京都市立学校・幼稚園
最新更新日:2017/09/20
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●第38回美工作品展 10月12日(木)〜15日(日)9:00〜17:00 会場:京都市美術館別館、日図デザイン博物館

8月28日 校長室ウェブログの記事を更新しました

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 校長室ウェブログの記事を更新しましたのでご覧ください。

 8月28日記事 「ひと夏の経験を 未来に」

こちらから→http://cms.edu.city.kyoto.jp/weblog/index.php?i...

校長室ウェブログ(8月28日) 〜ひと夏の経験を 未来に〜

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            ひと夏の経験を 未来に

 「日本語が使えないのは謎の開放感で心地よかった」「普通友達と話すような会話でも言葉が通じないと言うだけで不安になったり、返答がかえってきたらうれしくなったりして、今までにない緊張感とワクワクする楽しさを感じました」  出会いと経験の中で生徒が感じた素直な気持ちにふれ、私  自身が新鮮で心地よい感覚になりました。

 今年の夏、日本は京都市、韓国は大邱広域市、中国は長沙市、国によって選ばれた3都市の青年が文化・芸術を通して国際交流をする「東アジア文化都市2017青少年交流事業」が開催され、本校生徒が参加、活動をしました。2都市からの派遣を受け入れるプログラムでは、どのような交流がよいか教員でずいぶん検討しました。京都を代表してホスト校をさせていただくにあたり、美術を学ぶ生徒ができる交流活動、そして銅駝美術工芸高校らしいプログラムをということで計画しました。また、韓国の大邱広域市と中国の長沙市への生徒派遣については選考を経て代表を決定しました。日程はタイトでしたが、事前学習の日を設け、受け入れ、派遣に参加するすべての生徒は、歴史や文化、韓国語・中国語などについて学ぶとともに、事前課題に取り組みました。受け入れプログラムも派遣プログラムも、猛暑の中、生徒は熱心に取り組み、やり遂げました。多くの生徒が振り返りの中で書いているように、最初は言葉の違いに不安や戸惑いがあったけれど、考えられる様々な工夫をしてコミュニケーションをとる努力をしたこと、そして何よりも3都市の生徒それぞれが、話したい、伝えたい、仲良くなりたい、という熱い思いをもちながらともに時間を過ごしたことで、ぎこちない関係に変化が生まれ、物事が動き出しました。もちろん、言葉だけでなくお国柄、文化や習慣、考え方の違いを次々経験することにもなりました。しかし、違いを認識し、相互理解することが交流の基盤です。そして、生徒たちは、直接対面し、対話し、協働で活動したからこそ、国際関係において様々な課題がありながら、限られた情報だけでイメージを創りあげたり判断するのではなく、自分でしっかり確かめ、感じ、考えたことをもとに判断し主張していかなければならないことを学びました。「問題があるからといって閉鎖的になるのではなく、解決のために積極的に行動することが大切だと感じました。」そう生徒は書いています。未来を担う3都市の青年たちに是非期待したいと思います。

 今回この事業に参加した1、2年生は全員タブレット「iPad」を入学時に購入している生徒です。学校で導入している「Classi」の校内グループのサイトを活用して、事前学習の段階から、生徒が調べたこと、わかったこと、気づいたことなど様々な記事を投稿するようにしました。教員もこのサイトに入って連絡事項を書いたり、生徒の投稿にコメントしたりすることができ、たいへん効果的な取り組みができました。また韓国大邱広域市派遣の折には私がiPadを持参し、Zoomというアプリを活用して現地の生徒の活動の様子を日本の教員に生中継することを試みました。この事業に参加をして、生徒だけでなく、私たち教員も国際交流活動への指導、ICT活用方法の拡大など新しいことにチャレンジすることができました。また、PTAの方々にもお土産品制作においてご協力いただきました。多くの方々の支援とサポートにより、今までになかった新しい教育活動に取り組むことができました。関係者の皆様に感謝申し上げます。そして何より、新しい課題に向き合いしっかり活動した生徒の皆さんに拍手を送りたいと思います。今回の取り組みは、後日生徒による報告、発表の機会を設ける予定です。

 今までになかった銅駝の「ひと夏の経験」を、生徒も教員も大切な財産として、芸術・文化で未来を切り開いていく原動力にしたいと考えています。

 2017年8月28日                   
               校長  吉田 功

7月18日 校長室ウェブログの記事を更新しました

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 本日、校長室ウェブログの記事を更新しました。

7月18日付記事は、こちらから
http://cms.edu.city.kyoto.jp/weblog/index.php?i...

