最新更新日:2024/12/05 | |
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FOUNTAIN(校長室だより)No.24H24.3 京都市立桂坂小学校 山本 泉 3月に入りました。年度末まであと少しです。 学校としましては,今年度のやり残しがないように点検をしながら,各学年の指導や学校全体の教育活動の総括を行っているところです。 先日は,学校評価のアンケートにご協力いただき,ありがとうございました。頂いたご意見を真摯に受け止め,可能な限り生かしていけたらと考えています。中には,せっかく真剣に意見を書いたのに,生かされていないのではないかと思われる方もあろうかと思います。それは,多くの意見には必ずと言っていいほど賛否両方のものがあり,例えば現行の取組を変更することになるのであれば,十分な検討が必要であるからです。 それでも,皆様から頂いたご意見は必ず職員会議などを通して検討し,それがより良い教育活動につながるようであれば,積極的に採り入れていこうという姿勢は持っています。 今後とも,ご理解とご協力をいただきますよう,よろしくお願いいたします。 さて,昨年度末に起きた東日本大震災から間もなく1年が経とうとしています。この1年は,私自身,被災地から離れた京都に住み,公教育に携わる者の一人として何ができるのか,そして何をすべきなのか,本当に考えさせられた1年でした。そして今,強く心に残っていることが,この震災では,自分自身が命の危険にさらされる中で,決して利己主義に陥らず,全ての人がお互いに助け合っていた日本人の姿に,世界中の人から大きな賞賛を受けたということ,そして,大切な人を失ったであろう多くの被災地の方々が,復興に向けて力強く歩み出しておられることです。 このことから,このような素晴らしい人間性や未来に向かって歩んでいく力を,桂坂の子ども達の中にも育てていきたい,それがすなわち「生きる力」を育てるということでもあるのだと考えているところです。 万が一災害に直面するようなことがあっても,正しい行動ができるように,しっかりとした思考力・判断力を身につけられるような教育,決して自分だけのためではなく多くの人のために奉仕できる人間を育てる教育の在り方について,これからも考えていきたいと思っています。 この震災で,原子力発電の安全性が問われるようになりました。今後,原子力発電を廃止すべきかどうかについても賛否両論があることと思いますが,自然環境を著しく汚染したことは否めません。原発の賛否はともかく,確かに今,世界の自然環境にも目を向け,地球人として力を合わせて何ができるかを考えるときが来ているように思います。みんなが心を一つに,日本の復興,世界の平和,そして素晴らしい地球にしていくために力を合わせていけるような社会を実現すること。そのために積極的に行動していけるような人間を一人でも多く育てていくことも大切であると考えています。 1年間,ありがとうございました。 FOUNTAIN(校長室だより)No.23
H24.2
京都市立桂坂小学校 山本 泉 前回,小学校高学年(5・6年生)の学齢の子どもの実態や様子についてお話ししました。今回は,予告通り具体的な家庭学習の内容について考えてみたいと思います。 小学生といえど高学年ぐらいになると,子どもたちの生活も大変忙しくなります。授業時数も増え,放課後の活動なども多くなり,家に帰る時間も遅くなります。その上,宿題も結構たくさん出ていたりして…。計画的に時間を使わないといけません。 さて,家庭学習ですが,前にも述べたように時間の目安は15分×学年と言われますから,5・6年生では75分〜90分ということになります。学校から出される宿題もたくさんあるでしょうが,それでも時間的なことを考えれば恐らく宿題だけではやや不足だろうと思います。逆に,宿題だけで1時間半もかかってしまうようなら,少々学力的に問題があるかも知れません。宿題を効率よく片づけ,中学年の時と同様に宿題以外の自主的な学習に積極的に取り組み,すすんで学ぶ力を伸ばしていくのが良いでしょう。(塾の学習もあるかも知れませんが…。) 学校では,新たに「家庭科」の学習が始まり,衣食住の基礎・基本を学びます。全般的に学習内容が多くなる上に,社会や世界に目を向けるような学習もします。筋道立てて考える論理的な内容の学習や,抽象的な内容の学習が増えてきます。自分で課題を見つけ,解決していく問題解決的な学習が多くなります。そして,自ら学ぶことの面白さや楽しさを経験させ「学び方」や「ものの考え方」を育てます。 それでは,家庭に求められる役割は何でしょうか。 まずは,基本的生活習慣の見直しをしたいものです。「夜更かしをせず,早寝早起きを心がける」「朝食をとる」「朝に排便を済ませる」「テレビやゲームの時間をきめる(私個人としてはゲームは休日だけにすべきだと思いますが…。)」