京都市立堀川高等学校

ことばのちから

 『柔道部物語』という漫画がある。岬商業高校柔道部が少しずつ強くなり、全国制覇するというコメディタッチのスポ根物語である。
 主人公は一人の高校生なのだが、この柔道部顧問の五十嵐先生がいい。先生自身は日本トップクラスの選手なのであるが、努力が嫌いで、他人に教えるのもめっぽう苦手という人物なのだ。普段は多くを語らない、そんな先生がやる気を出して考え抜いたある指導法がある。とてつもなくナンセンスなのだが、これがおもしろく、深い。その指導の場面はこんな感じだった。

  五十嵐先生:「体力や技術も大切だが、それ以上に気力がものをいう。気力とは何かといったら、自信だ。自信をつけるために、一番手っ取り早いのは、自分で勝手に思い込むことだ!」
  生徒たち:「え……」
  五十嵐先生:「いいか、いくぞ。大きな声で俺につづくんだ。」
        「………。」
        「俺って天才だああぁ!」
        「はい!!」
  生徒たち:「俺って、天才だあああぁ!」
  五十嵐先生:「よ〜し、次!!」
        「俺ってストロングだぜぇ!」
        「はい!!」
  生徒たち:「俺って、ストロングだぜぇ!!」
  五十嵐先生:「ただし、あんまり天才だと気が重くなったりするからバランスをとるために、もうひとつ心構えをやるぞ!!」
  生徒たち:「何ですか……、もう一つって……。」
  五十嵐先生:「……。」
        「俺ってバカだぁ〜っ!」
        「はい!!」
  生徒たち:「俺って、バカだあぁ〜っ!!」
 そして生徒たちは猛特訓を重ね、主人公は全国制覇するのである。五十嵐先生は、人としての調和を重要視していると同時に敢えてことばを使って力をつけている。

 1年生の海外研修は4月からスタートし、探究を軸として日常化してきている。堀川高校の海外研修の準備は、無形の中に「存在」を創出するというやっかいなものだが、最高に有意義な活動だ。それぞれが世界に飛び立つ。ばらばらの活動のように見えるが、地球規模で同じ時空を共有しているのだ。
 地球に境界線はない。都合によって人間が引いているだけだ。境界を意識すればするほど、結果として調和が崩れる。宇宙を含めたわれわれの存在する世界は、調和している。バランスが保たれている。
 先の五十嵐先生の大切にしている調和は、基本的にバランスをとっているともいえる。それは一般的に「釣り合う」という意味だ。しかし、もう少し地球規模、宇宙規模で捉えるなら、対極にあるものを釣り合わせるということだけではなく、すでに釣り合って安定しているものやことのことを言うのではないか。善と悪とか攻めと守りなどと表現するが、善悪の間や攻守の間には境界はなく、善に近い悪もあり、悪寄りの善もある。故に、バランスには境界線が存在しないのだ。バランスとはボーダレスを内在させている。五十嵐先生の認識には、おそらくそのことがあったはずである。
 生徒たちは来年の3月には他国を訪れるが、そういった意味では、地球を一つの総体と捉えるなら、その地の人とコミュニケーションをとることは、普段行っていることとの差異はほとんどない。文化的文脈を理解し、ことばを通して知り合う機会を大切にしていってほしい。


 中村雄二郎曰く、「対話とは、ロゴスに導かれて展開していくもの。ロゴスとはことばや言説を意味すると同時に、問題となっている事柄の真理や真相を意味する。」


 学校長 谷内 秀一



【校長室から】 2018-11-01 17:34 up!

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