校長室ウェブログ(7月18日) 〜すべては、「違う」ことから〜

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          すべては、“違う”ことから 

 今年も2年生の人権学習に「れいんぼー神戸」の内藤れん さんをお招きしました。「セクシャルマイノリティ〜LGBTをきちんと学ぶ」というテーマで、L−レズビアン、G−ゲイ、B−バイセクシュアル、T−トランスジェンダーという、多様な性のあり方についてのお話を聴きました。内藤さんは、人がその違いによって社会の中で生きづらくなることの問題を紹介され、自分とは異なるものとの共存、ということについて話されました。単に「性」の問題に留まらず、私たちの日常のものの見方、考え方への問題提起だと考えています。

 私は、昨年の人権学習で内藤さんのお話を聞いたあと、「性別」ということを意識して考えるようになりました。ある研修会に出席して、最後に提出を求められるアンケート記入の際、年齢や職種の項目の前に性別欄があるのに違和感をもちました。主催者側はこの研修に参加した人の感想や意見を聞くのに「性別」を本当に必要としているのだろうか? 研修の内容からして性別の違いによって感想や意見の特徴があるのだろうか? そもそも「性別」は二択を当然のことと考えて用意されている項目。
 インターネットで少し調べてみると、多様な性のありかたは「LGBT」の4つの分類で説明しきれるものではないという考えから、「LGBTs」と表記して「s」をつけることで「他にもいる」という意味を出そうとしたり、アメリカでは、「クィア(Q)」「クエスチョニング(Q)」を加えた「LGBTQ」という表記が一般的であるとも書かれていました。「性的少数者」という言い方に対して、当事者の中には、「マイノリティー(少数派)とマジョリティー(多数派)」という対立構図にしたくないという意見もあるようです。「性」のあり方について多数派か少数派かということではなく「どのように生きたいか」の問題だと。

 このように考えてくると、「普通」とか「特殊」という発想で人を分類して認識していることに問題があるのではないかと思えてきます。もともとすべて人は「違う」ということからスタートしなければならないのでしょう。つまり「違う」ことが「普通」であるということです。自分と異なる人がいて当たり前、異なる人と対話し、生活し、仕事をし、活動することが日常なのです。違うことをお互いが理解しながら、共通点を発見したり、一致点を探ったり、受け入れたり、受け入れてもらいながら「共存」することが追求されなければなりません。「違う」ことで否定されたり、排除されたりすることはあってはならないし、それとともに、自分の気持ちや考えを理解してもらうための働きかけや、他の人の気持ちや考えを慮ることを省略してはならないのだと思います。

 今年2月から、日本、中国、韓国の3カ国の中で選ばれた3都市(日本は京都、中国は長沙、韓国は大邱広域市)が文化芸術交流を行う「東アジア文化都市2017京都」事業が始まっています。その一環として今夏行われる青少年文化交流事業に本校生徒が取り組みます。中国や韓国の青年とともに過ごす時間は、「違う」ということを前提としながら、お互いを理解し、知らないことを教え合い、ともに力を出し合って課題に取り組む貴重な機会になるでしょう。「違う」ものが共存する社会、豊かに平和的に発展していける社会、その担い手になる青年の交流や活動に大いに期待しています。21世紀はそういう時代であってほしい、そう思います。

 2017年7月18日
                校長  吉田 功


2017年6月9日 校長室ウェブログ 更新しました

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 校長室ウェブログ記事を更新しました。

 こちらからどうぞ
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2017年6月9日  文化祭を前に

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 前期中間考査が終わると、文化祭準備が本格的に始まります。2日間の文化祭日程で、多くの時間をあてているのがクラス演劇です。1年生から3年生まで全クラスが取り組むこのクラス演劇は、銅駝美術工芸高校の前身、日吉ヶ丘高校に普通課程とともに美術課程として設置されていた時代から行われていた伝統ある取り組みです。私が日吉ヶ丘高校の普通科に籍を置いていたのが、1976年から3年間。当時は西本願寺前にあった本願寺会館で舞台発表があり、大道具を運ぶのもたいへんだったと思います。私は普通課程にいたので、美術課程の生徒が創る制作物にはいつも圧倒されていました。演劇は役者の身体表現はもちろん、大道具小道具、衣装、照明、音響など様々な要素が効果をだしあう「総合芸術」であり、多数の人々が協働して創り出す大きな作品です。例年、準備過程では様々な苦労があります。気持ちや考えの“ぶつかりあい”も起こります。しかし、一般的に演劇でも映画でも一つの作品が出来上がるまでには様々なことが起こり苦労があります。流れるように滑らかに出来上がっていくわけではないでしょう。協働して何かを生み出そうとするときは、たくさんのエネルギーが必要であり、個性をもったひとりひとりの力を掛け合わそうとすれば“ぶつかる”ことも当然のこと。それを制作する集団に属する者どうしの対話、知恵と力でどう解決するか。人も集団もここが成長するポイントだと思います。生徒の主体的な教育活動に教師がどのように関わり支援するかも重要です。この教育活動を通じて一まわりも二まわりも成長してほしいと願うとともに、その発表を大いに期待しています。