など生活リズムをしっかりさせないと頭が十分に働かず,理解力が落ち,学習についていけず勉強嫌いになったりするかも知れません。次に,子どもの生活習慣に周りが合わせてあげることです。何でもかんでも子どもを中心に考える必要はないと思いますが,例えば子どもには勉強をさせておいて親はゆっくりテレビを見ているというのは,それが別におかしいことではないと理解できる中学生以上になってからの方がいいかも知れません。残念ながら,このくらいの年齢の子どもは,親が子どもに「勉強しなさい。」と言って自分はテレビを見ていたりすることを「大人の自分勝手」とか「大人の矛盾」と感じてしまうことがあり,そのことが学習意欲をそぐことにつながることもあるからです。(個人差はありますが…。) さて,具体的な学習内容についてですが,こんなことがお勧めです。 国語科に関しては言うまでもなく「漢字」の学習が大切です。漢字の構成や字形を意識して練習したり,覚えた漢字を使って熟語や単文を作ったりするのもよいでしょう。 「音読」も大事です。棒読みではなく間をとりながら読むなど,めあてを決めて練習したり,詩や俳句・短歌などを暗唱して朗読したりするのもよいでしょう。 算数では,自分の苦手な計算などを間違わなくなるまで繰り返し練習するのも大事です。100マス計算などで計算力のスキルアップを図るのもいいかも知れません。答えの確かめも自分でするべきです。 家庭科で習ったことを生かして,家庭生活の中で実践する機会をつくるのもよいのではないかと思います。役割を決めてお手伝いをすることなども,ある意味家庭学習の一つといえるかもしれません。 これらはもちろんほんの一例で,その他の教科や領域の学習にも家庭学習として大事なことはたくさんあります。得意な分野をさらに伸ばすのか,それとも苦手な分野を克服するのか,その子の個性に合った学習を見つけることが大事であることは言うまでもありません。なにはともあれ小学校の間は家庭の支えが大切です。担任とも相談しながら家庭学習を進めていただけたらと思います。よろしくお願いいたします。 FOUNTAIN(校長室だより)No.22
FOUNTAIN(校長室だより)No.22
H24.1 京都市立桂坂小学校 山本 泉 明けましておめでとうございます。 今年も,桂坂小学校の子ども達のために,教職員が一丸となって取り組んでいく所存です。 保護者の皆様,地域の皆様には温かいご支援を賜りますようお願いいたします。 前々回から,家庭学習について書いてきましたが,引き続き今回は,小学校高学年(5・6年)の家庭学習のあり方について,私の考えをお話しします。まず,具体的な学習の話に入る前に,小学校高学年のころの子どもの実態について考えてみたいと思います。 当たり前のことですが,子育てについては子どもが大きくなるにつれて,いろいろ難しい面が出てきます。もちろん,小さい頃も決して子育てが容易だった訳ではありません。ただ,このくらいの学齢(小学校高学年)になると,今まで以上に親が自分自身の行動に注意をはらう必要があるということです。さて,いったいどういうことに注意をはらえばいいのでしょうか。 子どもはこの頃になると,自分を一人前に見てほしい,子ども扱いしないでほしいという思いが強くなってきます。そして,自分を客観的に見つめたり,友達と自分を比べたりするようにもなります。また,考える力も大人並みになり,大人の行動もじっくり観察するようになります。そして,大人の考え方や行動を自分に中に取り入れようとすると同時に,大人を自分の基準で評価したりするようにもなります。つまり,まだまだ人生経験が浅く物事の深い意味まで理解していないにもかかわらず,わりと単純な判断で大人を見下してしまうことが多くなるということです。そこが,反抗期といわれるゆえんです。 従って,私たち親は自分自身の行動の中に,子どもに指摘されるような矛盾をできる限り作らないようにすることが大事だということになります。例えば,自分のしていることを棚に上げて子どもに注意をし,子どもから「自分もやってるやん…。」と言われ,「大人はええねや!」などと言い返していると,当然子どもは不信感を持つようになります。 確かに,大人と子どもは違いますし,大人なら許されるけれど子どもは駄目だということもたくさんあるのですが,その辺りのことまでは残念ながら子どもはなかなか理解してくれません。そこで,仕方なく(?),いわゆる『良いお手本』にならざるを得ないということになります。 また,子どもに何かをさせようとしたり,逆に行動を戒めたりしようとするときには,それなりの理論武装が必要になります。「何で?」と聞かれて「何でもや!」などと頭ごなしに言ったり,「何であかんの?」と言われて「あかんからあかんのや!」などと応えたりしているようでは子どもは納得しません。また,昨日と今日とで言っていることが変わったりすることも信用されない要因の一つです。もちろん,親とて人間ですから間違ったことを言ったりしたりもします。従って,「前言撤回」せざるをえないこともあるでしょう。でも,その時はたとえ子どもに対してでも自分の非を認め,謝罪してから改めて正しいと思うことを伝えるべきではないでしょうか。 冒頭で,難しい面が出てくると述べたのは,以上のようなことからでした。 ところで,子育てについて考えていくと,自分自身も振り返らなければならない面が見えてくることが多々あります。子どもだからとか大人だからとか関係なしに,時々自分を見つめ直し,あるべき姿を求めるのも大事なことではないでしょうか。 今回は,「家庭学習」から少しはずれてしまいました。次回は,具体的な「高学年の家庭学習」について記載したいと思います。 FOUNTAIN(校長室だより)No.21
