京都市立学校・幼稚園
最新更新日:2024/06/26
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ハートフルマーク
北にそびえる 鏡山   西に連なる東山 松のみどりに 包まれて 白くあかるく 照りはえる 希望あらたな 学び舎は 我らの 花山中学校

『東山を西に見て』〜Make legend〜

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「夢は叶う!」
 先日、ゴルフのコンペに参加しました。もう20年近くお世話になっているコンペです。色んな人が参加されますが、そこに一人の教え子Nがいます。彼は、中学生の頃からゴルフが好きでした。休日に一緒にラウンドしたこともありました。3年生になった頃からプロゴルファーへの夢を募らせ、ゴルフ部が強い高校へと進学しました。ところが、「勉強しながらではゴルフの練習が十分にできない。」と1年もしないうちに退学を決意します。担任だった教師はもちろん、私達も多いに反対しましたが、それを押し切り、ゴルフ場で働きながら夢を追いかける生活へと入っていきました。いつの間にか飛距離でもスコア―でも叶わなくなり、コーチしてもらいながらラウンドするようになりました。
「先生、1年前のプロテストで合格しました。」コンペ当日、出会うなりそういう報告を聞きました。高校中退から10年余りが経っており、最近では様子を聞くこともなくなっていましたので、すぐに「おめでとう!」の一言が出ませんでした。彼は、当然の如くコンペで優勝し、スピーチのなかで次のように語りました。
「プロになるという夢を追いかけ、高校を中退までして、先生方にはもちろん、皆さんにも大変ご心配をおかけしましたが、去年プロテストに合格できました。今日の優勝よりもそのことを皆さんに報告できるのが本当に嬉しいです。」
 「いつになったらTVに出るの?」「TVに出るようになったら、応援に行くよ。」などと声がかかります。後から聞いたことですが、TVで活躍しているツアープロはたった70人。彼のようなプロは何千人、ひょっとしたら一万人位いるのだということです。TVに出られるところまでになるには、まだまだ先が長いのらしいです。それにしても、夢は叶うのだということを実感した出来事でした。
 さて、平成25年が終わろうとしています。思えば、今年はあの事件から始まりました。生徒諸君をはじめ、保護者や地域の皆さま方に多大なご迷惑とご心配とをお掛けした不祥事です。年度がかわる頃になってようやく心に整理をつけることができました。
 その後、3年間を共に過ごした生徒達の卒業式があり、4月になって可愛らしい新入生が入ってきました。今年度の目標を「ゴーフォワード〜前へ〜」と定め、教職員が一体となって“花山丸”を前へ前へと進めてきたつもりです。生徒も本当によくやってくれました。保護者や地域の皆さま方にも大いに支えて頂きました。行事を終える度に成長を続ける生徒達をたまらなく頼もしく愛おしく思います。そして、労を惜しまず生徒の力を引き出そうと取り組む教職員を誇りにも思います。
 「高校を辞めると言った時、みんなから呆れられた。でも願い続けて努力したら、夢は叶うんや!」Nのその言葉が今も耳に残っています。「京都で一番の中学校」にする。この地域に家を買ってでも通わせたい中学校にしたい。そんな夢も願い続けて取組を続けると、いつかは叶うのかもしれません。皆さん、どうぞよいお年をお迎えください。

