最新更新日:2024/09/20 | |
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12月行事予定の訂正について
過日,アップしました12月行事予定において,17日の
1年保護者会の時間が間違っておりました。お詫びして 訂正いたします。 (誤) (正) 1年保護者会(10:30〜) → 1年保護者会(10:00〜) 3年生を激励する会(2011.12.13)
本日、カフェテリアにて「3年生を激励する会」がPTA主催で行われ、3年生にパン・クッキーと紅茶やジュースが振る舞われました。パンとクッキーは、白河総合支援学校の生徒が作ったものです。
(写真:カフェテリアの様子) “May I help you?”を日本語で
月蝕の翌々日。出張からの帰りに地下鉄から出てきてふと見たら,東の空に雲をまとって月が昇っていました。にじんだように見えるのは,私の技術のつたなさゆえです。
「耳が聞こえないと何に困ると思いますか?」 何人かの教職員が答えます。 「それも近いけど,聴覚に障害があると困るのはコミュニケーションです。一方,私のように目が見えないと,情報が入って来ません。人間が生きていくための情報は80パーセントぐらいが目によります。文字情報が入らないのは,移動も含めて本当に困ります」 「視覚障害者と話すときは,うなずいてもわかりませんよ。『はい』とか『いいえ』とかとはっきり言ってください」 「自分が見えていたころは,目の不自由な人への接し方がわからず,かわいそうな人とか不幸な人とかとしか思えませんでした」 「知らなかったら考えられない。ぜひ知ってください」 「網膜色素変性症が悪化して,私は40歳で見えなくなりました。自分の手を目に近づけてまだ見えているという状態がだんだんと見えなくなっていった。いまどんな感じかというと,全部灰色です。目が覚めても,朝か夜かはわからない。全部灰色。それまで勤めていた児童養護施設を退職し,京都ライトハウスで中途失明者生活訓練を受けました」 松永信也(まつながのぶや)さんのお話に引き込まれました。松永さんは,京都府視覚障害者協会副会長,京都市社会福祉審議会委員で,『風になってください』(2004年,法蔵館),『「見えない」世界で生きること』(2008年,角川学芸)という本も出しておられます。管理職研修でお話を聞いた副校長と教頭が,ぜひ校内研修にということで,先週あった教職員人権研修会にお招きしました。 「駅のプラットホームを歩くのは怖い。見えないから階段の場所がわからない。横断歩道も,音が鳴っても上からで,まっすぐには歩きづらい。音が鳴らない横断歩道では,車の音で見当をつけて歩いています」 「電車の中でも,バスの中でも,空いている席を教えてください。目をつぶって立ってみたらわかるはずですが,バランスをとるのにとても疲れますし,危ないです」 「どうか声をかけてください。白い杖を持っている人に。『お手伝いしましょうか』と。数少ないけれど盲導犬を連れている人にも。盲導犬は万能ではない。コンビニへ行けと言っても連れて行ってはくれません」 「私も見えていたときには声をかけられませんでした。断られたらどうしようと思ったから。声をかけたのに,もしも断る人がいたら,どうか『お気をつけて』と言ってください」 副校長は管理職研修で,「かけてくれる声は英語のほうが多い」と聞いたそうです。講演の中でも松永さんは,駅のプラットホームに安全柵をつけることも大事だが,人の声が聞きたいとおっしゃっていました。 “May I help you?”この言葉を,ぜひ日本語で。 「あるとき,生まれつき見えない女性が私に言いました。『松永さんは何色が好き?』 私は見えていたから色がわかるけど,この人にはわからないはずだから,どう答えたらよいかとためらっていると,『あのね,私の好きな色はピンク。小さいときに服を買ってもらって,みんなが可愛い,可愛いって言ってくれて,その色がピンクって聞いたから,ピンクがいちばん好き。だから,私の持ち物はピンクが多いんや』。その女性のうれしそうな声」 「花見に行くんですよ。花びらに手を触れさせてもらって,ああ桜や,柔らかい花びらやって,うれしくて」 「見えなくなるのはつらいけど,仕方がないとあきらめられる。あきらめるときは見えないことに向かい合うときです。見えないということを受けとめる。しかし,社会に参加できないのはとても悲しい」 昨日は東京に行っていました。東京駅から丸ノ内線で霞が関へ。丸ノ内線はワンマン運転しているためか,早くに安全柵が設置されたように思います。 東京の地下鉄は案内表示が行き届いています。改札口までの距離表示があちらこちらに。案内表示も途切れることなく,目的の場所まで導いてくれます。