H23.12
京都市立桂坂小学校 山本 泉 前回から,家庭学習について書き始め,小学校低学年の家庭学習についての私の考えを述べました。今回は小学校中学年(3・4年生)の家庭学習について考えてみたいと思います。 まず,この学齢つまり10歳前後の「育ち」や「学び」の特徴ですが,このころになると自立心が芽生え,何でも自分でやろうとすることが多くなります。そして,好奇心がますます旺盛になり,行動範囲も広がります。また,これまでのように「自分と親」「自分と友達」というような一対一という関係から脱却し始め,グループで行動することを好むようになるとともに,親に対しても口答えや反抗が少しずつ見られるようになります。 しかし,実際はまだまだ手助けが必要で,家族の温かい助言や励ましの言葉が子どものやる気を起こさせます。 さて,家庭学習についてですが,時間の目安は一般的に15分×学年といわれていますから,3・4年生では45分〜60分ということになります。従って,学校から出される宿題だけではおそらくやや不足ということになり,その分宿題以外の自主的な学習に積極的に取り組み,すすんで学ぶ力を身につけていかなければなりません。(宿題もこのことを考慮して出されていると思います。) 学校では,「生活科」に代わって「理科」「社会科」や「総合的な学習の時間」の学習が始まり,特に資料集や地図帳,国語辞典,百科事典などを使う調べ学習をすることが多くなります。また,最近はインターネットなども活用して調べ学習を進めています。従って,学校ですでに,調べ学習を中心とした自主学習の進め方なども,身につけてきているということです。もちろん,自主学習というのは,調べ学習だけではありません。教科書やプリントを使った予習・復習や,参考書や問題集を使った応用学習。リコーダーの練習や図画・工作まで,かなり広範囲に渡ります。今,その子にとってどんな学習が必要なのかということは個々に異なりますから,担任の教員に相談することも大切ですが,一般的には基礎・基本となる「漢字の練習」「分数や小数を含む計算練習」などは,絶対やっておいて損にはなりません。 次に,家庭の役割についてですが,まず,基本的生活習慣にとって最大の敵「テレビ」や[ゲーム」の制限です。必ずしもいけないものではないので禁止をすることはありませんが,つい,だらだらと長くなってしまいがちで,そこのところが大きな問題です。けじめをつけさせることが,自立心を育てたり学習への集中力を高めたりすることにもつながるので,根負けせずに声かけをすることが大事であると思います。 また,文章を読む力がついてきている時期ですから,いろいろな種類の本をたくさん読むとよいのですが,これもなかなか一人ではできないので,例えば家庭でも学校と同じように「読書タイム」をつくり,家族で読書を楽しむのも良いのではないでしょうか。(なかなかむずかしいことですが…。)中学年も低学年と同様に確実に成長していますが,個人差も大きく,まだまだできないこともたくさんあるのは当然です。親の目から見て,「なぜ,こんなことがいつまでもできないのか…。」とは思わず「できないことがあったら,年齢に関係なく,自分でできるようになるまで一緒にしてあげる。」という基本を忘れないようにしていただけたらと思います。 FOUNTAIN(校長室だより) No.20
H23.11
京都市立桂坂小学校 山本 泉 今年度から新学習指導要領が完全実施となり,授業時間数に関しても前の学習指導要領に準拠したものと比較するとかなり増えているのも事実です。また,世間の風評では今までの「ゆとり教育」が学力の低下を生んだともいわれています。確かに歴史を振り返った時に,その時代に行われていたことが必ずしも正しかったとはいえないことがあるのも事実です。しかし,だからといって「ゆとり教育」の全てが間違っていたというわけではないと思います。教育に関しても「不易と流行」というものがあり,いつもその時代を反映しながら修正が加えられてきているものです。私たち教育に携わる者は,どの時代を通じても脈々と受け継がれてきている「不易」の部分を大切にしながら,その時代を踏まえた学習指導要領に則って学校教育を進めていかなければならないと思っています。 さて,今回から少し,その「不易」の部分につながる「学齢に応じた家庭学習」についてお話したいと思います。