『東山を西に見て』〜Make legend〜

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「同じ目の高さで」
 今年もクロスカントリー大会に出場し何とか完走しました。目標は毎年同じで、男子の上位100番に入ることと一度も歩かないことの2つです。昨年、自己最高タイムだったにも拘らず、その順位はちょうど100番でした。そこで今回は、目標達成のために序盤からややペースを速めました。その結果、毘沙門さんへ向かう上り坂の苦しかったこと。A地点に居られた3人の先生には「来年は、走るの、止めようかな。」と弱音を吐いてしまったくらいです。
 B地点から折り返してくる生徒を数えると大体の順位が分かります。80番台に居ることが分かって俄然力が湧いてきました。「校長先生、頑張って下さい!」B地点に到着したとき、そこの担当の先生から声をかけてもらって更に頑張る気持ちが湧いてきました。ここからゴールまでの間、更に10人位に追い越されます。抜かれながら思いました。
『自分が中学生で、前に校長先生が走っていたら絶好の目標にするやろな。』
「校長先生、頑張って!」「やっと追いついた!」「先生、がんばっ!」色々な言葉を掛けて中学生が私を追い越していきます。悔しいけれど、喰らい付く気力も体力も残っていません。けれどなんだか、嬉しく抜かれたような妙な気分でもありました。
 やっとゴール。結果は93位。所要時間は46分36秒で、自己最高タイムを更新しました。楽しかったですが、楽ではありませんでした…(笑)…。
 「しんどかったけれど、参加してよかった!」毎年そう思います。子どもたちと同じ空気を吸い、同じ景色を見ます。保護者の方や先生方から声をかけてももらえます。すれ違う生徒達とハイタッチしながら声をかけ合うのは最高の楽しみです。今は、来年も再来年も、いや、教師を続ける限り共に走りたいと思っています。
 「子どもと同じ目線で」「子どもの目線まで降りて」そんな言葉を耳にしますし、自分でも使うことがあります。クロスカントリー大会で生徒と共に走るのもその一つですが、そのことで、綴っておきたいことを思い出しました。「瞬時に教師目線に戻れるか!」ということです。何年か前に、「めだかの学校の先生ではいけない」と、このエッセイに書いたことがありますが、それにも通じることです。「誰が生徒か、先生か」分からないようでは、“ここぞ”という時に先生として指導ができないのです。生徒と先生とが友達ではいけません。
 面白く親しみがあって生徒や保護者に人気がある一方で、信頼が厚く指導力のある教師を見ていると、このポジションの切り替えが上手いです。こういう教師は、共に楽しむ場面では生徒の目の高さに、指導しなければならない場面になれば、一瞬にして教師としての目の高さになることができるのです。また、言葉づかいや態度も同様に切り替えることができます。これが上手くできない者が、下手に生徒目線に降りると、友達どころか、生徒にナメられてしまいます。クロスカントリー大会から急に難しい話になりました。
 子どもと同じ目の高さで…、それほど簡単なことではありません。

『東山を西に見て』〜Make legend〜

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「語り合い、繋がり合う」
 6日(金)、徳島県から森口健司先生をお迎えして語り合いの人権学習を行いました。「スダチの苗木」に込められた思いを聞かせてもらえる部分が少なく、我々の思惑とは少々異なる方向へ行きましたが、生徒達は本当によく頑張ったと思います。森口先生の熱い語りとDVDの中の生徒達の思いを受けとめ、花山中の生徒の多くが自分のことや家族のこと、友達のことを次々と語りました。
 森口先生を知ったのは20年前の「全同教大阪大会」です。参加した分科会で、フロアから熱い意見を語っていたのが彼でした。『こんなに大きな舞台で自分の思いを発表できるなんて、凄い奴がおるな〜』その時はそんな風に思ったものです。翌年の徳島大会。全体会で特別報告をしているのが彼でした。文部省(当時)の道徳読み物資料の作成委員になった彼が、苦労をしながら「スダチの苗木」と「峠」を完成させていく過程を、父親をはじめとした家族の生き様にも触れながら報告していました。『去年の意見発表はこのことだったんや』前年の姿が思い出されると共に、その場で語られる報告に素直に感動しました。当時の校長先生が「スダチとキンカンの苗木を買うて帰ろう!」と言い出され、徳島市内の植木屋を車で走り回ったのも、今ではよい思い出です。
 4年後の奈良大会。たまたま行った分科会で、またも意見を述べる森口先生の姿を見かけました。『今を逃してはいけない!』そんな気持ちで名刺をもって話しかけました。当時勤務していた学校も人権教育に力を入れていました。徳島大会の翌年の伊勢大会では私も“全同教デビュー”(分科会での報告)を果たしていました。『この人と近づきたい。生徒や教職員のためになる。』そんな思いでした。取組の内容と目指す方向性を文章にまとめ、実践を収めたビデオと一緒に頂いた住所へと送りました。暫くして、彼から人権学習の公開授業の案内が届き、仲間と共に参観に行きました。ビックリしました。生徒が、自分の立場を明らかにしつつ涙を流しながら思いを語っていました。『こんな授業があるんや!』その後、何人もの仲間に彼の授業を見に行かせました。彼に当時の学校へ来てもらいもしました。行ったり来たりの中で関係が築けていき、やがて“ジョイント人権学習”が実現します。森口学級を招待し、こちらの生徒と共に人権学習をするというものです。当時の生徒も人権学習には自信を持ってはいましたが、森口学級の生徒の力に、ただただ圧倒されました。しかし、それ以後、その学校の人権学習は大きく発展することになります。
 あれから約15年。徳島と京都でそれぞれが人権や道徳の学習の研究を深めてきました。子どもが、切ないことや悲しいことも含めて自分の本音を語り、深く豊かな繋がりを結ぶこと、そのことがこういう学習の目的です。そして、その営みをつくるのが教師の役割であって、そういう場こそが学校だという考え方が共有されもしました。
 花山中の生徒と教職員は、森口先生に出会って、自分たちの取組の方向性が間違っていなかったことを知り、また一つ成長できたと思います。ありがとう、森口先生。あなたに出会えて本当によかったです。

