなものでした。最近では少子化と核家族化が進行し,そのような姿を見かけることは少なくなったようです。人間同士のつながりが,希薄になったようで少し寂しいような気がしますが・・・。 
 初詣は,地元の神社に出かけました。今年も大勢の人出がありました。住みにくくなった都会の生活。不景気に追い打ちをかけたドバイショック。この時代や世相の中,人は何を神にそして自分自身に願うのでしょうか。神殿に向かい手を合わせる人の背中に,自分の姿が重なる不思議な時間でした。
 学校は冬休みで静かです。でも,職員室では,先生たちが日頃できない事務処理や冬休み明けの準備をしています。8日に子どもたちが元気に登校してくるのを待っています。

 明徳小学校では,今年もいい年になりそうです。そんな予感のする年の始めでした。

 今月の短歌

 新しき年の始めの初春の 今日降る雪の いや重け吉事
                        大伴 家持

 埋み火に 少し春ある心地して 夜深き冬をなぐさむるかな
                        藤原 俊成

 しらしらと氷かがやき 千鳥鳴く 釧路の海の冬の月かな
                        石川 啄木

12月(師走雑感)

 LEDライトをちりばめたイルミネーションが輝き,街はすっかり師走の色に染め上げられています。今年も残りわずかとなってきました。
 吹き抜ける風,舞い散る落ち葉に冬の到来を感じます。マフラーやブーツというファッションもすっかり冬の風物になりました。ただ,生活様式の変化がもたらしたものなのか温暖化の影響なのか,以前のように厚手のコートに身を包む姿を見かけることが少なくなりました。時代と共に街の風景も変わっていくようです。
 12月は,人権月間。一人一人の命や心が大切にされること。そして,国や社会の良識が問われ,見直す機会だと考えればいいのだと思います。また,個人としても,自分の周囲のたくさんの人々に思いやりのあふれる言動がとれているかどうかを見つめ直すことが必要ですね。他者の心の痛みは分かりにくいものです。知らず知らずのうちに人の心を傷つけてしまっているかもしれません。口先だけでない心からの愛と優しさが自分の心に宿っていて欲しい物です。
 愛と優しさは,人の心を動かします。そして,ただ,それだけにとどまらず,人を行動させる強い力をもっています。昔話の「北風と太陽」の話,然り。齋藤隆介の物語の世界,然り。サブプライムローンに端を発する経済危機が全世界を覆う,暗い時代。そんな時代であるからこそ,私たちは本物の価値を見つめ直す必要があるのだと強く思います。人間として大切な物を見失うことがないようにしたいですね。

今月の歌

夕焼け空 焦げきわまれる下にして 凍らんとする湖のしずけさ
                        島木 赤彦
淡海の湖 夕浪千鳥汝が鳴けば 情もしのに古念ほゆ
                        柿本 人麻呂

吾が背子を 大和へやると小夜更けて 暁露に 吾が立ち濡れし
                        大伯 皇女

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行く秋に寄せて(霜月)

 11月に入り,吹く風に冷たさを感じるようになりました。季節は晩秋から初冬へと動こうとしています。すっかり色づいた銀杏やプラタナスの葉が街路を染め上げています。落ち着いた京都の街がとっても美しい季節。観光名所には自動車や人の波が続きますが,この時期の京都は,どこを歩いても古都の魅力に出会うことができます。京都の街はゆっくりと歩くのが似合う街。深まり行く秋の風情を感じてみたいものです。
 今月は「霜月」。霜月と言えば,「モチモチの木」(齋藤隆介 作)を思い起こしてしまいます。豆太がモチモチの木に灯がともっているのを見たのが,霜月二十日の晩のこと。今の暦でいうと,12月20日前後になります。(陰暦は現在の暦とは一ヶ月あまりずれています。)大好きな「じさま」を助ける
ために夜道を必死で走る豆太。その豆太の足に霜がかみついたというのも頷けます。弱虫豆太の行動と「人間,やさしささえあれば,やらなきゃならねえことは,きっとやるもんだ。」と語るじさまの言葉が,心を温める作品でした。
 学校では,11日に学習発表会を行います。各学年・学級ともに練習に懸命に取り組んでいます。子どもたちが意欲を持ち,目的に向かって活動する姿が現れることを期待しています。
 しかし,インフルエンザの流行は,これからも拡大する傾向にあるようです。状況次第では,一斉に体育館に集合することを避ける方向で判断をさせていただくこともあると思います。ご理解・ご協力をお願いいたします。