 先日、3年生アートフロンティアコースの総合的な学習の時間「表現探求F」に講師として招いたのは、本校卒業生で、劇団「ソノノチ」代表、劇作家、演出家、俳優の中谷和代さん。授業終了後、校長室で中谷さんとお話をする中で、高校時代のクラス劇は、やはり大きな思い出として残っていると話されていました。本校のクラス劇は、生徒の成長に大きく影響を及ぼしているのだと思います。少し経って中谷さんと是非お話がしたいという生徒が校長室にやって来ました。3名とも将来舞台に立ちたいという夢をもっており中谷さんに直接聞きたいことがあったようで、丁寧に答えてくれる中谷さんのお話に聴き入っていました。中谷さんは、演劇をやりたい、舞台に立ちたいという夢を実現し活躍していくためには、様々なものに興味をもち、学び経験することが大切であると話されていました。素晴らしいものを創り出すためには、山で言えば裾野の広さが、樹木で言えば張り巡らされた根っこが必要なのでしょう。専門学科としての学校、専攻に分かれた学びをする学校であるからこそ、幅広い興味・関心をもち、多彩な人との出会い、多様な経験を重ねながらプロフェッショナルになってほしいと願っています。

 そのようなことを書いている私自身、普通科出身ながら美術専門高校に転任したことで、思考の幅が広がりました。今まで経験しなかった美術教育、多彩な生徒と教員に出会えたからこそです。この学校で私自身も日々成長させてもらっている、そう思っています。

 2017年6月9日     校長 吉田 功

2017年5月1日  鴨川の飛び石

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 私は京阪三条駅から学校に通っていますが、徒歩で川沿いの道を二条大橋まで向かい、橋を渡ってホテル東側を通ります。夏場になると日差しの強さに負けそうになるので、御池大橋を渡って木屋町通りの店の日陰を借りながら高瀬川のせせらぎを聴いて二条通りまで進みます。町なかにありながら豊かな自然と京都ならではの風情を感じ通勤できることを幸せに感じています。真夏と真冬を避けて天気の良い日は時々、鴨川の汀(みぎわ)を眺められる遊歩道に降りて二条大橋をくぐり、鴨川の飛び石を東から西へ渡ります。

 「賀茂川」と「高野川」が合流する出町柳付近から下流を「鴨川」と表記しますが、「かもがわ」の飛び石はよく知られているのが4つ。(本当は5つあって西賀茂橋の北に水没しかけのものがあるそうです)。1つ目は、北大路橋の北、「賀茂川」の府立植物園付近に、2つ目は出町柳の合流地点、3つ目は荒神橋の北、そして4つ目が二条大橋の北、わが銅駝美術工芸高校の実習棟の東に見える飛び石です。

 この飛び石は、左右にずらして石が置かれているので、単純にまっすぐ渡って進むことはできません。石と石の間は意外と幅があり、普通の歩幅で跨(また)げる感じではなく少し負荷がかかります。さらに石と石の間の水の流れは思っていたよりも速く感じます。石から石へさらりとかっこよく渡ることにこだわる私は、足元を見ながら、普通の歩幅よりちょっと広げる踏ん張りで渡っています。今のところ川にはまって濡れた姿で出勤、という失態は見せていませんが、少し緊張感をもたないと、はまってしまうかもしれません。のんびり歩くようには渡れないという少々の負荷、ささやかな踏ん張りと緊張感、耳に届く川のせせらぎ、頬にあたる川の風。この1分少々の時間がなんとも爽快で、よくぞ勤務先の間近にこの石を置いていただいたものだと感謝しています。(もちろん皆さんに渡ることを推奨しているわけではありません、念のため)

