京都市立学校・幼稚園
最新更新日:2024/04/18
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『“てっぺん”獲りにいこうや!』〜Catch th top !〜

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「来年度も頑張ります」
 学校の周囲の桜が咲き誇っています。この分だと入学式まではもたないかもしれないと心配です。本来ならば明日は離任式。生徒や学校にとっては大切な“けじめ”の式だけに,中止せざるを得なくなったことは誠に残念です。
 さて,校長として10年目の年度が終わろうとしています。10年間,様々なことがありました。辛いことや『しんどいな』と思うこともありはしましたが,その何十倍も楽しいことや嬉しいこと,感動的なことがあり,この仕事に遣り甲斐と誇りを感じています。また,私がそのように思えるのも,これまでお世話になった学校の生徒をはじめ,保護者や地域の皆様,そして,教職員のおかげであると心から感謝しています。
 ところで,この10年間,ずっとエッセイを書き続けてきました。その数530枚になりました。そして,これが531枚目です。そのたびにHPにもアップしてきましたのでたびたび感想もいただきます。元々は,自分の想いを記録しておこうと書き始め,学校の様子やそこで生活する生徒や教職員の姿を知ってもらいたいと思うようになりました。そうであるのに,読んでいただいた方から感想を頂いたりすると,それが励みになってこれまで続けることができたと思っています。
 教頭時代に職員室を我が学級に見立てて始めたことですが,教育委員会に勤務していたころには「市役所の窓から」というタイトルをつけて関係の皆様方に配信していました。
 今回,その頃から読んでいただいている方から感想が送られてきました。とても嬉しいので掲載させていただきます。
 澤田校長先生
 いつもエッセイ,ありがとうございます。楽しく読ませていただいています。クスッとしたり,ウルっときたり,「へー!そうなんだ!」と思ったり。。。
 先生のエッセイ,どれも素敵なんですが,私が特に大事にしているのが 10年前(!)の「東山を西に見て」2010.4.8号です。机のマットにはさんでいます。(委員会から花山中に行かれたのがもう10年前なんですね〜!早い!)
 4月に生徒さんに伝えられたことを書かれています。私も毎年4月にこれを見て,心新たにしています。特に大事にしているのは,「3つのこと」の2つめ「ねばれ」のところです。「しんどいなぁ」「もう,アカン」と思ったときに「もうひと踏ん張り」。
 しんどいときは,いつも先生のエッセイに励ましてもらっています。
 澤田先生もいよいよラストラン,なんですね。あっという間です!
 どうぞ,よい一年をお過ごしください。
 自分のしていることが,どこかで誰かの役に立っているのであれば,こんなに嬉しいことはありません。二条中学校長・澤田清人,令和2年度も頑張ります。

『“てっぺん”獲りに行こうや!』〜Catch the top !〜

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「一年を終えるにあたって」
 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で,今年度は大切な一年の締めくくりの時期を中途半端な形で終えることになってしまいました。大変残念です。この感染症が起こりだした時には,まさかここまで大きなことになるとは思ってもみませんでした。卒業前校外学習のUSJ行きを決行するかどうかで悩んでいたことが,今となっては“ちっぽけなこと”と思えるほど大ごとになってしまっています。世界的には一向に治まる気配をみせず,オリンピックの開催さえ危ぶまれるような状態になってはいますが,私たちの周りでは春休みから部活動を再開できるなど,徐々に日常生活を取り戻せるのではないかと楽しみにしています。
 さて,令和元年度を振り返ります。今年度は平成31年度としてスタートして,5月1日から令和元年度になるという特別な年度でした。何年か先,「中学生の頃,こんなことがあったんだ」と思い出す人もいると思います。