学齢に応じたといっても個人差があるのは言うまでもありません。一人ひとりが全く違った環境で,それまで何年間か育ってきたわけですから違って当然です。 しかし,それでも一般的に見て,大体この学齢はこのような時期だということは言えますし,また,そのことを把握することが子育てにとって大切であると思います。前置きが長くなりましたが,今回は小学校低学年(1・2年生)の家庭学習について私の考えを書かせていただきます。 さて,低学年の「育ち」や「学び」の特徴ですが,まず,まだまだ一人で何でもできるわけではありません。学習をするにしても,その内容や方法は学級担任や親が決めなくてはなりません。また,たとえやることが分かっていても,自分一人では最後までやり切ることができないことも多々あるので,横で一緒に見てあげたり,それが無理でも時々のぞいて声かけ(内容をしっかり見て)をしてあげたりすることが大切です。そして,最後までできたら「やったね!」「よくできたね。」などの褒め言葉をかけることで,すばらしい意欲を生み出します。 また,いろいろなことに興味・関心をもち,何でも知りたがるのもこの時期の特徴です。質問攻めに合いうんざりしてしまいがちですが,いい加減な対応をしないで,一つひとつ真剣に,そして丁寧に答えてあげることが必要です。時には一緒に調べたり,考えたりしながら答えを見つけることも大切です。このことを,忙しいからとか,仕事で疲れているからなどという大人の都合でおろそかにすると,子どもは自分が相手にされていないと感じ,やがて質問もしなくなり,最後には物事に対して興味・関心を示さなくなるといわれます。こうなったときには,もう人の話も最後まで集中して聞けなくなったりします。 人間は自分が周りから大切にされていないと心の歯車が狂ってきます。そして,他人も大切にしなくなります。そんなことにならないために,子どもの質問は正しい育ちのバロメーターと考えて,決しておろそかにしないよう心がけたいものです。 また,この時期は「基本的な生活習慣を身につける」ということに重点を置くことが大切です。「早寝早起き」「しっかり朝食をとる」「朝の排便」「正しい姿勢で座る」などの習慣が身につくと,自然と学習の習慣も身につきます。 つまり,「勉強しなさい。」とか「宿題はやったの。」とかいいながら,半ば無理矢理机の前に座らせなくても自分で学習に向かうようになるということです。 また,低学年の家庭学習の時間のめやすは一般的な基準としては15〜30分までであるといわれます。ということは,学校から出ている宿題だけで十分だということです。(ただし,学校が適切な内容の宿題を出すことが前提ですが…)つまり,家庭学習といっても,低学年の場合は学校の宿題ができるよう,条件を整えることだということです。例えば, 1.学習前に,一緒に勉強する場所の整理整頓をする。 2.ランドセルをあけて学校からのプリント類や連絡帳を一緒に確かめる。 3.今日の宿題を一緒に確かめる。(よく,プリントなどを学校に忘れて帰る子がいるので, 早い時間に確かめる方がよい) 4.学習中,任せっきり(放ったらかし)にしない。 5.最後までやり終えたことを確かめる。 などが家庭でお願いしたいことです。ところでこれも一例ですが,忘れ物をして登校する子どもが大変多いです。そのことを保護者に伝えると,「いつも『時間割は合わせたか。』と言っているんですけどねえ。なかなか自分でちゃんとできないんです。」などという答えが返ってくることがありますが,これはちょっと間違っています。時間割合わせを初めから自分一人でできる子どもの方がまれで,普通はかなり長い期間一緒にやってあげて,それを習慣づけていく必要があるものです。いろいろな場面で,「子どもと一緒に〜する」ということの大切さが見えてきます。毎日となると結構大変ですが,ぜひご協力いただきたいと思っています。 FOUNTAIN No.19
H23.10
京都市立桂坂小学校 山本 泉 夏休みが終わって学校が始まっても暑い日が長く続きましたが,10月を迎えようやく秋らしい気候になりました。前期終了に向けてのまとめの学習と並行して,運動会の練習が行われている日々,疲れて帰宅する子もいるだろうと思います。子ども達の体調管理や心のケアについて,お家の方でもご協力いただきますようお願いいたします。 さて,前回で校長室だよりの「子育て・教育フォーラム」シリーズも終わり,今度は何をテーマにしようかと思案しているところですが,テーマが決まるまでまた少し「校長のひとりごと」にお付き合いいただければと思います。よろしくお願いいたします。 子どもには短期的な目標を持たせることが必要 親として,子どもに望むこと,それはもちろん立派な人間に育ってくれれば…,ということでしょうが,そんな漠然としたことではなく,やはり目の前の一番大きな関心事は「とにかくしっかり勉強してくれること。」ではないかと思います。 