 新しい年度が始まって1ヶ月が経ちました。生徒の皆さんは、新しい仲間、新しい教職員、新しい教室、新しい科目と出会って、緊張感や不安、期待や希望、新しいことを経験する負荷を感じてきたことでしょう。高校生活での一歩一歩は、気楽にまっすぐというわけにもいかず、鴨川の飛び石のように右へ左へ、直面する状況に応じて判断し対応しなければなりません。そして踏ん張りの必要な負荷がかかること、水の速さを感じるような胸がキュッとなることもあるでしょう。しかしそれは自分が成長するとき、自分が変わるときに必要なことです。山や川が間近にあって水音や鳥のさえずり、風の温度や強さ弱さを体中で感じながら、その中に身を置いて日々を過ごし、自分を変えていけることは、ありがたいことだと思います。この1ヶ月で経験したこと、感じたこと、そのことを素直に受け入れてください。何ならそれを他の誰かに話してみてください。私にも聞かせてくれませんか。

 風薫る5月が始まりました。さあ、新しい風を感じながら、少々踏ん張って、次の石へと川を跨(また)ぎましょう。


 2017年5月1日 
                校長  吉田 功

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2017年4月10日 平成29年度第38回入学式 式辞

              式  辞

 鴨川の水面に、競うように枝先を伸ばした桜が、今を盛りに咲き誇るこの佳き日、京都市教育委員会をはじめ、PTA役員の皆様、平素より本校にご支援をいただいております美工交友会、京都パレスライオンズクラブ、銅駝自治連合会のご来賓の皆様、そして、多数の保護者の皆様のご臨席を賜り、平成二十九年度京都市立銅駝美術工芸高等学校、第三十八回入学式を挙行できますことは、誠に大きな喜びであり、本校教職員を代表いたしまして、心よりお礼申し上げます。

 ただ今、九〇名の新入生の入学を許可いたしました。まずは、新入生の皆さん、ご入学、おめでとうございます。教職員一同皆さんを、大切にお迎えしたいと思います。

 保護者の皆様、本日はお子様のご入学、誠におめでとうございます。お子様のご入学を心よりお祝いいたします。これからの三年間、教職員一同、力を尽くしてお子様の成長を支援してまいります。どうかご理解、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。
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 本校は、明治十三年、一八八〇年に、日本最初の美術学校「京都府画学校」として創立され、今年で一三八年目を迎えます。現校地で美術専門高校として独立開校したのは、創立一〇〇周年にあたる昭和五十五年、一九八〇年。これまで本校を卒業された諸先輩方は、美術界、産業界ほか、各方面で活躍されておられます。皆さんは、本日、晴れてこの歴史と伝統のある学校の生徒になりました。銅駝美術工芸高校の生徒として、しっかりとした自覚と誇りをもって、志高く学習に取り組んでほしいと思います。皆さんは、今、期待と不安の交錯する気持ちでこの場所に臨んでいると思います。その新鮮な感覚を大切にして第一歩を踏み出してください。これから銅駝美術工芸高校で過ごす皆さんに、校長として心から期待することをお話しします。
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 私は、昨年、「世界の巨匠たちが子どもだったころ」という展覧会に行きました。そこには、パブロ・ピカソが十四歳で描いた「男性頭部の石膏像デッサン」や、ムンクが十八歳の時に描いた「雪景色の中の少年」、岸田劉生が十六歳の時に描いた「秋」など、著名な美術家が十代だったころの作品が出品されていました。彼らが生きた激動の時代、様々な境遇の中で、夢や希望、悩みや不安、親との葛藤のなかに身を置きながら精一杯描いた作品は、将来の活躍を窺わせるような観察力、感性、力強さが感じられるものでした。後に巨匠と言われるような作家も、疾風怒濤の十代は、思うようにならないこと、納得のいかないこと、見通しの立たないことに直面しながら、意欲的に情熱を注いで制作活動をしてきたのです。

 先日の新聞記事に「よのなかは〈こども〉と〈もとこども〉でできている」という童話作家・富安陽子さんの言葉が紹介されていました。この言葉を取り上げた京都市立芸術大学の鷲田清一学長は、「人は大人になっても内に子どもを宿している。どどっと感動する力、すさまじい好奇心と集中力、微細な変化を見逃さない感覚のアンテナは、芸術や科学に必要な資質でもある。ひからびた成熟からではなく、ぐじゅぐじゅの未熟が大事」と述べておられます。十代は大人になる準備期間、大人への階段を上っていく時期です。階段は狭かったり段差が高かったり、傾いているかもしれません。しかし皆さんの瑞々しい感性や好奇心、集中力や冒険心で一歩ずつ先に進んでください。