少し前になりますが,駅や地下通路に,「立ち止まって見ていただけないのが誇りです」といったようなポスターがありました。まさにそのとおり。一瞬で視覚に訴える見事さ。立ち止まらずに歩けます。このことは掛け値なしにすばらしい。 東京の生活に慣れた人が京都に来ると困るかも知れません。東京の人のみならず,地下鉄京都駅で降りて南口から近鉄京都駅に行こうとして,迷子になった人がいます。これは相当に「改善の余地あり」です。 東京でも京都でも,駅や町の表示はとても重要ですが,もちろんそれだけでは十分ではありません。それを補完する,いや,町を人間の住む場所にする,そのためには,人間の心や言葉が欠かせません。 松永さんのお話を聞いていろいろと思いがめぐりました。 人があたりまえに生きるというのはどういうことか。 そのために,社会はどうあることが求められるのか。 そこで人はどうすることが求められるのか。 東京駅の照明がずいぶん明るくなりました。まだすべてが点いているわけではありませんが,最近のことでしょうか,9か月前に比べるといろいろな光が戻ってきました。 これが被災地の復旧に比例しているのならば,と思います。 今朝5時過ぎ,外に出たら西の空のまだ高いところに皓々(こうこう)と冬の月。北の空を見ましたが,月光が空に映えて星は見えませんでした。 11月ごろには,ひっくり返った北斗七星がありました。そこからこぼれ落ちたような,小さなしずく。 北極星。 この星を見ると,背筋がしゃんとするような気がします。 32号(2011.12.13)……荒瀬克己 小・中・高等・総合支援学校 児童・生徒 ポスター発表会
小学校・中学校・高等学校・総合支援学校から100名あまりの児童・生徒が、それぞれの探究活動の成果をポスター形式で発表しました。
発表会は第1部と第2部それぞれ45分ずつ行われました。各部50名ほどの発表者が一斉にポスターの前で発表を始め、45分間の中で聞き手は自分の興味のあるテーマのポスター発表を自由にまわり、発表者は集まってきた聞き手に対してポスターを指し示しながら発表を行いました。発表途中で聞き手が質問し、それに発表者が応答しながら発表が進んでいくので、聞き手が変わるたびにちょっとずつ違った発表になっていきます。発表者だけでなく、それを聞く人が一緒になってそれぞれの発表が作り上げられていました。 発表会後は、発表した児童・生徒がグループに分かれ、自分が発表を行って、あるいは他の発表者の発表を聞いて感じたことなどを交流しました。「うなずいて聞いてもらえたのがとてもうれしかったので、今度はもっとうなずいてもらえるような発表をしたい」「話し手にあわせて話し方を変えることが大切だと気づいた」といった意見が多く、校種をこえた交流によって、年齢や経験の異なる相手に思いを伝える難しさと伝わる楽しさを改めて実感していました。 写真上・中:発表会の様子 写真下:交流会の様子 第4回 探究道場(2011.12.3)
本校は,スーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定を受け,「課題を具体的に設定し,解決する力」を育成する教育の研究を進めてきました。この成果を普及すべく,本年度より中学生を対象とした探究的・発展的な特別講義・実習を『探究道場』として実施しています。
第4回目のテーマは「理科で探究II ミズから考える科学」。中学生約50名が参加し,水をテーマに探究活動を行いました。 3〜4人のグループに分かれ,前半では,理科年表のデータを参照したり,氷水の温度を測る実験をしたりすることで水がもつ特性を確認しました。後半では「もしも水にこれらの性質がなかったら…」というテーマでグループ内でディスカッションをし,そこで話し合った結果を全体に向けて発表。質問も飛び交い活発な議論が行われました。 今年の探究道場は合計4回実施,来年度も継続して行う予定です。詳細は決まり次第ホームページに掲載します。 写真上:全体の様子 写真中:グループでの取組の様子 下:発表の様子 とっておき
2011年1月22日,宇宙ステーション補給機「こうのとり」2号機(HTV2)を搭載したH-IIBロケット2号機が,種子島宇宙センターから打ち上げられました。(写真はJAXAホームページから)