 5月の修学旅行,6月の体育大会,9月の文化祭,11月のチャレンジ体験学習,12月の学習発表会など,大きな行事もことごとく盛り上がり,生徒が大いに成長して大成功を収めました。また,そのほかにも定期テストや部活動の試合,研究授業なども含めると本当に多くの行事があり,その時々に生徒も教職員も全力投球で取り組みました。保護者や地域の皆さんの応援からも力を頂き,1年があっという間に過ぎた気がします。
 今年度のはじめに私は夢を語りました。二条中学校を京都で一番の学校にしたいという夢です。併せて夢の実現の指標を示しました。生徒が「この学校の生徒でよかったと思えること」,保護者の方が「この学校に我が子を通わせてよかったと思えること」,地域の方に「地元の学校として誇っていただけること」の3つの指標です。卒業式の代表生徒の言葉から,先日卒業していった生徒の多くが二条中学校の生徒であることに誇りを感じてくれているようです。保護者の方や地域の方からご批判やお叱りを受けることはありません。学校評価のアンケート結果をみると,本校の教育活動に対してほぼご満足いただいているようでもあります。
 私は常々「本校は,町中の“田舎にあるような学校”」だと思っています。
 生徒も保護者も地域の方も,学校が大好きで,自分たちの学校に誇りをもち,そこで行われる教育活動に全面的に協力してくださいます。教職員は,そのことを肌で感じるから,決して手抜きをせず熱い魂をもって教育活動を実践しているのです。
 しかし,私はこの現状に満足しているわけではありません。満足し,現状維持を図ろうとしたら後退が始まると思っているからです。
 来年度は,もっと前へ出たいと思っています。京都市内外の多くの学校から目標とされるような学校へと成長していきたいと思っています。変わらぬご理解とご協力,ご支援をお願いします。皆様,一年間,どうもありがとうございました。

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「日常生活に戻りたい」
 「暑さ寒さも彼岸まで」とはうまくいったものです。まさしく彼岸の中日から春らしい穏やかな空気と眩しいほどの陽光が差すようになりました。校門付近の桜も一気にそのつぼみを膨らませており,来週には開花すると思われます。
 さて,臨時休校になって3週間以上経過しました。生徒の皆さんはそろそろ家庭での生活を退屈に感じているでしょう。午後の二条公園では,見慣れた顔が数人ずつで遊んでいる姿を見かけます。気分転換に少し外へ出るくらいは構いませんが,基本的には家庭内で学習中心の規則正しい生活を送ってくれていることを願っています。
 私の気分転換の方法はニジョラン,ジム通い,DVD鑑賞,読書,買物等です。
実は,2月20日(木)の夜のことです。仕事帰りに行ったジムで,腹筋のマシンを使っている最中に腰の関節をギクッとやってしまいました。激痛が走り,ストレッチ場へ行って背中を伸ばそうと試みたのですがそれも叶わず,どうして家まで帰ったのか覚えてもいないほどでした。その後は,整体へ行ったり整形外科へ行ったりして徐々に回復していたのですが,油断をして不意に力を入れたり走り出したりするとまた痛めるということを繰り返してきました。
 直近では卒業式の日のことです。朝から腰の調子がよく,『今日は何とか行けそうだ!』と思っていました。来賓の方を先導して式場へ行こうとしたときです。校長室に忘れ物をしたことに気づいて,慌てて方向転換をすると同時に走り出した瞬間にまたやってしまいました。今でこそ告白しますが,壇上への上り下り,壇上で立って居ること,二条公園で卒業生たちと過ごした時間など,メッチャきつかったのです。
 それ以来,決して油断せずケアに努めています。新型コロナウイルス騒動で,特にジム通いについては自粛するのにも諦めがついていました。もうすぐ生徒たちが学校へ帰ってきます。春休みには部活動も再開されることになります。その頃を目途にニジョランとジム通いを始めたいと思っています。
