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最新更新日:2025/06/26 |
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創立記念日
本日、10月20日は堀川高等学校の創立記念日です。創立105周年です。
明治41年(1908年)京都市立高等女学校が開校し、大正11年(1922年)京都市立第一高等女学校と改称しました。次いで昭和3年(1928年)京都市立堀川高等女学校と改称し、昭和23年(1948年)学制改革により新制高等学校が編成され、同年10月20日に京都市立堀川高等学校が開校しました。 グラウンド北西角に、メモリアルコーナーが設置されています。(写真) ![]() 小中高総ポスター発表会
10月19日(土)、堀川高校本能館で小中高総ポスター発表会が行われました。
発表校は、小学校5校、中学校12校、高校4校で、発表児童・生徒数197名、パネル総数122枚という盛大な発表会となりました。参加者は、発表児童・生徒197名、見学児童・生徒31名、保護者84名、学校関係者180名、総数486名でした。 13時15分に開会式が始まり、京都市教育委員会学校指導課清水課長、堀川高校川浪校長の挨拶に続き、堀川高校2年生阿部哲士くんが、発表者における3つの心得を参加児童・生徒の皆さんに伝えました。 心得その1:聞き手に質問を促そう。 心得その2:対話型の発表をしよう。 心得その3:最後まで諦めずに発表しよう。 そして、13時30分からポスター発表が開始されました。最初は緊張していた発表者も、何度も繰り返し発表し、質問に答えているうちに、発表時間の最後では、対話型の活発な発表ができるようになっていました。聞き手も同じく質問の仕方がうまくなり、対話型の発表を作り上げていました。 発表会終了後、発表者全員で2つの部屋に分かれて交流会を行い、次につなげるために、今日の総括を行いました。 写真上:開会式で3つの心得を伝える阿部くん 写真中:発表会場全体の様子 写真下:対話型発表の様子 ![]() ![]() ![]() 平成25年度後期始業式
10月15日(火)、本校アリーナで後期始業式が行われました。校歌斉唱の後、川浪校長からの「実りの秋。学問に深くのめり込むのもいいんじゃないか。自らを高める季節にしてほしい。」というお話があり、次に、陸上部と剣道部の伝達表彰を行いました。最後に学校生活部長の松尾先生から「『小さな大人』となるべく、高みをめざし、ひとりになれるよう、自己管理能力をしっかり身につけよう。」というお話がありました。
写真上:陸上部表彰の様子 写真中:剣道部表彰の様子 写真下:松尾学校生活部長のお話の様子 ![]() ![]() ![]() 終業式にて
7日の終業式の様子を紹介しました。その日は前期末考査最終日で,考査を終えた生徒がアリーナに集合。9月までに優秀な成績を上げたクラブや個人を表彰した後に,全校生徒に向かって話をしました。
堀川の体育系部活動の初期の歴史を刻んでいただいた2人の女性(人見絹枝さん,松崎操さん)と,ご寄贈いただいた文集冊子と色紙を紹介するかたちで生徒に話しました。 以下,話の内容です。 ただ今,各大会において立派な成績を収めてくれた体育系・文科系部活動の個人・チームの表彰を舞台上で行いました。この舞台に立たなかった人も含めて,満足できる結果が得られた人も,悔いが残る結果に終わった人もいるのではないかと思います。結果はどうあれ,そこに至る過程を振り返ることで,今回の結果が次の飛躍につながることを強く願っています。 前期の終業式にあたり,堀川高校に関係がおありの2人の女性についての話しをします。お名前は,それぞれ人見絹枝さん,松崎操さんです。 人見絹枝さんは,1928年のアムステルダム大会陸上競技女子800m競走で銀メダルを獲得された,日本女性初のオリンピックメダリストです。また,松崎操さんはその人見絹枝さんの教え子の方です。 松崎さんは,残念ながら平成19年12月にお亡くなりになりました。その追悼の意味を込めて発刊された文集冊子「詩曼荼羅2」です。(文集冊子を紹介しました)。松崎さんや友人の方が当時を振り返り,書かれた文章が載せられています。松崎さんは俳句がご趣味で,ご自身がつくられた俳句も載せられています。また,この色紙は,人見絹枝さんから松崎さんに渡された,直筆の歌が書かれた色紙です。(色紙を紹介しました)。 時は,堀川高校の前身の京都市立第一高等女学校が京都市立堀川高等女学校に変わる1925年,今から88年前のことです。人見絹枝さんは当時18歳,4月に第一高等女学校(その後堀川高等女学校)に赴任された新任体育教師でした。