週刊火曜日がまた遅配しました。 申し訳ありません。 その代わりと言ってはなんですが,とっておきのお知らせです。 12月21日(水)に,白石紀子さんをお迎えしてコミュニティカレッジ講演会を開きます。 白石紀子さんは,独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)のロケット発射指揮者で,写真のH-IIBロケット2号機の発射は,白石さんの指揮によるものです。 2009年9月に初めて打ち上げられたH-IIB ロケット試験機(1号機)は,国際宇宙ステーション(ISS)へ補給物資を届けるために開発された無人の宇宙船・HTV(こうのとり)を搭載していました。その発射の指揮にあたったのも白石さんです。 私は,2009年の発射に際して放送されたNHKニュースの特集で,白石さんを知りました。 JAXA初の女性発射指揮者。その指が,打ち上げ270秒前の「自動カウントダウンシーケンス開始」の発令ボタンを押す。数少ない発射可能なタイミングに向けて,さまざまなシーンで起こるトラブルを克服してきた150人のスタッフの期待が,その指にかかる。そのプレッシャーの中で厳しく求められる冷静で的確な判断と行動。そして,それをやってのけたあとの笑顔。 感動しました。 その白石さんが,12月21日に堀川高校で話してくださいます。 どうぞお越しください。 詳しくは,堀川高校HPの「コミュニティカレッジ」から「本年度開催予定」にお進みください。http://www.edu.city.kyoto.jp/hp/horikawa/commun... 以前,的川泰宣(まとがわやすのり)さんにお会いしたことがあります。的川さんはJAXAの技術参与で名誉教授です。教育にも熱心で,「宇宙教育の父」と呼ばれている,とてもすてきな方です。横浜でシンポジウムがあって,そこでご一緒したのですが,その前日はロケットの発射で種子島におられたということでした。 控室で話していたときに「いやあ,きれいな,いい発射でした」と穏やかな笑顔でおっしゃいますので,「どんな発射が『きれい』とか『いい』とかなんですか」とお尋ねすると,「ははは,そりゃあ成功したらみんなですよ。それで,島の漁師さんたちと一緒に祝賀会でしたよ」と本当にうれしそうでした。 ちなみに,その会場にノーベル化学賞の田中耕一さんが来ておられて,終了後にお話しさせていただきましたが,それはさておき,ロケットの発射というものが,どれほどの周到な準備が必要で,どれほどの緊張が伴うものかということを,初めて想像しました。それまでロケット発射の成功や不成功は,ニュースの中の出来事でしかありませんでした。 目の前にいる人が関わっていて,そのほかにもいっぱいの関係者がいて,おびただしい時間と労力が注がれ,指示が飛び交い判断が重ねられ,地球の位置も天候も深く関係した,その先にロケットがあって,何もかもすべてがぴったり交わったとき,その巨体が閃光と轟音と白煙の中を上昇する。 アメリカのフロリダ州にあるNASAのケネディ宇宙センターに行ったときは確かに感動しました。しかし,実際にロケットに関わっている人と話すことの感動がまったく異なるものであることを,的川さんにお会いして知りました。 堀川高校の数学科の教員に,井尻達也という人がいます。実は,彼はJAXAに勤め,国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」の製作に深く関わっていましたが,自分の経験したことを高校生に伝えたいということで,教員を志しました。周囲の反対も強かったようですが,彼の意志はそれ以上に固く,惜しまれつつJAXAを後にして堀川にやって来ました。 堀川の教員たちはユニークな人が多くて,一緒に仕事をしていて実に楽しいのですが,彼もまた興味深い人物です。彼の話は何時間聴いていても飽きません。いろいろなことを教えてくれました。その話だけで何万字も書けるほど。 「自分で作ったものなのに,不具合が生じたからといって,宇宙へ直しに行くことができません。だから,不具合が生じないようにということが第一ですが,不具合の起こる可能性をゼロにすることはできませんから。そういう場合は,宇宙飛行士が直せるようにしておく必要があります」。 そうか,と思いました。彼の言葉は当然と言えば当然ですが,それを,「自分で育てた生徒なのに,うまくいかないことがあったからといって,その場へ助けに行くことができません。だから,うまくいかないことがないようにということが第一ですが,失敗の起こる可能性をゼロにすることはできませんから,そういう場合は,本人自身が乗り越えられるようにしておく必要があります」と置き換えてみるとどうでしょうか。私たちは当然のことができているか,ということを問われているように思いました。 さて,彼に会えたことでもまた,宇宙への思いが深まりました。ただ,しばらく前に子どもさんが生まれて,なかなか忙しいのでゆっくりと話す時間のないのが残念です。彼に数学を習っている生徒たちをうらやましく思います。 2年前に,白石紀子さんのことを話したら,すぐにメールを送ってくれました。白石さんからの返信は,まことに誠実な内容でした。その白石さんに会えて,直接お話を伺える。