 また,生徒たちが学校に来ないので,会議や事務仕事が所謂“授業時間中”にできたことから帰宅時間が早くなりました。家で過ごす時間が長くなることで『DVD鑑賞や読書がたくさん出来るぞ!』と思っていたのですが,これも計画通りにはいきませんでした。いつもよりうんと早く夕食を済ませることができたのですが,その後にリビングで眠ってしまうのです。2時間ほど眠ってしまったこともありました。生徒の皆さんには,「計画的で規則正しい生活をしなさい。」と言っておきながら,私がこれでは情けないことだと反省もしています(笑)。
 すぐに春休みを迎えるとは言うものの,来週には修了式を行い,その後は部活動等で毎日生徒の姿を見ることができる毎日に戻ります。私たち教職員の方も,一日も早く日常生活を取り戻したいと思って過ごしているところです。

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「変化した生徒の姿が成果」
 今から23年前,初めて校内研究を経験しました。それまで,「研究」というものとは無縁で教師をしていました。荒れる中学生を前にして,生徒指導を中心に目の前の課題に対処し対応する毎日を送っていたのですが,この時から「このような生徒に育てたい」という目ざす生徒像を設定し,それに向けて授業や取組を工夫・改善して実践するようにしました。一つの目標に向かって学校が一つになり,全教職員が集中的に取り組むので,生徒がみるみる変化していくのが分かりました。授業をはじめとした学校での教育活動全体が活性化していくのを実感でき,毎日ワクワクしながら実践を続けたのを思い出します。
 当前のことですが,一人として同じ教職員は居ません。教職員がお互いの個性と能力を認め合い尊重し合うことによって,組織内にまとまりが生まれることも知りました。同時に,一人ひとりが其々の得意分野に全力を発揮することの大切さを学びました。時には仲間の技を見習ったりパクったりしながら実践することで,個人の知恵や技能が学校の財産となっていきました。やがて教職員がチームとなり,その一員であることに誇りを感じ,『この組織から抜けたくない』と思えるまでになりました。
 全教職員で目標を定めて教育活動にあたるというのは,現実にはそう簡単ではありません。中学校には,「学年」という組織と「教科」という別のつながりがあります。一人ひとりが50分の授業をつくり,それに自信と責任をもっています。長く取り組んできたやり方を変えることに抵抗のある者や新しい取組に否定的な考え方の者もいるのです。それらを乗り越えて一つのチームになれたとき,化学変化が起こるように,学校が,生徒が,そして教職員が変わるのです。
 昨年度,創立70周年,難聴学級開設50周年の節目を迎えるにあたって,本校に研究をもち込みました。以来,二条中学校は私がかつて経験した学校と同じような経過をたどりつつあります。生徒に「対話できる力」をつけるべく研究に取り組み,授業改善と各行事を有機的に繋げる営みを進めてきました。生徒に劇的な変化が現れ,教職員も授業改善を楽しみだしました。公開授業にも慣れ,今では参観者が少ないと,生徒も教職員も物足りなさを感じているようです。
 先日卒業した生徒たちは,2年間で見違えるほどの発言力を身に着けました。高校へ進学して,他校から来た生徒と同じ教室で学ぶとき,自分たちの発言力と発信力を改めて自覚することになると思います。
 研究は来年度も続けます。「生徒に目標とする力をつける」という目的を見失うことがなければ,教職員の指導力も向上し,学校が活性化し,保護者や地域の皆様から信頼され誇りとされる学校に育っていくと思います。目に見えにくいはずの教育の営みは生徒の変容という形でその成果が見えます。ご理解とご支援を宜しくお願いします。

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「自分らしく」
 澤田校長先生へ
 この度は二条中学校3年生のご卒業,おめでとうございます。コロナの影響で例年とは違う,逆に心に残る卒業式になったことと思います。親として,式に出席し,卒業生と共に我が子を送り出してあげられなかったことが残念でなりません。でも,これもなかなか経験できることではないか!!とも思っています。
 小学校のころから不登校になり,何年も学校生活を送ることがなかった子ですが,校長先生はじめ,たくさんの先生方の寛大なお心でいくつもの場面に参加させていただけたこと,心より感謝しております。