 鷲田清一さんは『何のために「学ぶ」のか』という書物の執筆者のひとりとして「人生に非常に大切な局面で本当に必要とされるのは一つの正解を求めることではなく、あるいは正解などそもそも存在しないところで最善の方法で対処するという思考法や判断力」である、そして「投げ出さずに考え続けるいわば知的な肺活量をもってほしい」と述べられています。肺活量とは「息を最大限に吸い込んだ後、それをすべて吐き出したときに出る空気量」です。わたしは、「知的な肺活量」を大きくするには、最初から好き嫌いで間口を狭めるのではなく、様々な人やものとの出会いをかけがえのないものととらえ、それらと主体的に関わりながら対象と向き合い対話し、考察したことを言葉にすることが必要である、と考えます。そのような心構えをもって三年間の「学び」に取り組んでください。

 しめくくりに谷川俊太郎さんの「学ぶ」という詩を紹介します。


あなたは学ぶ 空に学ぶ 
空はすでに答えている 
答えることで問いかけている

わたしは学ぶ 土に学ぶ 
隠された種子の息吹 
はだしで踏みしめるこの星の鼓動

あなたは学ぶ 木に学ぶ
人からは学べぬものを 
鳥たち けものたちとともに学ぶ

わたしは学ぶ 手で学ぶ
石をつかみ絹に触れ水に浸し火にかざし 
愛する者の手を握りしめて

あなたは学ぶ 目で学ぶ 
どんなに見開いても見えぬものが 
閉じることで見えてくること

わたしは学ぶ あなたから学ぶ
わたしと違う秘められた傷の痛み 
わたしと同じささやかな日々の楽しみ

わたしたちは学ぶ 本からも学ぶ 
知識と情報に溺れぬ知恵 
言葉を越えようとする言葉の力を   ・

そうしてわたしたちは学ぶ 
見知らぬ人の涙から学ぶ 
悲しみをわかちあうことの難しさ

わたしたちは学ぶ 
見知らぬ人の微笑みから学ぶ 
喜びをわかちあうことの喜びを


 さあ、新入生の皆さん。今日から新しい時間が始まり、新しい空間に身を置きます。その時間と空間をどのように使うか、皆さんに委ねられています。窓のカーテンを開け、窓の外を見てください。見るだけでなく窓を開けて、見えるものの、色やかたち、風や香り、温度や音を感じてください。窓を開けたら扉を開けて、自分の体を外に出してください。自分と向き合い、他の人と向き合い、時間と空間をわかちあってください。

 今日から始まる、銅駝美術工芸高校での生活。皆さんがまわりから与えられるのをじっと待つのではなく、主体的に、創造的にあなたらしい三年間を創りだしてくれることを心より願い、式辞といたします。

平成二十九年四月十日

   京都市立銅駝美術工芸高等学校長  吉田 功


2017年4月1日 新年度を迎えて

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 平成29年度の始まりにあわせたかのように桜の花が開きました。グラウンドの東側に立つと鴨川の明るい水音が聞こえてきます。まもなく新入生を迎え、新しい学年、新しいクラスで、学校生活が始まります。年度の初めにあたり、一言ご挨拶申し上げます。

 本校は明治13年(1880)に、日本最初の美術学校「京都府画学校」として創立し、今年度で138年目を迎えます。日吉ケ丘高等学校美術コースから現在の校地に美術専門高校として独立開校したのは、創立100周年にあたる昭和55年(1980)でした。来る4月10日は、銅駝美術工芸高等学校として開校してから38回目の入学式を挙行いたします。本校は創立以来の長い歴史の中で多くの優れた卒業生を輩出し、卒業生は美術界、産業界の様々な分野で活躍してきました。昭和初期に建てられた趣のある現校舎は、尋常小学校、銅駝中学校の児童、生徒の学び舎として、また本校が単独開校して以後は、美術を学ぶ生徒の学習、制作の場として大切な時を刻んできました。