とても幸せです。 私は小学生のころ,大きくなったらロケットを作りたいと思っていました。少年雑誌の付録か何かで読んだ,アメリカの宇宙ロケット開発の指導者であるブラウン博士の話に引き込まれてしまったからです。ブラウン博士については後に伝記を読んで,いろいろと考えさせられましたが,それはともかく,博士は少年時代に,火薬を詰めたロケットを作って飛ばすのに夢中だったそうです。あるとき,点火したあとロケットが倒れてしまって,近所の鶏小屋だったか牛小屋だったかに突っ込んで,大騒ぎになってひどく叱られたというようなエピソードが載っていました。 これは子どもにとって,とても魅力的な話でした。母親が買い物に出たのを見計らって,すぐに家にあった花火の火薬を取り出し,ついでにマッチの頭のリンもいっぱい集めて,新聞紙で作ったロケット状の筒にそれらを詰め込み,残念ながら近所に鶏小屋も牛小屋もなかったので,うちの犬小屋に狙いをつけて点火したところ,わがロケットは,ブシュッ,ブワッと音を立てて,犬小屋をかすめて飛んで行きました。私は大変満足しました。犬小屋から何食わぬ顔で犬が出てきたので,思い切りなでてやりました。 しかし,しばらくして買い物から帰った母が燃えカスを見つけたのは誤算でした。問いただされ,顛末を白状させられ,こっぴどく叱られ,その日のおやつをもらうことはできませんでした。ブラウン博士と同じく私もひどく叱られましたが,その後ロケット開発に従事することにはなりませんでした。 <子どもたちへの注意> 火遊びは危険です。おとなの人がいないところでは,絶対にしないように。 前回の「本番」で曲の紹介が間違っていましたので,密かに訂正しました。申し訳ありません。 「バッハ,パルティータ2番ハ短調よりシンフォニア」と書くべきところ,「ハ短調」が「ハ単調」となっていました。記事を読んだピアニストに指摘してもらいました。 「本番」は消しゴムのない世界。自分の甘さを恥じます。 白石さんもまた,消しゴムのない世界に生きる方。 どんなお話を伺えるか,本当に楽しみです。 31号(2011.12.07)……荒瀬克己 12月,1月行事予定を掲載しました
遅くなりましたが,12月,1月の行事予定を掲載しました。
右の月間行事予定をクリックすると,それぞれの月の主な 行事予定をご覧になることができます。 本番
18日に開催した第12回教育研究大会には,北海道から沖縄まで,200名を超える方にお越しいただきました。ご参加いただいたみなさんとご協力いただいた方々に,心からお礼申し上げます。
今回は全学年のすべての授業を公開しました。 一つ心配がありました。生徒が居眠りをしないだろうか? 「生徒諸君,寝るな!」と放送しようかと研究開発部長に言ったら,笑われました。 以前,秋田高校にお邪魔したときのこと。26教室も回ったのに,誰ひとり居眠りをする生徒がいません。驚きました。そのことをアセンブリで話しました。秋田高校と交流する生徒を募集したあと,廊下で会った生徒に「行かないか」と声をかけたら,「居眠りのできない学校には行きたくありません」と言われてしまいました。あらら。感心してしまいました。それはそれで,タイシタモノです。 さて,研究大会当日。教室を回りましたが,心配は杞憂でした。寝ていた生徒も少しいましたが,寝方が上品でした。それで喜んではいけませんが,安心しました。 25日に四校会があって,膳所高校と奈良高校の先生方と一緒に,姫路西高校に伺い授業を見せていただきました。それぞれが実に上質の授業でした。そして,まことに数少なくはありましたが,寝ている生徒がいました。失礼ながら内心ホッとしました。 研究大会では多くのご指摘を頂戴しました。現在,研究開発部がまとめています。いただいたご指導を今後に生かすべく精進してまいります。 本当にありがとうございました。 22日の午後4時45分。 ピアノは小ホールの中央にあって,少し落とした照明を受けて黒く光っていました。 後ろと両側には暗幕。 この小振りのグランドピアノは,そこにあるだけではただのモノでしかありません。これが楽器になるには,弾き手という条件が加えられなければならない,などというあたりまえのことを考えていました。 客席では,演奏を待つというのには少し不相応な,しかし高校生にはありがちな,にぎやかで生意気な会話も飛び交っていました。 「このリサイタルのために,職員会議がなくなったそうやで」 「へえ,そうなん」 「いまごろ,あいつ幕の向こうで着替えてるんやで」 「このピアノって調律してあるんかなあ」 別に言わなくてもよかったのですが, 「職員会議じゃなくて,2年生の担任会がなくなったんですよ」 「そうですか。その割には先生が少ないですね」 「ピアノは,今日のために調律したそうです」 「そうなんですか」 私は中央より上手側の席にいました。