 校長先生の下,3年間通っていたら何か変わっていただろうと思うこともあります。楽しかっただろうなと私は思うのです。でも,親の想いと子の想いは違うことがこの“不登校”を通じて分かりました。この学年の不登校生は少し多いと耳にしました。二条中だからではなく,個人・家庭・環境・性格,色んなことが要因だと思っております。業務の多い中,不登校児への対応も,先生方の労力,本当に大変だと思います。何度も足を運んでくださったこれまでの担任の先生方に本当に感謝しております。
 短い間でしたが,見守っていただいて本当にありがとうござました。校長先生としての残り少ない教師人生を思いっきりそのままで駆け抜けてください。影ながら楽しみに拝見させていただきます。
 最後になりましたが,先生方のご多幸と更なるご活躍をお祈り申し上げます。
追伸 
 朝の校門で,校長先生の「おはよう!」に何度も元気をいただきました。
 卒業生の親として,また見かけていただきましたら「元気」を分けていただけたら嬉しく思います(笑)。
 いつまでも変わらず,元気で先生や生徒の“長”でいてください。
 卒業式の日に保護者の方からいただいた手紙です。ご本人に了解を得て掲載しました。この生徒のことをよくご存じの方には手紙の差出人が分かるかもしれませんが,特定できないよう固有名詞をはじめ一部を書き換えています。これも了解済みです。
 生徒,保護者の方,担任と私の4人だけで行った卒業証書授与式も厳粛に執り行えました。「君の長い人生に比べたら不登校だった期間なんてほんの僅かや。そして,このことにはきっと意味がある。無理はせんでええから,何年か先,そう思えるようにしっかりと生きていくんやで。君も大切な卒業生や。困ったことがあったら相談においで。みんな大歓迎で待ってるしな。」学校長式辞にかえてそう言葉を掛けました。
 生徒の目がまっすぐに私を捉え,やがてゆっくりと頷き「はい!」と答えました。92人の卒業生に92通りの人生が待っています。自分の人生です。自分らしく歩んで行ってくれることを心より願い,見守り続けたいと思います。

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「力を蓄えるとき」
 コロナウイルスの感染拡大が止まりません。首相は,わが国では一定程度感染の拡大を抑えているとコメントしていますが,それでも感染者は徐々に増え続けています。一方,今はイタリアをはじめとするヨーロッパで感染拡大が深刻です。
 国内でも春の選抜高校野球をはじめとして,数々のスポーツの大会やあらゆる分野のイベントが中止されており,いったいいつ終息するのか不安が募るばかりです。24日の修了式や30日の離任式は予定通りできるのか,部活動はいつ再開できるのか,もっと言えば,来年度の入学式や5月に予定されている修学旅行はどうなるのかなど,不安や心配は大きくなるばかりです。またイギリスで,コロナウイルス騒動の一つとして,アジア人に対する嫌がらせや差別的行動があったという報道を知り,憤りを感じるとともに,大きな不安を前にしたときの人間の弱さと醜さを再認識した思いです。
 本校生徒の皆さんには,是非とも平常心を保っていてほしいと思います。このような状況に陥ってはいますが,皆さんは決して一人ではありません。皆さんの周りには仲間や保護者の方や地域の方々,それに教職員がいるということを忘れないでください。困ったときにはいつでも相談してくれて構いません。
 阪神淡路大震災や東日本大震災のとき,わが国の国民は世界中から大絶賛されました。被災した人々が筆舌に尽くしがたい過酷な生活を送る中でも秩序を保ち,多くのボランティアの人々の協力のもと,肩を寄せ合って不自由な生活に耐えたからです。あのような状況下では,破壊や略奪などの暴動が起こる国は少なくないのです。
 確かに先が見えないことは不安ではあります。しかし,どんなに厳しい冬であっても,やがては暖かい春を迎えるように,いつかは必ずこの新型コロナウイルス騒動も終息する日がやってきます。それまでの間,出来ること,やらなければならないことにしっかりと取り組みましょう。期せずしてできた時間を有効に使い,普段できないことに取り組んでみてください。1年間の復習をするのもよいでしょう。苦手の教科に集中的に取り組むことを勧めます。話題の本を読んだりDVDを鑑賞するのもよいかもしれません。本や映画から学ぶことは案外たくさんあります。集団で集まって遊ぶことは勧められませんが,二条城の周りをウォーキングしたりジョギングしたりして身体を動かすのもよいと思います。