11月の歌
    心なき身にもあはれは知られけり鴫たつ沢の秋の夕暮れ
                              西 行

    金色の小さき鳥の形して銀杏散るなり夕日の丘に
                              与謝野 晶子

    降り立ちて 今朝の寒さに驚きぬ 露しとしとと柿の落ち葉深く
                              伊藤 左千夫 
 
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秋本番!(10月「神無月」)

薄の穂が伸び,畦道には彼岸花が鮮やかな紅色を浮かべています。秋が深まっていくのが確実に感じられます。
 街中を歩いていても,角を曲がったところで,どこかから金木犀の花の香りがそこはかとなく漂ってくることがあります。青春の思い出にも例えることができる甘い香り。その香りにふと過ぎ去った日を思い,なつかしい面影が浮かぶのは私だけでしょうか。
 いよいよ秋本番。読書に,スポーツに,芸術に,行楽に。何をするにも快適な時候となります。
 学校では,4・5年生が,8日から10日まで,2泊3日で「みさきの家」の野外学習にでかけます。磯の観察や野外炊事,キャンプファイヤーなどを体験します。天気がよければ,夜には天の川も見ることができます。さて,今年はどうでしょうか。台風が近づいているのが,気がかりです。
 前期が終わり,後期がスタート。子どもたちは,落ち着いて学習ができています。
 本来,学びとは楽しいもの。新しい事を知る楽しさ,できなかったことができるようになる楽しさ,新たな体験ができる楽しさ。たくさんの楽しさや喜びがあります。その楽しさを苦しさに変えてしまうことのないよう,授業をしっかり行うことが大切だと考えています。繰り返しや反復も必要ですが,それが学びの本質ではありません。これからも,子どもたち一人一人が教科の本質に触れた楽しさを味わうことができる学習を目指し工夫を積み重ねたいと思います。
保護者の皆様にも,そのような目で,お子たちの学びを見つめてあげてください。

葛の花ふみしだかれて色新し この山道を行きし人あり     釈 超空

白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒はしずかに飲むべかりけり  若山牧水

我が心澄めるばかりに更けはてて 月を忘れて向かう夜の月   伏見院


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秋の夜長にもの思う(長月)

秋の夜長にものを思う
    
 秋桜が優しく揺れ,移りゆく時とともに,秋の気配が感じられるようになりました。
 草むらから聞こえてくる虫の声が,夜の静けさをいっそう際だたせます。魂を呼ぶ寂寥の声,心しめつけられる秋の闇と月の明かり。蟋蟀が哀しく語りかけてくるようです。そう言えば,夜のしじまも少し深みを増したような・・・。
 読書をしたり,音楽を聴いたり,思索にふけったり。秋の夜長はなぜか,静かに過ごすのが似合います。心にしみ通る季節の色がそうさせるのでしょうか。心ざわめいた夏。その反動が落ち着きを求めさせるのかもしれません。
 自然と季節の移ろいは本当にうまくできているものですね。感心してしまいます。そしてその自然のリズムに合わせて生きてきた私たち日本人は,このような季節の変化を鋭敏にとらえる感性を身に付けたのでしょう。日本人の長所として意識しておきたいところです。
 秋,収穫の季節です。学校でも目をみはる子どもたちの成長を感じる時期でもあります。4月から,手塩にかけて育ててきた結果が見え始めます。今月は「日曜参観」もあります。ぜひ,学校に,教室に足をお運びいただいて,子どもたちの育ちをお確かめください。

9月の歌

 秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる
                    藤原 敏行


 木の間より 漏り来る月の影見れば 心づくしの秋は来にけり
                    詠み人知らず

 名月や池をめぐりて夜もすがら
                    松尾 芭蕉

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8月(葉月) 夏休みに思う

 
 今年は,天候不順で,梅雨が明けないまま,8月に入りました。照りつける夏の陽射しがあまり感じられないのも何か淋しいものです。
とは言え,京都の夏は,やはり猛暑の印象が強いですね。盆地特有の気候で,暖められた空気がたまりやすく,厳しい蒸し暑さが続くのが普通です。
 もう間もなく梅雨も明けることでしょう。8月の太陽が照りつける時,「京都の夏」を実感することになります。
 学校は,夏休み。学習会に参加する子,プールにやってくる子,部活動の練習にくる子。休みとは言えど,たくさんの子どもたちで賑わっています。どの子の顔も陽に焼け,たくましさを増しています。真っ黒な顔からのぞく白い歯,そして,笑顔。近年,見ることの少なくなった底抜けに明るい子どもの笑顔が溢れる時期。それが,夏休みなのかもしれません。
 おとなも子どもも,ストレスを感じやすくなった今の社会。ゆったりとした時間の中で人や自然と触れ,豊かな人間性を回復したい。そう思うのは私だけでしょうか。