ここからだと手の動きが見えないなと思い,席を替わることも考えましたが,夏にコンクールに行ったときと同じ角度であったので,あのときのぞくぞくする感じを再び味わえるかと思い返して,そのまま座っていました。 ピアニストの登場。 感謝の言葉。曲の解説。椅子の位置を決めて,何の合図もなく手が鍵盤に向かったかと思うと,ピアノは見事な楽器に変貌し,音響のよくない小ホールは,ピアノとピアニストの音楽によって充たされました。 時折の間。静寂をも音楽に変え。余白の美のような。 バッハ,パルティータ2番ハ短調よりシンフォニア。 リスト,B-A-C-Hによる幻想曲とフーガ。 ショパン,練習曲作品25-1。 ショパン,スケルツォ第2番作品31。 最後のショパンはコンクールで聴いた曲でした。 アンコールが2曲。圧巻の1時間でした。 明るくなった会場で,2年生の生徒と話しました。 「どうでした?」 「すごかったです」 「そうでしたね。言ってたとおりに,ピアノが鳴っているのか,弾き手が一緒に鳴っているのか,というような感じだったでしょ」 「確かに」 開演前とは違って,洗われたような,雷にでも打たれたような,神妙な表情をしていました。その場にいた誰もが興奮気味で,しかもしばらくすると,なぜか打ち解けた雰囲気になっていました。一つの出会いが何かを動かしたのでしょうか。 上気した生徒が,目を輝かせて話しかけてきました。 「本当にすごかったですね」 ピアニストと話しました。 少し意地悪な質問。 「どの曲がいちばん好きですか?」 「一番となると,ぼくはやはり,コンクールでも弾いたショパンですね」 「知り合いの声楽家が,歌う曲はすべて好きになるって言ったけど,どう思う?」 「それ,まったくそのとおりですね。いちばん好きなのはと聞かれたからショパンと言いましたが,好きでない曲は弾けないですから」 握手をすると,普通の手にしか思えません。 演奏の終わったピアニストは,2年生の男の子に戻っていました。 30号(2011.11.29)……荒瀬克己 1年生人権学習
11月21日(月)LHRの時間に、1年生は人権学習を行いました。テーマは、「国際社会から考える人権問題」です。今回の人権学習の目的は、3月に実施される海外研修旅行を見据えて、「国際理解」という観点から社会における立場の違いがあることを知る、そして広い視野に立ち、自らの考えに基づいて判断をして行動することの大切さを学ぶことでした。
今年度より海外研修旅行は、行き先を生徒各自が保護者と相談の上で選択し、決定することになりました。行き先は、マレーシア、アメリカ合衆国(ボストン)、アメリカ合衆国(ワシントンD.C.,オーランド)、ヨーロッパ(ロンドン,パリ)の4コースです。事前学習として、失業への不安を抱えて貧富の差の広がりに怒る人々が世界各地でデモに参加したという新聞記事(10月16日付)を生徒は読み、当日は、海外研修旅行のコースごとに8教室に分かれて活動しました。最初に司会の研修旅行委員より学習の主旨説明を聞き、資料(各国のデータ、新聞のコラム等)を参考に、自分たちが訪れる国の貧富の格差問題について班ごとに話し合いました。その後、黒板等を使って、班長が代表して意見を発表するなど、司会を中心に各教室とも工夫をして進めていました。最後に日本の格差問題に関する資料が配られ、日本の現状に身を置く自分たちが、どのように社会とかかわっていくのか、自らの立場についても各自で考えを深めていきました。 短い時間でしたが、生徒たちは意欲的に学習に取り組みました。今回の学習で訪問する国の情勢や、社会においてさまざまな立場の違いがあることを知り、自分たちの視野を広げることができました。今後は、回収したワークシートから、事後学習を行う予定になっています。 ピアノリサイタル2011.11.22
5階小ホールで、本校2年生の中西聖嗣くんによるピアノリサイタルが行われました。中西くんは、この夏に開催された「京都ピアノコンクール2011」で銀賞を受賞。その演奏を聴いた校長が,生徒にもぜひ聴くことができる機会をつくりたいということで,このリサイタルが実現しました。在校生や教職員のほか関係者を前に、1時間あまりにわたって見事な演奏を披露しました。
演奏後のインタビューで「日程がなかなか決まらないなど、大変なこともありましたが無事終わってほっとしています。プロデュースしてくださった田中先生、荒瀬先生はじめ演奏を聴きに来てくれた方々、支えてくれた皆さんに感謝しています」。また、今後の抱負を尋ねると、「ピアノと受験勉強をがんばりたいです」と答えてくれました。 |
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