 60年近く生きてきた私でさえ初めてのことですから,経験から良い方法を探ることもできません。その時その時で,周りの人と相談しながら最善と思える方法を見つけて取り組む以外にはないのです。この騒動が終息したその時に,勉強面でも部活動などの面においても,すぐにフルスロットルで動き出せるように心身のメンテナンスをしておきましょう。その時は必ず来るのですから。

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「熱と愛を…」
 例年に比べると参列者は少なく時間も短かったけれど,厳粛な中にも整然と執り行われた立派な卒業証書授与式でした。厳かな国歌と元気いっぱいの校歌の斉唱に始まり,卒業証書授与です。今年度は学級の代表生徒のみに授与します。1組の担任が一番の生徒の名前を呼びます。「ハイッ!」ハリのある大きく爽やかな声が講堂いっぱいに響き渡りました。単純な私はこの瞬間に胸が熱くなりました。臨時休校になる前の日,学年の先生はもちろん,私も呼名に対する返事の在り方と意味について,卒業生たちに語りました。生徒は,教職員の思いを受け止め,返事に思いを込めて返してくれました。次々と立派な返事が続きました。中には「自分が一番大きな声で返事をしよう!」と決意して臨んだ生徒がいたようにも思います。
 卒業生が一番に気持ちを込める合唱がなかったので涙は少なかったですが,それでも十分に感動的でした。式辞の冒頭,「卒業証書授与が代表生徒のみになるなど規模は縮小しますが,この場にいるみなさんで心のこもった式にしたいと思います。ご協力をお願いします。」と述べました。その通り,列席者の皆様方の思いがこもった厳粛な中にもぬくもりのある式が挙行できたと思います。この経験を通して,卒業生たちは確実にまたひとつ成長してくれました。生徒たちにとっては人生の一つの大きな節目ですから,挙行できて本当によかったです。
 これまで40回近い卒業証書授与式をみてきました。担任として,教頭として,そして校長として,それぞれ異なる立場から参加してきました。そうそう,指導主事をしているときに上の息子の卒業式があって,保護者として参加したことがありました。二人の息子の入学式や卒業式にただ一度だけ参加できた貴重な思い出です。
 そんな中で,最も強く印象に残っているのが,教師になって初めての卒業式です。私は2年の担当だったのですが,ひとつ上の学年の卒業式にえらく感動しました。当時はどこの中学校もそうだったのですが,私が赴任したその学校も結構荒れていました。血気盛んな当時の私は,赴任当時から3年の生徒たちとよくやりあいもしました。2学期になり体育大会の取組が始まりました,当時は学年を超えたブロック毎に応援団があり,そのリーダーになかなかの強者たちが立候補してきます。なんと,彼らをまとめ指導する役割を担わされました。これはマジで厳しかったです(笑)。そんな生徒たちが,涙を流しながら合唱をし,反抗をしまくった先生らに感謝の言葉を述べて卒業していく様子を見たとき,中学校教育の素晴らしさを強く感じたのでした。
 二条中学校の令和元年度第71回卒業生たちは,いったい何を学んで次のステージへと巣立って行ってくれたのでしょうか。教室で学ぶ勉強のほかに,親や地域の方や教職員のほとばしる“熱”と深い“愛”とを学んでくれていることを願ってやみません。
「みんな,ご卒業おめでとう。これからも頑張るんやで!」

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「魂のぶつかりが発する熱」
 いよいよ明日は「第71回卒業証書授与式」です。今年は,新型コロナウイルスの関係で,そもそも式がやれるかどうか危ぶまれましたが,規模の縮小と時間の短縮という原則のもとで挙行できることになりました。いくつも制約はありますが式を挙げることはできるのですから,その場に集ったメンバーで心のこもった卒業式にしたいと思います。