そして,松崎さんは人見絹枝さんにあこがれて陸上競技を始められ,人見絹枝さんから直接指導を受けられました。 当時はまだ,女性が人前で肌を見せたりすることはタブーとされ,女性スポーツが認知されているとは言えない時代でした。しかし,大正デモクラシーの流れに乗って,開拓者の精神に富んだ第一高等女学校では,ちょうど人見絹枝さんの赴任と歩調を合わせるように,陸上競技やバスケットボールなどの体育クラブが誕生しました。ここが堀川の体育系部活動の原点と言えると思います。 当時を記す資料には,人見絹枝さんが,草ぼうぼうの運動場の隅を掘り起こし,ピットをつくり,バレーボールやバスケットボールの指導を終えた後に,一人残って練習をしていた。また,陸上部に入った松崎さんが,短パンで指導する姿の人見絹枝さんと仲良く走っておられたとの記述があります。 人見絹枝さんは,当時は学校の教師はプロと見なされ,競技会の出場が制限されるという決まりがあり,惜しまれながら4ヶ月で堀川を去り,母校の体育学校に戻られたと記されています。 松崎さんは,たった4ヶ月の短い期間でしたが,一生懸命練習に取り組むことを教えていただいた,人見先生の教えをもとに卒業まで堀川高等女学校で勉学やスポーツに励むことができたと話されています。 その後,人見絹枝さんは,女子のオリンピック参加が初めて認められた1928年のアムステルダム大会で銀メダルを獲得され,日本人女性初のメダリストとなったことは冒頭で紹介しました。陸上のトラック種目での女性メダリストは,それ以降まだ一人も出ていません。 松崎操さんのご子息の方,この方も堀川高校の卒業生ですが,本校にお越しになり,お母様のお話しを伺うことができました。そして,この文集冊子「詩曼荼羅2」と,人見絹枝さんの直筆の歌が書かれ,お母様が大切にされていた色紙をご寄贈いただきました。 ご子息からは,母校の堀川高校の生徒がいろいろなことにチャレンジして,よく頑張っている姿を見て大変嬉しく思うこと,また,人と人との絆を大切にして高校生活を送ってほしいというお言葉をいただきました。 それぞれの時代で,人と人がつながり,新たなことに挑戦することで堀川の歴史が刻まれてきました。皆さんは,これからの堀川の歴史をつくる若者です。その作業は,堀川で学校生活を送る時間はもちろん,その先もずっと続くものと考えます。一人一人がどんな堀川の歴史を刻むのか,そのために何をなすのか,真剣に考えて実践してください。小さなことに対しても挑戦しようとする気持ちを忘れず,仲間や先生方とのつながりを大切にして,一日一日成長してくれることを願っています。 ・・・ 校長 川浪 重治 ・・・ 写真上:文集冊子「詩曼荼羅2」 写真下:人見絹枝さん直筆の歌が書かれた色紙 ![]() ![]() 前期終業式
昨日、10月7日11時55分から、アリーナで前期終業式が行われました。伝達表彰の後、川浪校長から式辞がありました。(堀川高校HP「校長室から」で式辞の詳しい内容をアップします。)
今日から秋休みとなります。短い期間ではありますが、15日から始まる後期に向けて、生徒のみなさんには、有意義な秋休みにしてほしいと思います。 ![]() 11月16日(土)説明会 ご案内第14回 研究教育大会 ご案内京都大学花山天文台特別公開ウィーク堀川高校生徒スタッフ
9月17日(火)、18日(水)に、花山天文台特別公開において、京都市立小学校の体験授業があり、堀川高校生が天文台の施設を案内しました。
京都大学花山天文台が「京都市民が選ぶ『京都に残したい庭園や建物』」に選ばれたことを記念して、9月16日〜22日の期間に、特別公開を行っています。その期間中の17日と18日の2日間、小学生の体験授業の誘導・案内をしました。小学生にわかりやすく、そして天文台や宇宙に興味を持ってもらうために、学習ノートを作りました。当日はその学習ノートを使いながら体験授業を行いました。 写真上:小学生と班分けをしている様子 写真中:小学生の班を誘導している様子 写真下:天文台本館で学習している小学生 ![]() ![]() ![]() 9月19日の体育祭!
9月19日(木)の体育祭は、予定通り行います。
嵯峨野グラウンドにて、9時に開会式を行います。 14期生探究基礎研究発表会第2日目
9月14日(土)午前、14期生探究科探究基礎研究発表会を行いました。
多くの来場者の方を前に、発表者は「声を大きく」「聴衆を近くに引き寄せ」「質問を共有し」「自信を持って発表」していました。 写真上:本能ホール全体の様子 写真中:発表の様子 写真下:発表終了後のゼミ会(振り返り) ![]() ![]() ![]() |
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