 新しい高等学校学習指導要領は、平成35年度(2033)からの実施とされていますが、その前に高大接続改革の一環として高等学校基礎学力テストや大学入学希望者学力評価テストが予定されています。一方市立高校の改革では、昨年度の京都工学院高等学校の設立に続き、新定時制単独高校創設や新普通科系高校創設の計画がすでに発表されています。そのような中、今年の2月に出された「京都市立芸術大学移転整備基本計画」が正式決定となり、6年後の平成35年には、京都市立芸術大学の京都駅東部崇仁地域への移転に合わせて、本校も同地域へ移転することとなりました。本校といたしましては、6年後の移転から始まる新たなステージを前に、現校地での豊かな教育活動をさらに進め、歴史と伝統を大切にしながら新しい時代で求められる力を育成することが重要な課題であり、今まで以上に厚みと深みのある教育実践を進めていきたいと考えております。生徒の瑞々しい感性、豊かな発想力、表現力を高め、21世紀を生き抜く普遍的な力の育成に取り組み、魅力あふれる美術専門高校として学校力をさらに向上させられるよう、教職員一同、力を尽くしてまいります。

 新年度も、保護者の皆様、地域や団体、教育機関、市民の皆様のご理解とご支援をお願い申し上げ、新年度のご挨拶とさせていただきます。


 平成29年(2017)年4月1日
   京都市立銅駝美術工芸高等学校 校長 吉田 功

(アーカイブ2017年3月17日) 平成28年度 後期終業式「年輪」

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 今日で平成28年度(2016年度)が終了となります。一年前のこの日、2年生は今の1年生の場所にいました。1年生はまだここにはいなくて入学説明会が終わった翌日、入学前の期待と不安の中にいたのではないかと思います。

 一年経って今の気持ちはどうでしょうか。1年は早かったですか、自分自身が変わった、成長したという実感はありますか。私は、皆さんのこの1年間を見て、それぞれの在り様で確実に成長したと思っています。

 一年間の成長をはっきり確認できるものに樹木の「年輪」があります。少し年輪について調べてみると、次のようなことが書かれていました。樹木は、樹皮とその内側の木の部分の境目で細胞分裂が起こり、季節によって細胞分裂の様子が異なることで色の薄いところと濃いところが形成され、年輪ができます。一般的に言われてきたのは、よく日の当たるところは年輪の幅が広がり、そうでないところは狭いので、山で道に迷ったら切り株の年輪の幅を見て広い方が南だという説です。しかし、実際は日の当たり方だけで違いが出るわけではなさそうです。強く風が吹く場所に立っている樹木ではその風で倒れないようにその反対側が、急な斜面に立っている樹木は、傾いて倒れないようにその斜面の下がっている側の幅が広くなるようです。つまり樹木は、風や土地の傾斜で倒れないようにするため、厳しい状況にさらされている側がよく成長して年輪の幅が広くなるというわけです。樹木も自分の立っている環境や向き合わなければならない状況の中で、自らを支え、存在し続けられるよう、自らを変化させているのです。

 皆さん、この一年間を振り返ったとき、必ずしも穏やかで順風満帆な日々ばかりではなかったでしょう。つらいこと、悲しいこと、悩んだこと、なかなか結果が出せなかったことに直面しながらも、その状況から脱出するため、あるいはそのことを解消するために踏ん張ったと思います。年輪にたとえるなら、その厳しい状況の時こそ、皆さんの中にある年輪は幅を広げ厚みを増し太くなってあなた自身を支えたのです。

 樹木の年輪がそれぞれ違うのと同様に、人の成長のしかたは人それぞれ違っていていいし、困難に直面したこと、悩んだことがマイナスではなくむしろその人を大きく成長させているのではないかと思います。逆に言えば、困難なこと、向き合って努力しなければならないことをできるだけ避けてきた、あるいは放置してきた人は、その部分が弱いままで傾きかけたり、折れそうになっているかもしれません。年度末にあたり、一年間の総括として自分自身の「年輪」、自分の変容、成長について振り返ってみてください。

 というわけで今日は、年輪の話をしました。今年の春休みは曜日の関係で土日含めて23日間。春休みを有意義に過ごしエネルギーを充填してください。そして4月10日の始業式、年輪を一つ増やした新学年にふさわしい気持ちと姿勢をもって顔を合わせましょう。

2017年3月17日  終業式
                  校長  吉田 功

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行事予定
9/22 大掃除(HR重点)
9/23 秋分の日 オープンスクール「実技講習会・はじめてART!」
9/25 前期末考査1日目
9/26 前期末考査2日目
9/27 前期末考査3日目

学校評価

学校説明会

教育課程

使用教科書副読本

お知らせ

書式ダウンロード

学校いじめ防止基本方針

生徒用iPad利用規程

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