『東山を西に見て』〜Make legend〜

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「育てたい人間像」
 「校長先生、今日の話よかったよ!」12月3日の人権学活の最後に、放送で全校生徒に向けて話した内容を褒めてくれたのです。校長室に来たのは1年生の女子が2人。部活動の友達と一緒でした。「あなた、そんな言い方失礼でしょ!」もう一人がたしなめました。確かに、やや上から目線での発言ではあります。(笑)でも、率直に言って嬉しかったです。「ありがとう。それはよかった。」素直にそう返しました。
 別な場面で、今度は2年の男子とその話になりました。その生徒はマザー・テレサの話に心が響いたのだということです。先の子にも、どこがよかったのか訊いておけばよかったと思いました。
 3年前のこの時期にはマザー・テレサについて詳しく話をしました。その時も強く印象に残ったという生徒が何人かいてくれました。今の生徒たちにはできていないので、この際マザー・テレサについて触れておきたいと思います。
 ☆マザー・テレサ(1910〜1997)☆
 カトリック教会の修道女にして修道会「神の愛の宣教者会」の創立者。カルカッタ(インド)で始まった貧しい人々のための活動は、後進の修道女たちによって全世界に広められています。その活動が高く評価され、1079年、ノーベル平和賞を受賞しています。彼女の語録はたくさん残されていますが、最も有名なのが、先日の放送でも使った「愛の反対は、憎しみではなくて無関心です。」であります。また、以下の受賞式でのスピーチは全世界の人々の心を打ちました。「私は皆さんが考えておられるようなノーベル平和賞の受賞者には値しません。でも、誰からも見捨てられ、愛に飢え、死に瀕している世界のもっとも貧しい人々にかわって賞を受けました。私には、受賞の晩餐会は不要です。どうか、その費用を貧しい人たちのためにお使い下さい。私に与えられるのは祈りの場だけしかないのですから。」
 更に、授賞式後の記者とのやりとりも紹介しておきたい。
記 者:「世界平和のために、私たちのできることを教えて下さい。」
テレサ:「家に帰って、家族を大切にしてあげて下さい。」
 先日、ある高等学校の校長先生と話す機会がありました。本校の取組に強い関心を示されている方です。取組について色々と質問され、嬉しくそれに答えた後、最後の質問を受けました。「どんな生徒を育てたいのですか?」『待ってました!』とばかり、次のように答えました。「人から好かれる賢い人間です。」世の中に賢い人はたくさんいます。しかし、「いくら賢くても、あんな奴は…」と非難される人もいます。じゃあ、“人に好かれる…”とはどんな人物でしょうか。人の気持ち、とりわけ人の痛みが分かり、相手の立場や意識に立って判断や会話、行動の出来る人です。
 狭義の学力はもちろん大切です。しかし、それと同じくらいにこのことが大事だと思います。花山中学校では、教科学習と合わせて道徳学習や人権学習を通して心を耕し、「人から好かれる賢い人間」を育てていきたいと、今その目標を再認識しています。

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