例えば,小学校入学当初はどの親も我が子の学力に期待し,ちょっとした活躍に「末は博士か大臣か。」などという喜びを感じたり,あるいは我が子はスポーツ選手になるんじゃないかとか,芸術家になるかも知れないとか思ったりと,親の欲目は限度を知らずといったところではなかったでしょうか。ところが,学年が進むにつれて現実を思い知らされ,少しずつ目標を下げて(いやいや失礼,下げたのではなくアバウトにして)いくのが一般的なようです。 それで,結局はまた「とにかく勉強が大事」というところに戻ってくることになります。将来,安定した暮らしを得るために,一流の大学を出てちゃんとした会社に就職できれば万々歳…。いや,一流でなくても大学さえ出てくれれば就職は何とかなるだろう…。う〜ん,わが子の学力では大学はまず無理だけれど,せめて高校ぐらいはちゃんと出ていないと…。などなど最終目標は違っても親の我が子に対する願いには共通するものがあります。 しかし,親の心子知らずとやら…,決まり文句の「勉強しなさい。」「宿題はやったか。」などといっても,頼りない返事が返ってくるばかり…,「うちの子全然やる気出さへんわ〜。」という声が耳に聞こえてきそうです。でも,それは当たり前。「親の心」は子どもには解かりようがないものです。 親である私たちは,当然子ども達と比べるとはるかに長く生きています。そのために,人生というものを長いスパンで見ることができます(というよりも,自然に長いスパンで見てしまいます)。ですから,もしかしたら小学校中学年くらいの我が子にでも「しっかり勉強して,大学まで行こうね。」などと,普通に言ってしまうかもしれません。でも,考えてみてください,その子が大学に行くまでにはまだ,その子が生きてきた人生をもう一度辿るぐらい長い時間があるのです。子どもにとって,そんな先のことが考えられるはずがありません。それは,あたかも成人式を迎え,大人の仲間入りをしたばかりの人に,40歳になったときにどうしているかを考えなさい,というようなものです。 「いや,うちの子はちゃんと大学まで行くと言っていますよ。」とおっしゃる方もあるかも知れませんが,それはきっと周りからそう言われてその気になっているだけだと,私は思っています。 例えば30年生きている大人が,「自分は3年先の目標を目指せる。」というのであれば,10歳の子どもは単純計算で「1年先」が限度だろうし,年齢が低いほど長期的な目標を持たせることは困難だということになります。 つまり,言い方を変えれば,子どもはあんまり先のことは考えることができないので,代わりに親がわが子のライフプランを設計し,子どもには短期的目標を持たせ,「がんばり」をつないでいくことが必要だということです。 短期的目標というのは,短い期間の継続努力で達成できる目標です。子ども達は,こういった短期的目標による達成感・成就感をどれだけたくさん経験するかで,設定目標の大きさや期間が増大していきます。途中で頓挫してしまうような目標よりも,わずかな努力で達成できるような到達目標を子どもと一緒に設定し,いくつも乗り越えさせることが大切なのではないでしょうか。 FOUNTAIN NO.18
H23.9.1
京都市立桂坂小学校 山本 泉 昔ならば,「夏休みも終わり,2学期が始まりました。」と書き始めるところですが,学校が始まってからすでに一週間が経過しました。正直,何となくせわしなさ・あわただしさを感じるこの頃ですが,学校としては,学習指導要領の内容を踏まえ,授業時数もしっかり確保していかなければなりません。無邪気な子供たちの顔を見るにつれ,よりすばらしい人間に育てるためにしっかりとした桂坂教育を進めていかなければならないと思うところであります。 さて,この校長室だよりの「子育て・教育フォーラム」シリーズも今回が最後になります。お付き合いいただきありがとうございました。 (3) 子どもの話をしっかりと受け止める 学校にはいろいろな行事があります。運動会や授業参観など,共通の話題になるものについては,できるだけお家のほうで感想などを交えながらお話ししてほしいと思いますが,遠足など,保護者の方が見られない行事で,なお且つ子どもにとって非日常的な経験をするものについては,特に「よい聞き方」でお話を聞いてあげてください。 以前にいた学校で,このことをお話したことがあり,それを実践したお母さんから大変いい感じだったと報告がありました。それはこんな内容です。 子どもが遠足から家に帰ってきたときのこと,「どうやった?」と聞くのではなく,お母さんの方から「楽しかったみたいやね。」と切り出したそうです。「えっ,なんで?」「顔がうれしそうやもん。」というやりとりのあと,お母さんに,楽しかったことやびっくりしたこと,新しく発見したことをいっぱい,一生懸命,うれしそうに話したそうです。 そのとき,お母さんは,子どもが話すのをうなずきながら楽しそうに聞いてあげておられたようです。 私はこのお母さんの,子どもの話の受け止め方は,素晴らしいと思います。 