最新更新日:2024/06/13 | |
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ひまわり
週間火曜日(水曜日?)を読んでくださった方から,丁寧なメールやご連絡をいただいています。心から感謝します。
きちんとご返事ができていないのを心苦しく思っています。申し訳ありません。 震災後,生徒会が「京都堀川ライオンズクラブ」と「堀川と堀川通りを美しくする会」のお世話になり,仙台市立仙台高校に激励のメッセージを送りました。天井から床までを超える長さの懸垂幕で,脇に「つらいことがあったら声に出して吐き出そう。みんなが味方」とあって「心はひとつ」と大書されています。言葉は生徒から募集したものを生徒会執行部がまとめました。 先日,修学旅行で京都にやってきた仙台高校の生徒たちの訪問を受けました。飾られた懸垂幕の写真と,袋にいっぱいのひまわりの種を届けてくれました。応対した生徒会担当によると,付添いの先生が,ひまわりの種は放射線量を計測してあるので大丈夫だと説明なさったそうです。 長さ1センチ,幅5ミリほどの黒い無数の種。この一粒ずつが,希望の種になることを祈ります。 過日,高校の担任の古希を祝う会がありました。先生は,在職中に8回の卒業生を出しておられます。3年ごとに8回。最年長は私たちで,50代から30代までの卒業生が集まりました。 その中に,毎日新聞の編集委員をしている後輩がいて,「赤ちゃんへの手紙」について教えてくれました。「未来への手紙プロジェクト」というそうです。 送られてきた資料によると,「生まれてくる,あるいはすでに生まれた赤ちゃんに手紙を書こうという運動です。赤ちゃんが生まれたときの感動や喜びを文字にして残し,大きくなった赤ちゃん,つまり子どもに伝えようとする試みです。同時に児童虐待が5万件を超す今の時代,親が年月を経た自分自身に伝えるメッセージという意味も込めています。当たり前ですが,赤ちゃんは自分が生まれたときのことを書き残せませんので,ぜひ伝えてあげてください。自分が祝福されて生まれてきたという事実を,反抗期を迎えたときにも確認させてあげてください。そして親自身も将来,そのときの感動を思い出すことで子育ての悩みを緩和できるように願っています。ということで『未来への手紙』なのです。赤ちゃんが生まれたときには手紙を書く,ということが社会の習慣になることを目指しています」。 春の初めに未曾有の災害があった今年,だれもが自分たち自身と自分たちの周りを見つめ,大切にしようとしています。7月から始まったこの運動にはスポンサーもつき,FMの放送や毎日新聞の掲載もあって,徐々に動き出しているようです。 よいヒントをもらった気になりました。どこかで生徒たちに伝えたいと思っています。 四条烏丸近くのすし屋に行ったら,卒業生が一人で三人の子どもを連れて来ていました。この店は,彼の同級生が夫と二人で切り盛りしています。 「先生,ご無沙汰しています」 「こちらこそ」 「今日はヨメサンが外出しているもので」 「何年生?」 「……」 女の子は恥ずかしそう。 そこへいちばん小さな子が入ってきて, 「みっつ」 「そう。きみは,なんねんせい?」 「1ねん。ぼくサッカーやってるねん」 「へえ,そうか。いいなあ」 「つよいで。レイソルとやったら,かつもん」 「すごいなあ」 「『あかつき』や」 「そうか『あかつき』か」 「しってるの?」 「しってるよ。『あかつき』はつよいからなあ」 「あのなあ,こうこうって,ちこく3かいで,1かいけっせきやろ」 「え,なんでしってるの?」 「しってるで。ちこく3かいで,1かいけっせきや」 卒業生が割って入って, 「なんで,おまえそんなこと知ってるんや?」 卒業生は,もう44歳になったでしょうか。三年生のときに担任をしました。なかなかのやんちゃ坊主で,欠席も遅刻も周到に計算していました。彼はいま,京都市内に数軒の焼肉レストランをもつ実業家。おいしいという評判の店です。 「先生,このままずっと堀川ですか?」 「さあ。自分で決められへんからね」 「娘はいま三年生で,あと6年で高校なんですが,そのとき堀川に,いはりますか?」 「ははは。それは無理やねえ」 仕事の話になって,まだ店を増やすのかと尋ねると, 「ぼくは今のままで十分なんですが,若い社員の気持ちを考えると,いろいろとチャンスを広げておかないといけないかなと思いますね」 「なるほど,トップは大変やね」 話す間も,まとわりついてくる息子と娘たちに話しかけ,あいづちを打ち,食事をとらせる姿が板についていて微笑ましい。 「いいおとうさんやね」 「そうですか。ぼくは趣味もないし,子どもと一緒に遊んでいられたら……」 幸せ,という言葉をビールと一緒に飲みこんだ横顔が頼もしく見えました。 廊下を歩いていたら,一人の教員が話しかけてきました。 「少し話していいですか」 「いいですよ。どうぞ」 「学校の前で乳母車を押す母親を見ました」 「まさかぶつかったんじゃないでしょうね」 「先生。それは大丈夫です」 「よかった。失礼しました」 「母親の両側に小さな姉妹が乳母車をつかんで歩いていました」 街路樹のイチョウが葉を落とした,北風の吹く堀川通りを歩く母親と幼子たちを想像して,ふと高校時代に読んだ千家元麿の詩を思い出しました。 「そしたら,下のほうの子がつまずいて転んだんです。すると反対側にいた上の子が,母親の後ろを回って妹のところに行って,助け起こして,手を握って,その手を大きく振りながら,大きな声で歌いだしたんです」 ああ,そんな光景を見たのか。熱いものを感じます。 「感動しました。母親は何も言わずに,その親子は御池通りのほうに歩いていきました」 話してくれた教員の目は光っていました。笑うと,その光が頬を伝いました。 彼はうれしいときにうれしい顔をする,素直な人です。 お姉ちゃんもまた,そのようにしてもらったことがあったのでしょう。たぶん母親に。何度もあったのかもしれません。だから自然に振舞えたのでしょう。 子どもたちは,希望です。 今日で平常授業が終わりました。 2年生のアセンブリーがあり,実に普通のことを話しました。我ながらあきれるくらい普通のことです。しかし,生徒たちはじっと見つめて聞いてくれていました。ありがたいことです。内心はいざ知らず,と言うのを控えなければならないと思うほどの,まなざしの素直さ。 明日からは冬休み。ですが,まだいろいろとあるのが高校生の厳しい現実です。 からだに気をつけて。しっかりと,目の前のことを。もちろん,遠くを見つめつつ。 ひまわりの花言葉は,あこがれ。 明日はいよいよ,JAXAの白石紀子さんの日です。 33号(2011.12.20)……荒瀬克己 |
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