 さて,卒業式は,学校で行う最後の学習の場面です。学習とはいっても,当然のことながら各教科の学習のように知識や技能が身につくものではありません。この場は,感動を通して心を育む最後で最高の場面です。
 もちろん,学校では国語や数学などの教科の学習を通じて知識や技能を身に着けます。その所謂「狭義の学力」はとても重要です。しかしもう一方で,心を育んだり身体を鍛えたりすることも,中学生が今後の人生を生きていくうえで大変重要な教育だと感じて取り組んでいます。むしろこちらは,塾や家庭では決して身に着けられない重要な教育だと信じています。
 「子どもが変わった」「教育の現場が変わった」「昔はよかった」etcそんな言葉を聞くことがあります。しかし,私は決してそうは思いません。
子どもたちの遊びの中身が変わった,子どもたちの興味・関心の対象が変化した…,確かにそんなことはあると思います。でも,子どもの本質というか,心根とでもいうのでしょうか,そんなものはかつての子どもたちと比べてちっとも変っていないと思っています。いつの時代も,中学生は熱い関わりを求めています。少々斜に構えて大人を見ている部分も昔と同じです。興奮することがあるのと同時に深く感動する心ももっています。ちょっと見た限りで「子どもが変わった」と思ってしまって,大人の側が関わり方を変えてしまっているのです。だから,その関わりが生徒の本質まで届かず,子どもに変化が現れないから変わったように見えてしまうのだと思います。
 二条中学校の生徒指導を見ていると,かつての指導(冗談っぽく「昭和の指導」と言ったりしています…笑…)を見ているように思えることが多いです。生徒は部活動の際など,熱い心をむき出しにしている子が多くいます。また,注意されたり叱られたりすると拗ねたり反抗的な態度をとる子もいます。一方で,そんな生徒に対して本気で叱る先生の姿があります。こんな魂と魂とのぶつかり合いのある中学校は少なくなっているように思えます。
 教職員はこれまでの期間,できる限り感動的な卒業式にしたいと準備をしてきました。卒業生たちはきっと教職員の気持ちを汲んで,その熱に応えてくれると思います。教職員の思いと生徒の思い,生徒の魂と教職員の魂が交錯する熱い卒業式が,今年も挙行できるものと楽しみにしています。

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「あれから9年」
 あれからもう9年が経ったのかと思います。2011年3月11日午後2時46分のことでした。この年度,校長となった私は初めての卒業証書授与式に向けて校長室で式辞を作っていました。卒業生たちは,卒業前行事で楽しみにしていたUSJに行っていました。机から何かが落ち,それを拾おうとしたとき,大きく“ユーラ・ユラーッ”としたのを感じました。はじめは『めまいがしたのかな』と思ったのですが,しばらく続くその揺れに地震であると分かりました。校長室から顔を出すと,同じようにして保健室の先生が顔を出していました。
「地震やんな?!」「はい,多分そうだと思います。」
 東北地方であんなに大ごとになっていることをその時点では全く知らなかった私は,そんな呑気な会話をしたのを覚えています。
 地震情報を得ようとTVをつけたところ,震源地であると思われる東北地方の様子が映し出されていました。TV局のオフィスでしょうか,事務机やロッカーが激しく揺れたのちに倒れる(吹っ飛ぶ)映像が映し出されました。やがて,それまで見たことのない映像を見ることになりました。とにかく広い農地にものすごい幅(量)の濁流が流れ込んでいきます。その時はそれが津波だとは分かりませんでした。津波といえば,例えばプロのサーファーが大きな波に乗りますが,そんな波が海岸に向かって襲ってくるのかと思っていたからです。海の水が田畑を飲み込んでいきます。押し寄せる海水から逃れようと疾走する自動車も見ました。しばらくして,海岸近くの町の様子が映し出されました。自動車や家や電柱などがぐちゃぐちゃになって流れる映像です。海底で地震が起こるとなぜ津波が発生するのか,未だにその科学的構造はよく理解できませんが,その恐ろしさは脳裏に焼き付けられました。