遠足のときに限らず普段でも,子どもの方から自然に話したくなるようなきっかけづくりが大切です。また,家に帰って学校であったことをお家の方に話をしたとき,お家の方が正面を向いてうなずきながら聴いたり,時には相槌や短い感想を挟んだりしながら聴いてくれると,子どもは嬉しくなります。話すことが楽しくなり,もっと話したいという気持ちになります。話すことへの意欲にも繋がります。 逆に,子どもが話しかけた時,お家の方が「今,忙しい。」「うるさいな!」と言ってしまったり,そのような態度をとられたりすると,子どもの話そうとする気持ちは萎えてしまいます。 自分の経験したことを,経験していない人に疑似体験させるように伝える力,これが本当のコミュニケーション力だと思います。今,こういった力が求められています。学校でも大切にしていることだと書きましたが,ぜひ,子どもたちを話し上手な子に育てたいものです。 (4) 子どもの心の安定を これも以前にいた学校の経験ですが,その学校は子ども達がすごく荒れた状況でした。しかし、そんな荒れた状態の学校でも,子ども一人ひとりは普通の,いやむしろ人なつっこい明るい子どもたちばかりでした。荒れる原因は子どもたちのせいでもないし,親のせいでも学校のせいでもないと,今でも思っています。 桂坂小学校では,現在そういった荒れた状態はありません。また,将来的にも子どもがすさんだ状態になる確率は,今のところ,きわめて低いと思います。それには理由があります。子どもが荒れた状態になる原因の一つは,将来に対する不安であるといわれます。確かにそれは,大きな要因であり,これは現代社会にいきるすべての子ども達が抱えていることなので,桂坂小学校の子ども達も決して例外ではありません。 しかし,何より大きいのは,今現在,子どもが置かれている状況の中での心の安定です。温もりのある地域に住み,暖かい家庭に育まれ,優しい友達に囲まれ,そして自分の存在価値が認められ大切にされる環境にあって,心がすさむ子がいるでしょうか。こういった環境を周りの大人が創り出すことが,子どもたちの健全育成につながることは間違いありません。 今,桂坂学区は保護者や地域の皆さんの努力のお蔭でしょうが,子どもたちにとってそういった環境に恵まれていると,私は思っています。 ただし,大変失礼ながら,今のところと言わせていただきました。今の社会状況の中ですから,桂坂学区の地域といえども将来的にどのように変わっていくかは分かりません。今後も,ご家庭と学校が連携しつつ,地域の皆さんのお力もかりながら子ども見守り育てていただけますよう,学校からも発信していきますので,ご理解とご協力をいただきますよう,よろしくお願いいたします。 FOUNTAIN NO.17
H23.8
京都市立桂坂小学校 山本 泉 夏休みに入り,すでに10日余りが経過しました。夏の学習会も終わり,学校に来るのはプールで泳ぐ子ども達のみで,ほとんど子ども達のいない学校は閑散としています。まさに子ども達をご家庭や地域にお返ししている状況です。ご家族で過ごされる時間が長いこの時期,学校がある時にはできない経験をできるだけたくさんさせてあげていただけたらと思います。 さて,この4月より,以前の子育て・教育フォーラムでお話したことのリバイバルを掲載していますが,いよいよ最終章に入ります。これまで,現代社会の中で起こっている子どもを取り巻く気になる状況や,そういった現状を踏まえ,今,学校として取り組んでいることなどを書いてきました。最後に,ご家庭ではどういうことが望まれるのかということについて書いてみたいと思います。 (4) 親が親たることの大切さ(子どもとの関わりで大事なこと) 以前に教育委員会から発行された冊子からの引用ですが,「変に感じる親子関係の例」として掲載されていたものを挙げてみたいと思います。 ―夏の海辺。ビーチボールで楽しそうに戯れている親子4人をほほえましく思って見ていました。 そのうち,親子の様子が気になりました。「早くボールとりに行ってこいよ。」と言っているのは小学校高学年位の男の子。走ってボールを取りに行っているのがいつもお父さんなのです。 かつて,親と子の断絶が社会の歪みを生んだとの反省から,家族内に世代や年齢による差をなくす努力がなされました。その結果,行うようになったことというのが,親と子どもが同じテレビを見て楽しむ,家族でカラオケに行く,ゲームセンターで何時間も過ごすといったことでした。これらがすべて悪いということではありませんが,今や,家庭内は生活のみならず,言葉,考え方から判断力まで子どもに合わせ過ぎて,大人の毅然とした姿が見られなくなってはいないだろうかと考えてしまいます。 言うまでもなく親が子どもと同じことをして,同じように楽しんでいれば親子の絆が深まるというものではありません。時には,子どもが,面白いと夢中になっているテレビゲームに,この内容は良くない,価値がないと判断する大人がいることに気づかせることも大切なのではないかと思います。