8月(葉月)の歌

 枝に洩る 朝日の影の少なきに 涼しさ深き竹の奥かな
                京極 為兼

 考えて飲み始めたる 一合の二合の酒の 夏の夕暮れ
                若山 牧水

 閑かさや 岩にしみいる 蝉の声
                松尾 芭蕉


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「七夕によせて」 7月

七夕によせて

 七月に入ると,京都の街は祇園祭の雰囲気に包まれ始めます。鉾が立ち,お囃子の音が流れ,京都の夏は一気に加速してして行きます。宵々々山,宵々山,宵山と祭気分が盛り上がり,山鉾巡行の日には大勢の人出も見込まれ,最高潮に達します。
 毎年,梅雨明けの時期と重なることが多く,雷雨の中の宵山見物というのも珍しくないようです。山鉾巡行が終わると,京の街に本格的な夏が訪れます。そして,京都盆地特有のうだるような暑さがやってきます。
 さて,七月と言えば,やはり七夕伝説が思い起こされます。中国から伝わった七夕伝説では,織女と牽牛とが年に一度だけ逢うことを許される日, それが7月7日。
 現在の暦では7月7日は梅雨の真っ最中。天の川をはさんで輝く織女星(こと座のヴェガ)と牽牛星(わし座のアルタイル)を七夕の夜に眺めることはなかなかできません。しかし,旧暦の七夕は今の8月10日前後。有名な仙台の七夕祭りなど昔からの七夕祭りはその時期に行われることが多いようです。その頃なら,夜空も晴れ渡り, 星もきれいに見ることができます。明かりが少ない場所からだと今でも,天の川を見ることができます。夏休みに,海や山に出かける機会があれば,ぜひ夜空を見上げてほしいものです。私たちの住む銀河系の姿を眺めるなんて,素晴らしいと思いませんか。
 さあ,子どもたちの大好きな夏休みは,もうすぐそこに。陽に焼けた「太陽の子」たちが輝く季節です。自然とふれ合い,たくましく育ってほしいですね。


7月(文月)の歌

庭の面は まだかわかぬに 夕立の空 さりげなく澄める月かな
                      源 頼政

もの思へば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる 魂かとぞみる
                      和泉式部

荒海や 佐渡によこたう 天の川       
                      松尾芭蕉

  
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梅雨の風景

 梅雨の晴れ間の太陽が,木々の緑に初夏の輝きを投げかけています。明徳小学校のある岩倉地域では,田植えが済み,水をたたえた田んぼに蛙の声が響くようになりました。
 六月と言えば,やはり入梅。続く長雨に気分が滅入るような気がするのは,都会の住人だけ。命の恵みとも言うべき雨。ちょっと郊外に出かけ,木々の緑や,田畑の農作物を目にすると,雨の時期の貴重さがよく分かります。日本の風景には,五月雨(梅雨のこと)がよく似合う・・・,そう感じるのは私だけでしょうか。
 そう言えば,『さつき』と『めい』の姉妹がバス停でトトロと出会うのも,この季節だったような。雨傘と地蔵堂,それに降りしきる雨と紫陽花。失われつつある日本の風景に対するノスタルジアが,おとなの心にも風を運んだ作品でした。
 明徳小学校では,運動会,プール開きと子どもたちの大好きな行事があります。きらめく陽光がプールの水面に揺れ,季節は,一気に夏へと。子どもたちの元気な顔がどんどん日に焼けてたくましくなっていきます。
 全ての生命が,ぐんぐん育ち行く季節。子どもたちの成長に,拍手!

水無月(六月の歌)
                    若山 牧水
  幾山河越えさりゆかば 寂しさの果てなん国ぞ 今日も旅行く

                    佐々木 信綱
  卯ノ花の匂う垣根に 時鳥早も来鳴きて 忍び音もらす 夏はきぬ

                    松尾 芭蕉
  五月雨を 集めてはやし 最上川
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学校行事
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京都市立明徳小学校
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