最新更新日:2024/09/20 | |
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8月26日 校長室ウェブログ 「ゆく夏に」
ゆく夏に
8月16日、本校のグラウンドで恒例の銅駝学区民盆踊り大会が開催されました。今年もたくさんの地域の方々が参加され賑やかな催しとなりました。夜8時前になるとグラウンドの照明を落とし、音楽も止めて大文字点火を待ちました。夜8時、グラウンドから鴨川を挟んで向こうに見える如意ヶ嶽に点火され、美しい「大」の字が夜空に輝きました。五山送り火はお盆に行われる精霊送り。点された火の勢いが時間の経過とともに少しずつ弱まり、鎮火するまでの時間を、京都の人々は、亡くなった人を偲びながらその人との関わりを振り返り、自分の心を静かに整えてきました。 6年前の8月24日、京都市左京区広河原の「松上げ」を見に行く機会がありました。この行事は、火除けや五穀豊穣を願い、お盆の精霊送りをする伝統行事。長さ20mほどの灯籠木(とろぎ)を立て、先端をめがけて松明が次々投げられ、そのうち先端に火が点いて大きな炎が上がります。そして灯籠木が燃えて倒れたあとは火の粉が夜空に舞い上がります。勇壮な行事を観ながら、私は、炎の先に柔らかさ優しさを感じました。それは精霊送りの炎だったからかもしれません。自分と関わりのあった亡き人との様々な場面を思い出しながら、今の自分、これからの自分を考えさせられる時間となりました。 「火」は、熱を発し、灯りとなり、ものを変化させる、原始の時代から人はそのお蔭で豊かさや快適さ、安心や安全を手に入れ、祈りや鎮魂という精神面でも支えられてきました。「火」は人間が生存や生活するために、また文化や産業の発達に欠かせないもので、その恩恵はとても大きなものですが、時として存在するものを滅ぼす恐ろしい魔物でもあります。7月18日、京都アニメーションを襲った炎は、まさしく魔物でした。理不尽な悲惨な事件のあと、世界中の人々からメッセージや募金が寄せられ、京都アニメーションが世に送り出した作品、そしてその制作者に対し、哀悼と感謝の思いが重なり、響きあって今も拡散しています。遅ればせながら24日、私は献花台を訪問し変わり果てた建物の前で黙祷をしてきました。世界の人々を魅了する作品を創り出していたクリエーターが益々活躍できたであろう未来を、この場所で一瞬にして断ち切られたという事実。見上げた建物の上に広がる晩夏の空の青さに、無念の思いを一層深くしました。 30年ほど前、私が弟のようにかわいがっていた当時大学生の従弟は、8月に急病のため他界しました。20歳でした。自分自身が20歳の時に何を考え何をしていたか、従弟が生きることができなかったそのあと30数年という月日を自分はどのように生きてきたか、精霊送りの季節になると考えます。人は、自分のことは自分が一番よくわかっていると思っていますが、他者を通して自分のことを見つめ直す、時には自分の過去を振り返り将来の在り様を考えることが大切だと思っています。結局、自分が生きるためには他者が必要で、その他者は、身内だとか名前がわかる人に限らず、遠く離れた人、一生出会わない人も自分の存在を支えてくれている大切な存在である、そう考えたいのです。 他者のことを想像する、思いをはせる、思いを巡らすということを、日頃から大事にしたい、そうあらためて考えた夏でした。 2019年8月26日 校長 吉田 功 |
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