 刻々と東北地方の惨状が明らかになっていきます。海水が引いた後,建物の上に自動車や大型船が乗っかっているのを見て,どれほどの量の海水が流れ込んできたのか想像することができました。そのころになると,地震とその後の津波によって行方不明になっている人についての情報も流れ出しました。児童・生徒が教職員とともに津波にのまれた学校があることも知りました。TV画面を観ているのがつらかったです。
 何日か後,次の大惨事が明らかになってきました。地震と津波による原子力発電所の事故です。地震と津波による死者と行方不明者が18000人も以上いるのに,いつ治まるか見当もつかない放射線による被害が広がりつつあることも報道されました。
 あれから9年が経ちました。私たちは,あの大災害とそこで起こった人々の様々な行動,犠牲となった多くの人たちのこと,今も残されている課題について,決して忘れてはいけません。今の中学生は,その当時まだ小学生にもなっていません。是非とも今日,家族で当時の話をしてみてほしいと思います。

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「授業の中で生徒指導を行う」
 かつて,中学校が生徒指導で忙しかった頃,中学校では学習指導よりも生徒指導が優先されるような風潮がありました。全国的に中学校が“荒れ”の状態にあったことがこの風潮の背景にありました。生徒の“荒れ”を治めなければ学習指導どころではないと考えられていました。ちょうど私が教師になった頃から10年以上はそんな状況でした。
 ある時から「生徒指導は授業の中でするべし」と言われました。生徒指導と学習指導とが学校で行う教育の両輪で,同時に行われることはないと思われていた頃だったので,初めて聞いた時には驚いたのを思い出します。
 学校の一日は概ね9時間で,その中で授業が6時間あって最も多いです。次が部活動でこちらは2時間程度,残り1時間が昼食時間を含めた休憩時間です。だからこそ,最も多くの時間を使う授業の場面でこそ有効に生徒指導を行うべきだという考えが出てきたのでしょう。
 「話す」・「聴く」態度や板書の取り方など,全員がビシッとしていることを「授業規律」ができていると言ったりします。はじめは,この「授業規律」を整えることこそが授業の中で生徒指導を行うことだと思いました。やがて,“発表することや話し合うことの楽しさ”を学ばせることで学習が活性化し,態度や言葉遣いなどを別個に指導する必要がなくなるということに気づきました。今では,学習を活性化させることで,学力がつくのと同時に自然と生徒指導(「生活指導」といった方が適切かもしれません)もできるのだと思っています。
 昨年度から生徒に「対話する力」をつけるべく研究に取り組んできました。各教科の授業だけでなく,道徳や,学級活動や学年集会などの特別活動,総合的な学習の時間などあらゆる学習活動に「対話の場面」を取り入れる工夫をするようにしています。
 公開授業を行う機会も増えました。本校の教師が,子どもたちがよく活躍した所謂「よい授業」をすると,他校の先生方から「二条の子どもたちだから…」と言われたりもします。確かに二条中学校の生徒は素直で従順な子が多いです。でも,何も指導せずに「対話の場面がふんだんに取り入れられた授業」ができるはずはありません。教職員がチームになって全体で取り組んだからこその結果であると思っています。
 学年には「授業規律」をつけさせることが得意な教師もいれば,グループ学習やペア学習をさせることが得意な教師もいます。後者だけだと教室全体がザワついたり,場合によっては授業としての体をなしていないかのような状態になったりもします。一方,授業規律を整えるだけだと,授業が堅苦しく活発な意見交換ができなかったりもします。だからこそチームで取り組む意味があり,その効果が上がるのです。様々な得意分野を持った教職員が同じ子どもたちを指導したから一気に授業が改善されたのだと考えています。現在,二条中の教職員は,「授業の中で生徒指導をする」という意味をどんどん膨らませて考えられるようになってきています。

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京都市立二条中学校
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