― ある調査で,中学2年生の4人に3人が「父親は怖くない」と,「やさしいパパ」が多い日本の親子象が浮き彫りにされていました。親と子どもは「お友達」ではありません。「さすがお父さんだ」「お母さんが言うことには間違いがない」と子どもから信頼される力をつけるのはなかなか難しいことではありますが,それが親としての役目であるとも言えると思います。私自信もなかなかできていませんが。 (5) 自分のためにお家の人が何かをしてくれた(嬉しい・心の安定・情緒の安定) 本校には,「本とお話の会」があって,多くのお母さん方が参加しておられて,子ども達に本の読み聞かせをしていただいています。本当にありがたいことだと喜んでいます。 こういった素晴らしい範読は,もちろん子ども達の読書への興味につながってくれるものと思いますが,学校だけではなく,家庭での読み聞かせにつながってくれればと期待しています。 お母さんやお父さんが子どもに本を読んで聞かせることは,子ども達にとってはすごく大事なことです。子どもは,お母さんやお父さんが読んでくれる本の内容を,わくわくしながら聞いています。楽しいひとときです。子どもにとっては,ストーリーの楽しさだけではなく,お母さんやお父さんが自分のために忙しい合間を縫って,疲れているのに本を読んでくれる,そのこともうれしいだろうと思います。 自分のために,お母さんが,お父さんが何かしてくれた。子どもにとってはそのことが大事です。そのことは,子どもの心の安定,情緒の安定に繋がっていくものだと思います。また,その思い出は,きっといつまでも心に残っていると思います。 本とお話の会の読み聞かせが親子の関わりを深めることにつながることを期待しています。 (以下,次号に続きます。) FOUNTAIN NO.16
H23.7
京都市立桂坂小学校 山本 泉 前回までに,現代社会の中で起こっている子どもを取り巻く気になる状況について書かせていただきました。今回からは,こういった現状を踏まえ,学校としてどうしていくべきか,ご家庭ではどういうことが望まれるのかということについて書いてみたいと思います。 (1) 授業を通してコミュニケーション力をつける この桂坂学区は,生活水準に比例して平均的にご家庭の教育力が高く,多くのご家庭が確固たる教育方針を持っておられると感じています。しかし、そういった地域はそれぞれの家庭の独立性が強くなるため,生活水準の低い地域と比べると必然的に人間関係が希薄になりがちです。このような背景からも,本校の子ども達はコミュニケーション力に弱さがあると考えています。 そこで,学校としては授業の中で「伝え合う力」を養うことに力を注いでいます。 例えば,1時間の授業のどこかの場面に交流(話し合い活動)を設定した授業形態を多く取り入れるようにしています。もし,手を挙げなければ,しゃべる機会がないまま1時間が過ぎてしまうというのではなく,グループ交流などの場面を設けることで,必然的に自分のおもいや考えを話せるようになります。 人に自分のおもいや考えが伝わるようにしようと思ったら,頭の中でしっかりと整理をしなければなりません。そして,言語化するステップを通して考えが深まり,しっかりとした意見として頭の中に定着します。また,友達の意見を聞くことで知識や考え方が広がります。先生とのマンツーマン的な学習や自学自習も大事なことではありますが,さらにもう一歩学力を伸ばそうと思ったら,こういった交流活動などの集団学習も有効であると考えています。 また,こういった学習活動を通してコミュニケーション力を高めることは,社会性の向上にもつながるだろうと思っています。 (2) 地域と歩み,地域とともにつくる学校づくり 地域に開かれた学校づくりということがよく言われます。どのようなことかといいますと,地域と学校が一緒になって,学校づくりをしていこう,ということです。 今,学校ではどのようなことをしているのか。どんな教育方針で,どのような子どもを育てようとしているのか。そのために,学校はどのような取組をしているのか。そういったことを保護者や地域の方々に伝えていくようにしています。 例えば,このホームページもその一つの手段です。また,地域諸団体の集まりなどで学校のことをお伝えしたり,「学校だより」を保護者の方だけでなく,地域へ回覧板として回していただいたりすることもあります。そういったことを通して,小学校では今こんなことをしている,と言うことをお知らせします。 また,学校の取組に対して,いろいろとご意見をいただき学校運営について一緒に考えていただく学校運営協議会というものがあり,本校でも実施しています。今年度も,すでに動き出しています。 学校をよくするために,また,子どもが楽しく通う学校づくりをするために,今後もご協力いただこうと思っています。 (3) すべての大人が子どもたちとどう関わるのか 少子化・高齢化が進んできています。 一世帯の子どもの数ですが,・全国1.3人 ,京都市 1.16人 高齢者の数は,・全国 65歳以上 18.5% (20年前 9.2%) 京都市 19.3% また,FOUNTAIN No.14でも書いたように,地域の人と人とのつながりが希薄になってきたとよく言われます。これからは,地域の縦のつながりをどう強めていくかが大事になってきます。そういった中,新しい教育では,学校と地域とのつながりが強くしていこうという方向があります。 これは一般的な話ですが,地域での子ども,大人,年配者の様子を見ていると,子どもは子ども,大人は大人,老人は老人と,それぞれの活動する層が横で切られていることが多いように思います。子どもは子ども同士の横のつながり,大人は大人同士の横のつながり,年配者は年配者の同士の横のつながりで生活されていて縦のつながりが弱く,子ども,大人,年配者が一緒に活動する機会があまりないと思います。 桂坂学区においても,次世代を担っていく子ども達を育てることは大事なことです。子ども,大人,年配者が1つになり,地域全体が1つになる,そのために,一緒になって一つのことに取組むことが大事だと思います。 例えば,本校は他の学校と比べてPTA活動が盛んで,大変充実しています。役員になった方は大変だと思いますが,子どもと大人が触れ合う機会が保障されているというのは,子どもの成育環境として大事なことです。子どもは身近な大人の姿をお手本として成長します。学校・保護者・地域が連携を深め,私たち自身が子どもが目指すべき大人の姿を示していけたらと考えています。 (以下,次号に続きます。) FOUNTAIN NO.15
H23.6
京都市立桂坂小学校 山本 泉 今年度の「FOUNTAIN〜校長室だより〜」は,4月から連続で,以前に「子育て・教育フォーラム」でお話した子どもを取り巻く社会状況の変化について書かせていただいています。今回は「現代の子どもの状況について」の3回目になります。 (4) 親自身の社会性の低下 小さい子どもを連れて歩いているお母さんの中に,子どもを車道側にして,自分は家の方に身を置いて歩いている若いお母さんを見かけます。危険な方に自分の身をやり,子どもは安全な方に置く,そうした細やかな心配りが見られなくなってきました。 病院の待合室で,小さい子どもが大きな声を出しながら走り回っていました。親は知らん顔で,どこの子どもだろうという表情でいます。たまりかねた看護士さんが,「ぼく!ここは病院やから静かにしてね。」と子どもに注意すると,その母親は,「看護婦さんがおこらはるから静かにしぃや。」という言い方で,渋々注意をしていました。 「そんなことしたら,みんなに迷惑になるでしょう。やめなさい。」と,親としての自分の責任で注意をするのではなく,「看護士さんに怒られるからやめときや。」と,注意した人がうるさいことを言っているような言い方をするのです。 そうかと思えば,些細なことなのにいきなり大声で怒鳴ったり,場合によっては手が出たりしている親もいます。 親としてどうあるべきか,大人としてどうあるべきかを考える必要がありそうです。 (5) コミュニケーション力や表現力の低下 4〜5人の子どもが友達の家に集まって,遊ぶ約束をしたとします。その子ども達は何をしているかというと,一人はテレビゲームをしていて,他の児童は自分の番が来るのを待っています。待っている間は何をしているかというと,それぞれが漫画の本を読んでいるだけです。4〜5人集まったかといって,一緒に会話をすると言うこともなければ,一緒になって何かをするということもありません。集まっているだけで,会話をすることもなく,それぞれがすることはバラバラで,横のつながりがありません。 会話では,簡単な単語で話が通じてしまうことが多いです。「うん」「さあ」「はあ」「うっさい」「きしょい」,で話をすましてしまいます。 「これはこうだから,こうなんだ。」という,説明や筋道立てて話すことがありません。どの子もそうだとまでは言いませんが,最近よく見られる風景です。 最近の高校生くらいの子とお話しをされることがあるでしょうか?いや,まだこちらと話をするぶんには普通にしゃべるかも知れませんが,高校生同士の会話を耳にすると,それはもう外国語です。なにをしゃべっているかサッパリ分かりません。文法もなにもあったものではありません。聞いたことのない単語もいっぱい出てきます。 日本の文化もこの先どうなることやら,先行きが心配です。 繰り返しておきますが,今お話したことが直接問題につながるというわけではありません。しかし,これから子ども達とどのようにかかわっていくかを考えるための材料になるのではないかということです。 次回は,こういった子どもを取り巻く状況を踏まえ,学校としてどうしていくべきか,ご家庭ではどういうことが望まれるのかということについて書きたいと思います。 (以下,次号に続きます。) |
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